077 : 唇の大化け物・2
待ての勇者と急ぎの姫騎士
077 : 唇の大化け物・2
そいつは、その大唇を弛緩させた。
中一の春、部活見学に行った吹奏楽。いっぱいの見学者にいいところを見せようと思ったんだろう、張り切ったトランペットが唇を切ってしまった。
血がタラリと流れ、トランペットの上級生は唇を弛緩させ、ハンカチで口を押えた。唇を切ると、開くことはもちろん、すぼめても血が噴き出して痛みが走るんだそうだ。トランペット吹きは、薄く口を開いたまま、曲が終わるまでパイプ椅子に座って、曲が終わると、指揮者が目配せして保健室に行った。
大唇もショックだったのか、薄く開いたままジッとしている。はんぱなクシャミを誘いだそうとする時の緩んだ感じ…………あ?
その隙に、呑み込まれた冒険者が二人這い出て地面に転げ落ちた。
「助けに行くぞ!」
三人で駆け寄って冒険者を救助。他に這い出てくる者がいるかも……大唇を見上げながら息をひそめる。
グ グ グゴ……
えづくように喘ぐ大唇!
「離れるぞ!」
ヒルデの声に、俺たちは冒険者を介助しつつ、そこを離れる!
ゲボ!
げんこつ山が吐き出されてきた!
微妙に小さくなったげんこつ山は、元の姿勢から30度ほどズレたかっこうで落下。溶けてしまったのか、元々乏しかった草木は無くなって、なんだか骸骨の握り拳というか、一晩放置した生餃子のようになっていた。
語り合って飯を食い、呑んで騒いで、ゴーレムたちと戦ったのは、ついさっきのことだというのに……。
ちょっとシミジミしていると、大唇に変化が現れてきた!
「え?」「ちょ?」「なんだ!?」
グ グ グェェェ
唇の端を振るわせたかと思うと、大唇は急速に萎んで……いや、消滅するのか!?
「逃げていくのでは!?」
「エマは冒険者を看ていろ、スグル、行くぞ!」
「お、おお!」
余りの縮み方に、向こうに逃げて行っているような錯覚がしたんだ。そうではなくて異変だと直感したヒルデは、俺を引っ張って進んで行く! 悔しいが、戦場の勘は俺よりも数段上だ!
近づいている間にもどんどん縮んでいく大唇。あと、500mほどかという時にタラコ屋の看板かというくらいに縮んだ……かと思うと。
グググググ!
今度は、体の方がガンダムほどに逞しくなってきた!
「いや、あれでも小さい!」
立ち止まって、ヒルデが否定する。そうだ、唇しか見えていなかった時は、渋谷区のシルエットよりも大きかったんだ。それを載せているにはガンダムでは小さい。
「唇は、さらに縮んでいくぞ……」
唇は大型トラックの幌を二段重ね……と思ったら、軽トラックのそれの二段重ね……布団の二段重ね……座布団の二段重ねと急速に縮んでいく!
ドス ドス ドスドス……
「逃げるんじゃないか?」
「追うぞ!」
「お、おお!」
追いかけていくと、今度はボディーが痩せて縮んでいく。
ガンダムの逞しさは100歩もいかないうちにエヴァの初号機ほどに細くなり、もう100歩いくうちには細身の大魔神、次の百歩では亡くなる直前のカーネルサンダース、そして次はバナナの皮が一日真夏の直射日光に晒されたように黒く萎び、俺たちが近づいた時には蟻たちがたかって解体し始めていた。
「なんなんだ、こいつは……」
「魔物だ……ただ、あの程度の攻撃で滅んでしまう。未熟で未完成のまま出てきてしまったんだろう」
クシャ
そう言って、ヒルデは鷹の爪のように縮こまった唇の残滓を踏み潰した。
☆彡 主な登場人物
・鈴木 秀 三十路目前のフリーター
・ブリュンヒルデ ブァルキリーの戦乙女
・エマ バンシーのメイド
・女神(甲と乙) 異世界転生の境に立つ正体不明の女神たち
・ハンス・バウマン ズィッヒャーブルグのギルドマスター
・フンメル 西の墓地に葬られている一万年前の勇者
・カルマ フンメルとパーティーを組んでいたエルフの魔法使い
・トルクビルト(工藤甚一) ズィッヒャーブルグの幻影魔法士(娘:ビアンカ、カリーナ)
・シャイロック ヴェニスの商人
・ロキ 荒れ野の神(ヒルデの義理の叔父) シギュン(妻)
・秀を取り巻く人々 先輩 アキ(園田亜妃) 田中
・魔物たち 謎かけ魔物 リーツセル(Rätsel) ガイストターレン シュプルーデ川の魔物 樹叢の魔物 セイレーン(半鳥半人) ギギとクク(元セイレーンの姉妹) げんこつ山のゴーレムとドール 巨大唇の化け物




