ある執政官補佐の肖像〜下級官吏/元上司
これは、執政官補佐アルベルト・ロッツォの人物像を語った人たちの口述記録である。
【下級官吏A】
執政官補佐のアルベルト様は、一言でいうと……
『人外』だ。
私が毎日運んで行く、山のように(文字通り山になってる)積まれた案件を、信じられない早さで処理していく。
先代領主様がお亡くなりになってからは、更にその『人外』振りが際立っている。
エリシア様が新領主に就任するまでは、不急の案件以外を一人で代行決裁していた。
就任後はエリシア様が、空白期間の残務を四苦八苦しながら決裁してたが、それでも当月分のおそらく1/2はアルベルト様が処理していた。
エリシア様のもとに運ぶ最終決裁案件が、
"小山"程度になっているのがその証拠。
エリシア様は、運ばれてくる"小山"を前にして、アルベルト様に毎日泣きを入れているが、過程を知る私には同情心は湧いてこない。
何をこの程度で、といったところだ。
しかし、誰もが異例だと思う代行決裁案件数だが、これに異論を挟む人間も、実は誰もいない。
不思議な事だ。
見ようによっては、アルベルト様の専横にも映りかねないのに。
新領主の経験不足につけ込んで、どこかの特定勢力や商人に有利な政策運営をして、その裏で賄賂を−−なんて、どこにでも転がっている腐敗の典型例だろうに。
私は毎日、要決裁案件を集めるため、各部門を渡り歩くので、わりとそこの上席者達とも顔なじみだ。この辺りについて、いろんな人にそれとなく尋ねてみた。
結果は、こうだった。
(それなりに接点がある方々)
あの“生真面目“な男が、特定勢力の利権のために便宜を図ることなど、あるはずがない
(あまり接点のない方々)
あの”偏屈”な男が、特定勢力の利権のために便宜を図ることなど、あるはずがない
正直、驚いた。
形容詞が全然別なのに、その後ろの部分はみんな同じ。
あの人の執務姿勢を見る人達は、全く違う橋を渡りながらも、同じ地点に到着している。
こんなにも人物評が違うのに、同じ結論になるのか……。
文官のトップだからか?
組織の内部だからなのか?
忖度があるんじゃないのか?
疑問を解消するため、思いきって上司に、引退した上級官吏の方を紹介してもらった。
既に身を引いた方ならば、しがらみのない率直な意見が聞けるだろう。
その結果は……同じだった。
『人外』アルベルトに、私は改めて畏怖を覚えたものだった。
❖ ❖
それからしばらく経った。
先代領主様死去後の混乱がほぼ収束し、エリシア様の執務もだんだん板についてきた感はある。
だが、依然としてエリシア様の処理量調整は続き、アルベルト様の事務量は膨大なまま。
それを相変わらず信じられない早さで処理している。
下級官吏如きが口を出す事でないのは重々承知だが、やはり確かめねば気が済まない。
ある日、意を決して、素直に疑問をぶつけてみた。
「アルベルト様は、なぜおひとりで、こんなに案件を抱え込んでらっしゃるのですか?」
アルベルト様は私を一瞥し、サラリと答えた。
「私の前にある書類は、既に幾つもの目を通過し、各部門長が承認したものだ。
私が一から精査し直す必要は全くない。
私は、彼らの職責の範囲外で、案件が街に与える功罪を最終チェックしているだけだ」
一拍置いて、アルベルトがテーブルの上で手を合わせ、私を見る。
「君の質問への回答としては不十分かな。
私は、“責任“が人を作り、育てると考えている。
人は責任を与えられると、それを果たそうと努力し、自身を磨く。
そうやって能力を伸ばし“本物“になっていく。
だが、見合わぬ責任は、その者にとって害悪にもなり得る。
押し潰され、心を折られそうになる者も大勢いる」
椅子に深く座り直し、虚空に視線を移す。
「今のエリシア様がまさにそれだ。
16歳の少女が、突然独立都市全体の責任を負わされた。彼女がどれだけの心労を抱えているか、我々には推し量る事すら難しい。
だが、彼女は自身の未熟さを痛感しながらも、持ち前の実直さで、それに負けまいと必死で抗っている。
