24.誘拐⑥〜罠
アルベルトが仕掛けた罠。
それはこんな内容だった。
連中は、とにかくできるだけ早く、この街を抜けたがっている
リヒテンラーデは目前だ
ここを抜ければ金が手に入る
ここまで来て、金と子供たちを捨てて、姿をくらますなんて……
悪党は、絶対に考えない
楽に、手っ取り早く、金を稼ぎたい
これが連中の行動原理
故に、ここまで漕ぎ着けた金儲けの機会を
捨てるなんて、絶対にしない
今日明日にでも、さっさと街を出たい
しかし、検問が強化され、正面からは無理
側道の至るところに騎士団が張っている
山道は狭すぎる、険し過ぎる
どこかに街を抜ける道はないか
土地カンのない連中は、地元に情報を求める
検問で立ち往生している運送業者がたむろする
場所−−−酒場だ
自分達の知らぬ抜け道の噂があるやも知れない
追い詰められた連中は、藁にもすがるような思いで酒場を訪れる
そこで、思いがけない情報にありつく
運送業組合が秘匿している『裏の輸送用側道地図』
…僥倖!
まさしく…僥倖!
これを手に入れられれば……自分達の勝ち
ここまで来ると、もう誘惑に逆らえない
運送業組合に行く
そこにいるのは、明らかにカタギには見えない
風貌の大男
連中は確信する
情報は真実だと
地図は本物だと
これでこの街を出られる
騎士団を出し抜いて
今夜、この街を抜ける、と
「そこで我々は……」
アルベルトが、書き写した秘匿地図上の1点を指し示し、静かに宣言する。
「奴らをここで待ち伏せる」
これは、皆に事実上の勝利宣言に聞こえた。
部屋中が歓声に包まれた。
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「ここまで完璧に奴らを絡め取るとは…」
エリシアが、顔を紅潮させ、素直に驚嘆を示した。
「相手が求める答えを提示する。これが人を罠に掛ける秘訣です。
人は自分が欲す答えを目の前にすると、途端に無防備になる。一度その誘惑に取り込まれると、もう疑わないし、疑えない。
だから罠を打つ者は、相手に答えに至る”道筋“を示す。
”道筋“だけでいい。
”道筋“を示せば、あとは相手が自分で動く。
自分で動いて、さもそれが、自分で考え出したように錯覚するようになる。
情報を持つ者は、そうやって人を操作する事ができるんです」
「すごいな……」
「まず、エヴァには、来店客達に、ある話題を投げかけてもらいました。
『納期経過の罰則』です。
納期経過は確かに問題にはなりますが、組合との取り決めで、最低3日の猶予日が必ず設けられる事になっています。1日経過ごとの減額もあり得ません。
業者には常識だが、一般にはあまり知られていない仕組みです。
運送業者なら一笑に付す話題ですが、モグリなら別。そのまま流れに乗ります。いかに自分が不遇か、理不尽な目にあっているか。酒の席の話題にはちょうどいい。
結果、間抜けな悪党が網に掛かり、エヴァが”道筋”を示してやる、というわけです」
アルベルトが続ける。
「翌日の運送業組合。狼狽する業者が検問の厳しさを表現し、切迫感を煽りました。
業者は直近で人身事故を起こした2業者です。
組合長に頼んで、朝一番お茶するよう、呼んでもらいました。まぁ、彼らは組合長直々の呼び出しを受けて、戦々恐々だったのでしょう。
それから、凶悪な風貌のヒゲ面が誰にも見咎められずに館内に座ってる事で、彼を組合関係者と誤認させました。
シドは職員とも顔見知りですし、エヴァのお使いで人に会うから、席を借りたいと伝達済みです。誰も不審に思わない。
完璧な舞台装置のもとで、連中の欲しい答えを提示しました。
実際にホンモノの極秘地図ですから、もう疑う余地はありません。
奴らは狂喜し、すぐにこの街を出ようと動きます」
アルベルトは、少しだけ笑みを浮かべたが、またすぐに表情を引き締めた。
「しかし、まだ、完全に勝ったわけではありません」
ゼクスが少し苦い表情で首肯した。
「その通りじゃ。子供たちを無事に保護する。これを成して、初めて完全な勝利になる。気を引き締めんとな」
エリシアが頷き、相手の数の確認をする。
「連中の数は6人…だったな」
「はい、エヴァがそれとなく聞き出してくれました」
「攫われた子供は…7人か…。どんな布陣にする?」
ゼクスが不敵な笑みを浮かべ、捕縛予定地点を指差し、作戦を説明した。
「奴らは十中八九、幌付き馬車1台だけじゃ。輸送を偽装する必要もないでな、樽に一人ずつ入れたりもせん。檻に子供を閉じ込めておるじゃろう。
まず、奴らの足を止めるため、側道に障害物を置き、周辺に団員を潜ませる。
障害物をどかすために、少なくとも4〜5人は出てくるはず。そこを捕縛し、同時に檻を守る。
残りの賊は居ても1〜2人、子供を盾にされぬようにしておけば、どうということはない」
「誰が現場に向う?」
エリシアがまた問う。
本音では自身が出陣したいのだろうが、ここは最高責任者として自制したようだ。
「騎士団30名で現場に向う。わしが陣頭指揮を取ろう」
ゼクスがそう答えたところで、アルベルトがゼクスの前に進み出た。
手に剣を持っている。
「すまないが、私も同行させて欲しい」
執務室の皆には意外なこの言葉。
文官の最高位が、まさか捕縛現場に出向くとは。
ゼクスがアルベルトをジィっと見つめる。
「お前が荒事に首を突っ込むのは何年ぶりかのう…。
ウデはなまっておらんのか?」
アルベルトが静かに頷く。
「…大丈夫だ…」
「ふん、青二才めが」
ゼクスがそう言ってアルベルトに背を向ける。
次の瞬間、ゼクスの横薙ぎの剣が、アルベルトを襲った。
ギィィィン!
甲高い金属の衝突音が、執務室に響き渡る。
エリシアも、
他の人間も、
凍りついたように動けない。
執務室の時間が止まった。
刹那の後、衝突音の余韻が消える。
時間がまた動き出した。
皆の目に映ったのは、ゼクスの横薙ぎを、手にしていた剣で捉えたアルベルトの姿だった。
ゼクスが、クククッと凶暴な笑みを浮かべ、
「ついて来い」
とアルベルトに声を掛け、執務室を出ていく。
「感謝する」
アルベルトはひと言ボソッと呟き、ゼクスの後を追った。
残された者達は、唖然としてその場に立ち尽くしていた。
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次回タイトル予告「メリッサ」




