30.誘拐⑫〜エヴァと運送業組合長ベン
男たちは、ようやく倒木の除去を終えた。
「よし、こんなモンだろう。馬車が通れる幅さえありゃ問題ねえ」
「ふう、やっと終わったぜ」
「…腰、痛え…」
「まったく、こんな夜中に力仕事やるハメになるたぁ、まいるぜ」
口々に愚痴を言いながら、馬車に向う。
先頭の男が、幌をめくって中に入ろうとした。
途端に叫び声が上がった。
「あぁ?!ガ、ガキがいねえ!」
「な、なにぃ?!」
「そ、そんなバカな!」
男たちが競うように馬車の中を覗き込む。
馬車の中には、
開け放れた檻、
床の上の鍵、
そこには誰もいなかった。
一瞬、茫然とする男たち。
そして烈火の如く怒りを露わにした。
「ガキども、どこへ行きやがった!」
「なんだよ、ココまで来たってのによ!」
「クソ、出てきやがれ、クソガキども!」
口々に罵倒の台詞を吐き、喚き散らす男。
そのなかで、リーダー格の男だけは違った。
わなわなと唇を、手を震わせ、立ち尽くす。
なんで、ガキがいねえ…
誰が逃がしやがった…?
この地図はホンモノだ
それは間違いねぇ
道も野営地も地図通りある
書いてあることにウソはねぇ
組合で受け渡しもやった
あんなヤベェ雰囲気の男が座ってても
誰も気にしちゃいなかった
舞台も…小道具も…人間も…
ここまで…徹底的に誂えて…
俺を…俺を…
嫌な汗が背中を伝う。
憤怒、怨嗟、呪詛…
さまざまな感情が
脳裏をぐるぐると駆け巡る。
苦悶の表情で、振り絞るように
空気を震わす。
それがようやく声になった。
「……ハメやがったな…あの女…!」
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シドの酒場。
今日は休業の看板が掛かっている。
店内には、エヴァともう一人。
長いヒゲの小柄な老人。
運送業組合長のベンだった。
お互い向かい合い、グラスを傾けている。
「……そろそろ…かねぇ」
エヴァが紫煙をたゆらせ、呟く。
「ふんっ、とっとと決着をつけて貰わんと困る。
こっちだってえらい迷惑を被っとるんじゃ」
ベンが苛立ちを露わにし、グラスを空ける。
まぁまぁ、とすかさず酒を注ぐエヴァ。
「補佐さんに詰められて、組合謹製マル秘地図まで渡さにゃならんって、そりゃ業腹かもしれないけどさぁ…」
言葉を切ったエヴァが、スゥっと視線の温度を急激に下げ、ギロリと鋭く、ベンを睨みつけた。
「……補佐さんを…、逆恨みすんじゃないよ」
しかしベンは狼狽える素振りもなく、酒を口にする。
「バカモン。そんな事せんわ。なぜあんな連中の横行を見つけられなんだかと、そっちの方が悔やまれてならんわい」
意外な言に、え?という顔をするエヴァ。
「…そうなの…かい?」
「当たり前じゃ。お前さん、ワシの事どう思っとったんじゃ。
そりゃあな、検問強化で荷物の流通に遅れはでとる。じゃが、それとてたかが数日じゃ。しかもそれが未来永劫続くわけじゃあるまい。
なのに、肝っ玉の小さい輩は、この世の終わりと言わんばかりに狼狽えおって、組合に文句ばっか言ってきよる。それが迷惑千万なんじゃ」
「へぇ、そうなのかい…」
興味深そうにベンを見つめるエヴァ。
「それにのぅ……」
ベンが少し顔を曇らせ、グラスの酒を見つめる。
「ワシらは、荷物の流れを直接見る立場におる。
毎日見ておった。…いや、見ていたつもりじゃった。
ところがどうじゃ、実際には、子供を食い物にする
悪党どもに出し抜かれ、いいように騙され続けとった。
アルベルト…、あの男だけが見破りおったんじゃ。
ほんのちょっとした歪みからのぉ…。
この前は確かに14人の子供が助け出された。
今夜も何人か救われるじゃろう。
じゃがなぁ…、これまで売られた子供たちは
もう助けられん。ワシらが見落としたばかりに……。
ワシはそれ思うと…不憫で…悔しくて…申しわけなくてのぉ。
組合にも明らかに責任の一端がある。
じゃから、アルベルトにあの地図も渡したし、
業者を朝一番茶に誘うなんて、滑稽な頼みも聞いてやったんじゃ」
エヴァがクスクス笑いながら、ベンに寄り添う。
「…地図差し出した時は、半泣きだったって聞いたけど?」
「バ、バカモン!そんなわけあるか!デタラメに決まっとろうが」
顔を真っ赤にして怒鳴るベンに、大笑いしながら酒を注ぐエヴァ。
「まぁまぁ、照れなさんなって」
そして、ほお杖をついてベンを見つめる。
こころなしか、視線が熱い。
「…アンタ……、良い人なんだね……」
「フンッ、ワシを誘惑するにはまだまだ若すぎるわ。
あと15年は研鑽に励め。その頃にゃ、女の深みってのが、自然と滲み出るようになる」
この言葉に再び大笑いするエヴァ。
ひとしきり笑い続けて、ボソッと独り言のように呟く。
「街の人たちは、優しいね……」
エヴァの様子につきあうように、ベンも静かに語り出した。
「お前さんやアルベルトは、もともと外の人間じゃから、知らんかもしれんがのう。
ワシら古い住民達はな、昔っからジイさんバアさんに、いつも言われとった。
子どもの手を握って、いつも傍にいてやれってな。
それが不思議なほど皆の心に根ざしとる。
神殿に行った事もない、もしかしたら女神に祈った事もないような連中の心根にな。
こうなると、もはや信仰じゃな」
ベンが琥珀色のグラスを目の高さに掲げた。
微かな笑みを浮かべた、虚空への乾杯。
それはこの街の有り様に対する賛辞にも見えた。
「じゃが…、それでいい…。
ここは不信心者が集まる、変わり者たちの街じゃ。
ワシらに女神なんてエライ神さんは要らん。
あんまり遠すぎて、触ろうにも手が届かんわ。
まぁ、いい具合に熟した年の頃じゃて、少々もったいない気はするがの」
エヴァが最後の言葉に苦笑する。
「……アンタも大概だねぇ……」
「それよりも、アルベルトの奴は、あの地図をちゃんと返してくれるんじゃろうな。
お前さんは、アレが何枚もあるように吹いちょった
ようじゃが……
ありゃ、秘匿書類だけあって、一点ものなんじゃぞ」
エヴァがタバコの煙を吐きながら、冷たい笑みで返した。
「返してはくれるだろうけど…、
たぶん血まみれだろうよ……」
お読みいただきありがとうございました。
書いてる本人が言うのはなんですが、
運送業組合長ベンは私のお気に入りキャラです。
これからもちょこちょこ登場します。
少しでも「続き読んでもいいかな」と思って
いただけましたら大変嬉しいです。
末永くお付き合い下さいませ。
次回、いよいよアルベルト、ゼクス、フリッツ
の3人が誘拐団を正面から迎え討ちます。
タイトル予告「対峙」