これは美点であり、敬意を払うべきだ。
であれば周りの我々が、成長の芽を摘まぬように努めればいい。
今は、仕事の量を彼女の限界ギリギリより少し多めに調整しながら、もうすぐ通常に戻るとウソをついている。
来月も再来月も、彼女は減らない仕事に愚痴をこぼすだろう。だが、処理能力は着実に付いてきてる。
大きすぎる服も、時間が経てばじきにちょうど良くなるはずだ」
そして、もうひと言、ボソッと呟いた。
「……彼女は、ゆっくり“本物“になってくれればいい……」
アルベルト様がまさかこんな事まで……
私は、柄にもなく感動してしまった。
当然私は周りに話した。
この逸話は、あっという間に各部門長をはじめとする全内政機関に、驚きと感銘とともに知れ渡りーーー
そしてエリシア様に対しては、徹底的に秘匿されることとなった。
❖ ❖
【元上司】
おお、君か、アルベルトの事を聞きたいというのは。いいとも、いいとも。まぁ、座ってくれ。
アルベルトか……。
いや、今や彼は執政官補佐の地位にある。
アルベルト様、と呼ぶべきか。
まぁ、彼はそんな些事は全く気にせんだろうがな。
彼が私の下に着いたのは、確か10年ほど前……だな。22才の頃だ。
彼は中級職に昇格したばかりだったが、とにかく仕事が異常なほど早かった。
的確に要点を絞り、的確に問題点を洗い出し、的確に対応策を提示した。
誰もが彼の仕事振りに驚愕していたよ。
もともと彼は見習いとして入庁した。
たぶん13,4才の頃だろう。
君も知っての通り、見習いの仕事は、主に資料整理だ。
資料館から、指示された資料を探し、使用済み資料を格納する、アレだ。
数年間はそればかりやっていたんじゃないかな。
20才前に正式に初級官吏になったが、その頃から彼は異彩を放っていたな。
下級官吏は、上程する政策案の基礎データの取りまとめが主な仕事だ。
彼の作る基礎データは、いつも正確性と説得力で抜きん出ていてな。誰も彼がデータ付けした政策案には反対できんほどだった。
その逆に、彼は、基礎データ作成を指示された政策案を、自分のデータを使って効果を否定して、廃案にさせた事も何度もあったぞ。
「堅物」とか「融通がきかない」とかいう声はあったが、職務に対する真摯さを評価され、中級職に昇格して、私の下に着いたんだ。
仕事振りはさっき話した通りだ。
一度彼に尋ねた事があったよ。
「なぜ、そんなに素早く案件を処理できるのか」と。
彼はな、こう答えたんだ。
自分はいつも『違和感』を探している、と。
自分は見習いになってから、毎日資料を見てきた。資料は、その事項の現状分析と数値データを示している。
それを何年も見ているうちに、『違和感』を覚える部分を見つけられるようになった。
ある指標の変動、ある指標の分析、ある指標の予想。
指標の変動に『違和感』を覚えるのは、何らかの異変が発生しているから。
分析に『違和感』を覚えるのは、これまでとは異なるベクトルに進もうとする意図があるから。
予想に『違和感』を覚えるのは、過度に楽観的な希望が含まれているため。
『違和感』は、そこに何らかの歪みがある事を示す。
私はそれを探し、対処しているだけだ。
別に難しい事じゃない。
時系列で対比すれば容易い事だ、と。
私はそれを聞いて、なるほどな、と思ったよ。
だが、ふと気になってな、もう一つ彼に問うてみた。
「その対比する膨大なデータは、どうやって探すんだ?」
彼は事も無げに答えたよ。
「覚えてますから」
その後、彼のことを知った先代領主様に重用されるようになって、あれよあれよという間に、中級から上級官吏になり、執政官室付き文官になり、30歳手前で補佐の地位に着いたんだ。
彼を高く評価する者もいるし、苦手と捉える者も勿論いる。
だが、おそらく彼の事を「公私混同」と非難する者は誰ひとりいないだろう。
「執務に私心なし」が、彼に対する共通認識なんだよ。
枕詞がどうあろうと、な。




