079 : 親指改め親指姫
待ての勇者と急ぎの姫騎士
079 : 親指改め親指姫
大唇を退治した後の大地はグチャグチャだ。
シュプルーデ川から北は元々荒地っぽかったんだけど、それでも大体の道筋は付いていたし、森や林も見えた。地面は緩い起伏があるだけで、イメージで言えばサファリパークみたいなものだった。
しかし、大唇は大地そのものが怪物になってしまって、それが大暴れして俺たちが退治した。いわば死んだ大地になって、そのイメージは火星の表面。
ただ、空は青いし、遠くにライズゼニヒ山も窺えて、進路を見誤ることは無い。
だが、しかし。
そのライズゼニヒ山がなかなか大きくならない。つまり、いくらも進めていないんだ。
「よし、少し早いが、ここで宿営しよう」
わずかに平らになっているところに出て、ヒルデが宣言した。
エマのストレージから大型のテントを出して、その前で焚火を起こす。
「ちょっと抵抗はあるけど、辛抱してくれ」
そうことわって、俺が出したのはトイレ用の、ほら、清掃スタッフが使う水道。それを出して少し早い晩飯の用意。
みんなで石を運んで焚火。ろくに薪が無いので、これもエマが貯めていたのを使って、食材もエマの備蓄を有難く使わせてもらう。
「エマさんが居たら百人力だね!」
「ほんとだ、げんこつ山のみんなを助けたあともそうだったけど、エマさんのご飯はグレードが違う!」
魔術師姉妹が正直に褒めると、親指が『オホホ』と上品に笑う。ギギは食べることに夢中だし、エマは無言だけど、珍しく食後にワインのお替わりをしている。
「この食材とワインは、ロキさんの奥様から頂いたものなんです」
「え、じゃあ、さっきみんなで食べればよかったのに」
ギギが無邪気に言うと、ヒルデがワインのカップを置いた。
「それは違うぞ。みんな大唇から救助されたばかりで、調子を崩している。こんなものを食べたらお腹を壊すからな」
「あ、そうかぁ(^^;)」
「だけど、美味しいことや楽しいことを分け合おうというのは、いい心がけだと思うわ」
親指がフォローしてくれて、みんなも笑って、いい雰囲気だ。
それで、この際だと思って聞いてみた。
「親指、調子がいいようなら教えてくれないか」
それだけで通じた。
「あ、はい、そうですね……」
ゴーレムの親玉として戦っていた時と、今の親指は違い過ぎる。そのわけを聞きたかったんだけど、大唇との戦いや犠牲者の救助にかまけて聞きそびれていた。
「じつは、まだ全部思い出せたわけではないんですが、さる公国の第一公女なのです。公位を継承するにあたって試練を受けなければならなくて、家臣たちとこちらにやってきました……そうです、試練は、この世界の魔物を討ち取ることです。それで、北に進んで、逆に魔物に取り込まれてしまって……」
「それが、げんこつ山の……」
「よく覚えていません」
「ひょっとして、その……残りの四本の指は家来の人たちだったんですか?」
「ちがいます!」
エマの問いかけに親指ははっきり答えた。
どうやら、戦いの最中に捉えられて、いつの間にかゴーレムたちのボスに仕立て上げられたらしい。
「家来たちは、きっとわたしを捜しています」
「それじゃ、ウンターヴェークスとかエアストドルフとか……」
「ひょっとしたら、ズィッヒャーブルグまで戻って情報を集めているんじゃないのかなあ」
魔術師姉妹は、街に戻ってみるべきだと提案した。旅人や魔物狩りの情報は街道の町や村、とくにギルドに集約される。ズィッヒャーブルグで育った二人だ、正しい提案だろう。
「いえ、我が公国は前進をこそ尊びます。待っているとすればハイデベルク。それ以外にはありえません!」
キッパリ言い放った。いかにも公国のお世継ぎ。
「そうか、君臣一体の心構え、敬服するぞ」
「ありがとうございます、ブリュンヒルデさま」
「旅の中の縁だ、ヒルデでよい。それよりも、公国の姫とあっては『親指』と呼ぶわけにもいくまい。名前を教えてはくれないか」
「はい、わたしの名前は……」
名前は…………?
「…………思い出せません(-_-;)」
「そうか……」
ちょっと空気が重くなった。
「それじゃ、親指姫って呼ぼうよ!」
ギギの提案に、みんなビックリしたけど、当の本人が「あ、それいいです!」と喜んで決まってしまった(^^;)。
☆彡 主な登場人物
・鈴木 秀 三十路目前のフリーター
・ブリュンヒルデ ブァルキリーの戦乙女
・エマ バンシーのメイド
・女神(甲と乙) 異世界転生の境に立つ正体不明の女神たち
・ハンス・バウマン ズィッヒャーブルグのギルドマスター
・フンメル 西の墓地に葬られている一万年前の勇者
・カルマ フンメルとパーティーを組んでいたエルフの魔法使い
・トルクビルト(工藤甚一) ズィッヒャーブルグの幻影魔法士(娘:ビアンカ、カリーナ)
・シャイロック ヴェニスの商人
・ロキ 荒れ野の神(ヒルデの義理の叔父) シギュン(妻)
・親指姫 げんこつ山のゴーレムに取り込まれていた
・秀を取り巻く人々 先輩 アキ(園田亜妃) 田中
・他の冒険者たち オンケル シュベスタ―
・魔物たち 謎かけ魔物 リーツセル(Rätsel) ガイストターレン シュプルーデ川の魔物 樹叢の魔物 セイレーン(半鳥半人) ギギとクク(元セイレーンの姉妹) げんこつ山のゴーレム 巨大唇の化け物




