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090 : ハイデベルク・8・アンデッドヴァルキリー戦・5

待ての勇者と急ぎの姫騎士


090 : ハイデベルク・8・アンデッドヴァルキリー戦・5





 あれほど居たヴァルキリーのアンデッドたちは暴風が止んだように居なくなって、つい先ほどまでの死闘が嘘のようだ。


 ハイデベルクは和訳すれば荒地の街、その荒地の冠の通りに荒れ果てた廃墟になってしまっている。


 静かになったが油断はならない。


 空が血を含んだような鈍色で、吹く風は衰えたとはいえ血の色と臭いをまとっている。


 南門の味方たちも、勝利が信じきれない様子で荒い息をしながら動かずにいる。


 これで済むはずはない……。



 シュワーン



 空気の塊が擦れるような音がしたかと思うと人の形が現れ、数秒のうちに怖れていた形になった。


『フフフ、たいそうな働きぶりでしたね、センパイ』


「その姿は止せ!」


 それは、アキの姿をした魔王だ!


『フフ、原形のままではお気に召さぬか……』


 両手を大きく回す仕草をすると、アキは数倍の大きさになって、頭には角が生え口は倍ほどに広がって鬼の形相になりやがる。


『顔だけじゃないわよ』


 ブルン


 縦に旋回すると、胸が大きくなって、脚が五割り増しに長くなった。


「アキをおもちゃにするな!」


 ズビュン!


 思わず剣を振るってしまうが、まるで手ごたえが無い。


「よせ、あれに実体はない!」


 ヒルデが立ちふさがる。


『残念だな』


 声が変わった、男の声だ。


『ヒルデのいう通り、これは、お前たちの世界で言うホログラムだ。お前たちが無慈悲に力を振るうものだから、もうここではリアルの力は振るえん。我は、もうハイデベルクより南には手出しはせん』


「なんだと」


『だから、お前たちも、ここより北には進むな。平和共存でいこうではないか』


「悪魔の口約束など信じられるか!」


「信じて、先輩!」


 一瞬アキに戻って懇願する。しかし、もうその手にはのらない!


 シュリン!


 思わず一閃すると、アキの頬に血の筋が引かれる。


「ひどい、先輩……」


「見え透いた芝居を!」


「止せ!」


「停めるな、ヒルデ!」


「あれは本物だ!」


「え!?」


「よく見ろ!」


 アキの背中には細い糸が付いていて、その糸ははるか北の空に延びている。


「アキを釣り餌にしているんだ、魔王本体は、はるか北の魔王城だ!」


「くそ!」


 シュルシュルシュル


 糸が巻かれたかと思うとあっと言う間にアキは北方に消えてしまい、またホログラムが現れた。


『ということだ、よいな。ハイデベルクは残念なことになったが、お前たち人間はしぶとい。せいぜい力を尽くして元通りにするがよい。この魔王に向き合うに相応しい街の姿にな。みすぼらしいままでは、またわが眷属が手を出すかもしれぬでな……フフフ、フハハハハ、ハハハハハハハハハハ』


 不敵な哄笑が廃墟の空に満ちて、魔王は北の空に消えていった。


 血の色を含んで空を覆いつくしていた雲や霧も綻びを見せ始め、まばらに日差しを通し始めている。


 しかし、その下にはささくれ立ったハイデベルクの廃虚。幾千幾万の冒険者たちが、魔王討伐の最終の準備をし最後の英気を養った冒険の都は、終戦の日の東京のように無残だ…………。


 

 呆然自失して動けないでいると、南門の仲間たちが寄ってきた。



「「大丈夫?」」「スグル!」「スグルさま!」「おにいちゃん!」「…………」



 それぞれに、声をかけてくれ気遣ってくれる……え……一人多い?


「君は誰だ?」


 見覚えのない戦士に声をかける。


「儂じゃよ」


 そいつが顔をなでると、忘れかけていた草原の神になった。


「いや、苦労している様子なんでな、シギュンの奴も尻を叩きよるんで、ちょっとな」


「え、じゃあ、あのハンマーは?」


「本物じゃよ……こっちは……」


 ロキがハンマーを取り出して一振りすると、ロキの奥さんのシギュンに変わって、その腕には赤ん坊が抱かれていた。


「ククちゃんを抱いていたんで半分も力を発揮できなかったけど、少しは役に立てたようで嬉しいわ」


「助かったな、スグル!」


 ドン


「み、みんな、ありがとう!」


 ヒルデに背中を叩かれ、取りあえずお礼を言うしかなかった俺だ。


「あ、空が!」


 ギギが空を指さすと、鈍色の空は半ば以上澄み渡って、その青さは、旅の半ばに達した俺たちを癒すようにも、さらなる北への旅に誘っているようにも思えた。


 


☆彡 主な登場人物


・鈴木 すずきすぐる    三十路のフリーター

・ブリュンヒルデ         ブァルキリーの戦乙女

・エマ              バンシーのメイド

・女神(甲と乙)         異世界転生の境に立つ正体不明の女神たち

・ハンス・バウマン        ズィッヒャーブルグのギルドマスター

・フンメル            西の墓地に葬られている一万年前の勇者

・カルマ             フンメルとパーティーを組んでいたエルフの魔法使い

・トルクビルト(工藤甚一)    ズィッヒャーブルグの幻影魔法士(娘:ビアンカ、カリーナ)

・シャイロック          ヴェニスの商人

・ロキ              荒れ野の神(ヒルデの義理の叔父) シギュン(妻)

・親指姫             げんこつ山のゴーレムに取り込まれていた

・秀を取り巻く人々        先輩  アキ(園田亜妃) 田中

・他の冒険者たち         オンケル シュベスタ―

・魔物たち            謎かけ魔物 リーツセル(Rätsel) ガイストターレン シュプルーデ川の魔物 樹叢の魔物 セイレーン(半鳥半人) ギギとクク(元セイレーンの姉妹) げんこつ山のゴーレム  巨大唇の化け物 グズルーン(魔王に魂を売ったジークフリートの王妃)

  


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