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22.誘拐④〜懇願

 誘拐の急報が入った時、エリシアとアルベルトは執務室にいた。


 エリシアが瞬時に号令を掛ける。


「緊急指令!直ちに国境付近を半封鎖!

 検問所は、不審な馬車・荷車はもちろん、全ての貨物の検閲を徹底!

 騎士団は、要路以外の側道に人員を緊急配備し、不審者の通過を阻止!急げ!!」


 そしてアルベルトに声を掛ける。


「私はここで指揮を取る。お前は孤児院に行ってやってくれ」

 

 アルベルトが無言で頷く。

 怒りで目眩さえ覚える。

 部屋から駆け出し、

 邸内を走り、

 路地を走り、

 すぐに孤児院に駆けつけた。




 院長室は重苦しい雰囲気に包まれていた。


 

 引率の職員が泣き崩れ、

「私がもっと早く駆けつけてたら……」

 と、繰り返している。



 リンが泣き顔で、ゴッヅ夫妻に訴えていた。


「メリッサちゃんが、守って…くれたの…

 リンちゃん、逃げてって…守ってくれたんだよ…」


 ゴッヅがリンの頭を撫でながら、涙を溢す。


「…ああ、そうかい、そうかい…

 あいつはお姉ちゃんだもんな…

 俺との約束守って、ちゃんと妹を守ったんだな…」


 アンナが涙を拭いながら、ゴッヅに言う。


「あんた、メリッサが帰ってきたら、褒めてやろうね…。よくやった、よく妹を守ったって…」


「あたりめえだ。こんな立派な娘になって、お前は俺達の誇りだって…帰ってきたら…褒めてやるよ……いっぱい褒めてやる……、だから…だから…」


 ゴッヅが仁王立ちしながら涙を流し、アンナはその腕にしがみついて、声を上げて泣き続けた。



 アルベルトにも、掛ける言葉が見つからない。


 ただ、時間だけが過ぎていった。





 少し経って、

 ゴッヅがアルベルトに向き合う。

 アンナを腕に抱きながら、

 その大きな体を折り曲げた。


 漏れるのは、懇願の声。


「…補佐さん…、こんな事を言えた義理じゃねぇかも

知れねえが…、なんとか…ウチの娘…助けてやっちゃあくれねえか…。

 一生恩に着る……、一生恩に着るからよ…

 ウチの娘を…どうか…」


 顔は見えない。

 身体を90度に折り、深々と礼をするゴッヅの

 顔は見えない。

 ただ、震える肩は

 濡れていく床は

 はっきりわかる。



 リンがアルベルトのもとに来る。

 泣き続けてしゃくりが止まらない。

 それでもアルベルトに訴えかけた。


「ホサ……、メリッサちゃんを……助けてあげて……

 ホサ…、お願い……メリッサちゃん…助けて」



 アルベルトが、ゴッヅの肩に手をやり、もう片方を

リンの頭にやる。


「言われるまでもない。助けます。必ず助けますよ。

 だから安心して下さい」


 アルベルトが二人に笑いかけ、院長室を出る。



 院長室を出た後のアルベルトから、表情が消えた。

 

 そこに“怒り“があった。

 炎のような”怒り”があった。

 

 しかし、その炎は


 木を焼く赤でもなく

 鉛を溶かすオレンジでもなく

 鉄を穿つ蒼でもなく

 

 臨界に達す、白銀の炎だった。




**********************




 領主執務室。

 今は司令部として、エリシア・ゼクスの他、

数名の文官・武官が慌ただしく動き回っている。


「おう、アルベルト、戻っ……」

 エリシアが、戻って来たアルベルトに声を掛け、同時に言葉が消え失せた。

 

 尋常ならざる気配。


 エリシアが、凍りついたように動けなくなる。

 長年、領主の側近として付き合いがあるゼクスでも、一瞬絶句するほどの”怒り”。


 だが、この豪傑はすぐに気を取り直す。


「…それも当然か…、頭に血をのぼらせおって」


 ふんっと鼻息を鳴らし、エリシアの背をバンッと叩き、アルベルトに向き合った。


「お嬢、なに固まっとる。ほれ、青二才がなんぞいいもんを持ってきたぞ。なぁ、そうじゃろ?」


 ゼクスの豪放磊落振りが、アルベルトの苦笑を誘う。

 室内の全員が、彼の温度が急速に下がるのを肌で感じた。



 部屋の空気が弛緩し、程よい緊張感に戻ったところで、アルベルトがテーブルに一枚の地図を広げた。


「これは何じゃ?知らん道がたくさん書かれておるようじゃが…」

 ゼクスが地図を見ながら唸る。 


 エリシアもまじまじと地図を注視していたが、

やがてハッとして、アルベルトに振り向いた。


「…これはもしかして…、アレか?」


 過日、運送業組合長との折衝の時に、半泣きの

組合長が差し出した……


「そう、運送業組合謹製、裏の輸送用側道地図です」

 

 アルベルトが、ギラリとした笑みを浮かべた。


「これで奴らを、罠に掛ける」


 


 


 

お読みいただきありがとうございました。


少しでも「続き読んでもいいかな」と

思っていただけると大変嬉しいです。


末永くお付き合い下さいませ。


次回、アルベルトの仕掛けた罠が 

動き始めます。


タイトル予告「秘匿地図」

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