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24.誘拐⑥〜罠

 アルベルトが仕掛けた罠。

 それはこんな内容だった。



 連中は、とにかくできるだけ早く、この街を抜けたがっている


 リヒテンラーデは目前だ

 ここを抜ければ金が手に入る

 ここまで来て、金と子供たちを捨てて、姿をくらますなんて……

 悪党は、絶対に考えない

 楽に、手っ取り早く、金を稼ぎたい

 これが連中の行動原理


 故に、ここまで漕ぎ着けた金儲けの機会を

 捨てるなんて、絶対にしない



 今日明日にでも、さっさと街を出たい


 しかし、検問が強化され、正面からは無理

 側道の至るところに騎士団が張っている

 山道は狭すぎる、険し過ぎる


 どこかに街を抜ける道はないか


 土地カンのない連中は、地元に情報を求める

 

 検問で立ち往生している運送業者がたむろする

場所−−−酒場だ


 自分達の知らぬ抜け道の噂があるやも知れない

 追い詰められた連中は、藁にもすがるような思いで酒場を訪れる


 そこで、思いがけない情報にありつく


 運送業組合が秘匿している『裏の輸送用側道地図』


 …僥倖!

 まさしく…僥倖!

 これを手に入れられれば……自分達の勝ち


 ここまで来ると、もう誘惑に逆らえない

 

 運送業組合に行く


 そこにいるのは、明らかにカタギには見えない

風貌の大男


 連中は確信する


 情報は真実だと

 地図は本物だと


 これでこの街を出られる

 騎士団を出し抜いて

 今夜、この街を抜ける、と




「そこで我々は……」

 アルベルトが、書き写した秘匿地図上の1点を指し示し、静かに宣言する。


「奴らをここで待ち伏せる」


 これは、皆に事実上の勝利宣言に聞こえた。

 部屋中が歓声に包まれた。





**********************





「ここまで完璧に奴らを絡め取るとは…」


 エリシアが、顔を紅潮させ、素直に驚嘆を示した。


「相手が求める答えを提示する。これが人を罠に掛ける秘訣です。

 人は自分が欲す答えを目の前にすると、途端に無防備になる。一度その誘惑に取り込まれると、もう疑わないし、疑えない。

 だから罠を打つ者は、相手に答えに至る”道筋“を示す。

 ”道筋“だけでいい。

 ”道筋“を示せば、あとは相手が自分で動く。

 自分で動いて、さもそれが、自分で考え出したように錯覚するようになる。

 情報を持つ者は、そうやって人を操作する事ができるんです」


「すごいな……」


「まず、エヴァには、来店客達に、ある話題を投げかけてもらいました。

『納期経過の罰則ペナルティ』です。

 納期経過は確かに問題にはなりますが、組合との取り決めで、最低3日の猶予日が必ず設けられる事になっています。1日経過ごとの減額もあり得ません。

 業者には常識だが、一般にはあまり知られていない仕組みです。

 運送業者なら一笑に付す話題ですが、モグリなら別。そのまま流れに乗ります。いかに自分が不遇か、理不尽な目にあっているか。酒の席の話題にはちょうどいい。

 結果、間抜けな悪党が網に掛かり、エヴァが”道筋”を示してやる、というわけです」


 アルベルトが続ける。


「翌日の運送業組合。狼狽する業者が検問の厳しさを表現し、切迫感を煽りました。

 業者は直近で人身事故を起こした2業者です。

 組合長に頼んで、朝一番お茶するよう、呼んでもらいました。まぁ、彼らは組合長直々の呼び出しを受けて、戦々恐々だったのでしょう。

 それから、凶悪な風貌のヒゲ面が誰にも見咎められずに館内に座ってる事で、彼を組合関係者と誤認させました。

 シドは職員とも顔見知りですし、エヴァのお使いで人に会うから、席を借りたいと伝達済みです。誰も不審に思わない。

 完璧な舞台装置のもとで、連中の欲しい答えを提示しました。

 実際にホンモノの極秘地図ですから、もう疑う余地はありません。

 奴らは狂喜し、すぐにこの街を出ようと動きます」


 アルベルトは、少しだけ笑みを浮かべたが、またすぐに表情を引き締めた。


「しかし、まだ、完全に勝ったわけではありません」


 ゼクスが少し苦い表情で首肯した。


「その通りじゃ。子供たちを無事に保護する。これを成して、初めて完全な勝利になる。気を引き締めんとな」


 エリシアが頷き、相手の数の確認をする。

「連中の数は6人…だったな」

「はい、エヴァがそれとなく聞き出してくれました」

「攫われた子供は…7人か…。どんな布陣にする?」


 ゼクスが不敵な笑みを浮かべ、捕縛予定地点を指差し、作戦を説明した。


「奴らは十中八九、幌付き馬車1台だけじゃ。輸送を偽装する必要もないでな、樽に一人ずつ入れたりもせん。檻に子供を閉じ込めておるじゃろう。

 まず、奴らの足を止めるため、側道に障害物を置き、周辺に団員を潜ませる。

 障害物をどかすために、少なくとも4〜5人は出てくるはず。そこを捕縛し、同時に檻を守る。

 残りの賊は居ても1〜2人、子供を盾にされぬようにしておけば、どうということはない」


「誰が現場に向う?」

 エリシアがまた問う。

 本音では自身が出陣したいのだろうが、ここは最高責任者として自制したようだ。


「騎士団30名で現場に向う。わしが陣頭指揮を取ろう」

 ゼクスがそう答えたところで、アルベルトがゼクスの前に進み出た。

 手に剣を持っている。


「すまないが、私も同行させて欲しい」


 執務室の皆には意外なこの言葉。 

 文官の最高位が、まさか捕縛現場に出向くとは。

 

 ゼクスがアルベルトをジィっと見つめる。


「お前が荒事に首を突っ込むのは何年ぶりかのう…。

 ウデはなまっておらんのか?」


 アルベルトが静かに頷く。


「…大丈夫だ…」


「ふん、青二才めが」

 ゼクスがそう言ってアルベルトに背を向ける。


 次の瞬間、ゼクスの横薙ぎの剣が、アルベルトを襲った。


 ギィィィン!


 甲高い金属の衝突音が、執務室に響き渡る。


 エリシアも、

 他の人間も、 

 凍りついたように動けない。

 執務室の時間が止まった。


 刹那の後、衝突音の余韻が消える。

 時間がまた動き出した。

 

 皆の目に映ったのは、ゼクスの横薙ぎを、手にしていた剣で捉えたアルベルトの姿だった。


 ゼクスが、クククッと凶暴な笑みを浮かべ、

「ついて来い」

とアルベルトに声を掛け、執務室を出ていく。


「感謝する」


 アルベルトはひと言ボソッと呟き、ゼクスの後を追った。


 残された者達は、唖然としてその場に立ち尽くしていた。







 

お読みいただきありがとうございました。


少しでも「続き読んでもいいかな」と思って

いただけましたら大変嬉しいです。

今後の励みになります。


末永くお付き合い下さいませ。


次回タイトル予告「メリッサ」

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