13.屋敷での生活
本日2話目です。
リンには、正式に居住エリアの一室が与えられた。
名目上は、アルベルトの縁者。
保護者はアルベルト。
後見人はエリシア。
屋敷内では、基本的には自由。
外出も、屋敷の門番に言付けすれば可。
義務も制限もない。
ただひとつを除いて。
「さぁ、食べようか」
夕食の席。
テーブルにはエリシアwith満面の笑み
と、アルベルトとリンがいた。
「なぜ…私が?」
アルベルトが、躊躇と疑問を絶妙にブレンドした顔で、エリシアを窺う。
エリシアがニコニコ顔で返す。
「仕方なかろう。リンに『朝食と夕食は必ず私と一緒に取る』と約束させようとしたら、『ホサと一緒なら』って言うんだ」
傍らのリンは、何のこと?という体で、全く意に介さず、もくもくと口を動かしている。
「あなたはリンの後見人ですから、共に食事を取ってもおかしくはありません。
しかし、私は一介の官吏に過ぎません。
家族か客人と共にあるべき食事の席には、不釣り合いです」
エリシアがフッと笑う。
「堅物め…。いいか、私はリンの後見人だ。
後見人と被後見人が共に食事を取る。
体裁は整ってるな」
「はい…」
「お前はリンの保護者だ。
保護者と被保護者が共に食事を取る。
至極真っ当な、人の営みだ」
「はい…」
「つまり、リンはどちらとも食事を取れる立場にある。故にリンが望めば、私もお前も共にテーブルを囲める。どうだ、この完璧な理論武装は」
「社会的地位や立場を考慮してませんが…」
「そんな無粋なことは知らん」
「リンと一緒に食事してくれるのはうれしいですが……」
「お前にも仕事や都合がある。別にいつもとは言わん。それはリンも理解してる。
ただ、居られる時はそうしてやってくれ」
そして、少し照れくさそうに、目を伏せる。
「…食事は家族一緒の方が美味い…」
エリシアには…確かに数ヶ月前までは
食事のテーブルに父がいた…
リンにいたっては…もう…
アルベルトが小さく頷く。
「…わかりました。そうします」
その言葉に、エリシアが顔を更にほころばせ、
リンは相変わらず、?という顔で、もくもくと
口を動かしていた。
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屋敷内の人間の、リンに対する認識の変化は、
目まぐるしいものだった。
最初の夜〜補佐が連れてきた迷子
(かわいい子)
翌朝〜補佐の遠縁の子
(かわいい子のリンちゃん)
午後〜皆にパンを配る子
(かわいくて、いい子のリンちゃん)
夜〜領主様と同じテーブルで食事を取る子
(かわいくて、いい子のリン様)
この夜の段階で、リンはある意味、領主の家族と同義の立ち位置になったが、さらにその翌朝にまた変化が生じる。
「えっ?リ、リン様?どうされたのですか?こんなところに?」
早朝、リンがメイド達の朝礼の場に現れたのだ。
「まだ、お早い刻限です。お部屋でお休み下さい」
メイド長がリンにそう促す。
だが、リンは首を横に振り、
「お手伝いしたい」
と言い、一同を困惑させる。
「お手伝い、と言われましても…」
皆が顔を見合わせ、どうしたものかとオロオロしているところに、マーサが姿を現す。
「なんだ?どうしたんだい」
「侍女長、実は−−−」
「ふうん、なるほどねぇ」
マーサが目線を下げ、リンに問いかける。
「なぜ、手伝いをしたいんですか?」
マーサの問いに、リンは答える。
「あのね、前…いたところは…子供もいっぱいいてね…。みんな…おうちのお手伝いしてた。
お手伝い、たいへんって、みんないってたけど……
お父さんやお母さんにほめられると…すごくうれしそうだった。おうちの役にたてたって」
マーサの目を見ながら
ゆっくり言葉を選びながら
自分の考えが過たず伝わるように
言葉を紡ぐ
「わたしも、このおうちに住むから、おうちのお手伝いして、役にたちたい」
マーサは、その言葉を聞き、納得したと言わんばかりにニッコリ笑う。
「そうですか、わかりました。いいでしょう。
但し、1日中という訳にはいきません。
当面は1日置き、朝食を食べてから昼食まで。
それでいいですか?
ただ、これはお仕事です。怠けることは許しませんよ」
ぱぁっと笑顔を輝かせ、コクコクと頷くリン。
「メイド長、何か子供でも手伝える仕事を与えてやってくれ。メイド見習いの子供がやる仕事がいいだろう」
「わかりました」
「これでいかがですか、リン様」
うんうんと差配に満足するマーサ。
しかし、この言葉にすうっとリンの顔が曇る。
怪訝な顔でマーサが問う。
「……リン様、どうなさいました?」
少し悲しげな表情…
少し遠い目…
少し重くなった口から漏れるのは意外な言葉
「リン様……いや…」
「…え?」
「リン様じゃなくて、リン。
『様』は、いや…。
わたしはえらくない。えらくなると……みんな
いなくなる…。……ただのリンがいい……」
マーサの胸に大きな衝撃が走った。
そうか…
そうだった
この子の悲しみは如何ばかりか…
思わず目頭が熱くなる
リンの秘密…
祖母から
母から
伝えられてきた口伝…
マーサにとってこの言葉は、
彼女の涙を
呼ぶに十分だった。
「わかりました……」
リンの頭を優しく撫でる。
「あなたはリン、ただのリンね…」
立ち並ぶメイド達に向かい、大声で伝達する。
屋敷中に、街中に、世界中に宣言するように。
「この子はリン!ただのリンです!
今日この時から、そう接するように!
屋敷中にも即時通達!いいね!!」
この瞬間、少女は『かわいくて、いい子のリン様』
から『かわいくて、いい子のリンちゃん』に、
また戻った。




