ウィリアム
「その町は獣人の町らしい。過激派に見つかる前にどうにかしないといけない」
ウィリアムが王宮に到着して早々、国王は口を開いた。
ウィリアムは祖父が率いる革新派――獣人と人間が平等になるべきと考えている。そのため、ウィリアムは国王に呼ばれたのだ。
「過激派に見つかれば、その町は潰れるだろう」
それも、国民の同意を得て。
この国は獣人に対して批判的な人が多い。獣人であれば、奴隷になるのは当たり前――その風潮は先祖代々続いている。だから、獣人の町が潰れたことで、何の批判も出ない。
「獣人だからという理由で、町が潰れてしまうのは心苦しい」
ウィリアムに拒否権はない。これは決定事項なのだ。もとより、ウィリアムは断る気はないのだが。
そうして、ウィリアムは視察に向かった。
一週間もフェリシティに会えないことに心は曇っていた。フェリシティの状況を知るために伝播鳥を送ったのも、そのためだ。
そのとき、フェリシティに一輪の赤い薔薇を贈った。フェリシティが喜んでくれることを願って。
フェリシティと離れて一日しか経っていないのに、ウィリアムの頭はフェリシティでいっぱいだった。早く帰りたいと思っていた。
だからか、上から物が落ちてきたことに全く気づかなかった。ウィリアムは咄嗟に利き腕で頭を庇ったので、大事にはならなかった。
これでは帰るのが遅くなってしまうな、と思い、気分を落としていた。
その日の夜は腕だけでなく、心も痛んだ。フェリシティを悲しませているのではないかと思うと、いてもたってもいられなくなってしまった。
寝ては目が覚め、寝ては目が覚めを繰り返し、やっと朝になった。ベッドの上にフェリシティの温もりがあるはずもないのに、何度も探してしまった。
重症だと思うほど、フェリシティに会いたくなってしまった。
そう思っていたからだろうか。
執事長が持ってきた鞄の中にフェリシティが入っているとは。
幻覚かと思った。しかし、視察に行ってからずっと欲しかった温もりがあった。
ジンジンと痛んでいた腕が嘘のように、フェリシティを楽々と抱きしめることができた。
ウィリアムはフェリシティも会いたいと思っていてくれたことに歓喜を覚えた。
その日の翌日、ウィリアムとフェリシティは自然豊かなところに行った。そこで、フェリシティが獣人だと子どもが言った。
そのとき、フェリシティは可哀想なくらい震えていた。
そんな姿を見ると、ウィリアムの心は締め付けられた。
(そんな辛そうにしないでくれ)
フェリシティが悲しそうにしているだけで、ウィリアムも悲しくなってしまう。逆に幸せそうに笑ってくれると嬉しい。
もう、フェリシティがいない未来は考えられない。フェリシティが獣人でもいい。いや、獣人のフェリシティが好きだ。
だから、フェリシティと気持ちが繋がったときは、天にも昇るほど幸せを感じた。そして、一生離さないことを誓った。
フェリシティと一緒にいるために、ウィリアムはいろいろなことをした。まずは身分差だ。
ウィリアムとフェリシティが結婚するのは何か奇跡がないと無理な話だった。しかし、ウィリアムには身分差の問題を解決できるかもしれない糸口を見つけていた。
それが三大公爵の一人であるポラック公爵だ。
先代ポラック公爵の弟がモンロン男爵夫人――フェリシティの母の祖母と結婚していたのだ。
ウィリアムはすぐにポラック公爵に手紙を送った。モンロン男爵家についてお話があります――とだけ書いて。
そうすると、すぐに返事が届いた。翌日、ウィリアムはポラック公爵と会った。
「二つのことを呑んでくれれば、手伝おう」
ウィリアムがフェリシティと結婚したい旨を伝えると、ポラック公爵は好意的に答えてくれた。ただし、二つの条件をつけて――。
それが、モンロン男爵の店をポラック公爵領にも展開すること、モンロン男爵家が獣人だとバレないようにすることだ。モンロン男爵家が獣人だとバレてしまえば、本家であるポラック公爵にも被害が出る。最悪なのが、三大公爵の地位を脅かされることだ。
ウィリアムにとってポラック公爵の条件は、想像の範疇だった。これを見越して、すでにモンロン男爵には許可をもらっている。
こうして、ウィリアムは身分差の問題を解決した。
これですべての問題が解決したかというと、解決はしていない。一番重大な試練がある。
それは、モンロン男爵家が獣人だと疑われていることだ。この問題が解決できなければ、ウィリアムとフェリシティの未来は完全に閉ざされてしまう。それは何としてでも避けなければならない。すでにウィリアムはフェリシティの生活は考えられないのだ。
ただ幸いなことに、国王もポラック公爵もウィリアムの味方である。特にポラック公爵は血眼になって、モンロン男爵家への疑惑を無くそうとしていた。
ウィリアムは祖父のオルコット公爵、ポラック公爵、そして、国王と共にモンロン男爵家が人間であることを捏造した。
そして、ついに決戦の日が来た。
過激派の親玉であるミッチェル公爵は、フェリシティがモンロン男爵家で見なくなった日と、ウィリアムがフェリシティと同じ毛色をしたうさぎを飼い始めたのが一緒だと主張したのだ。
それに対してウィリアム側は、以前フェリシティの兄の話――フェリシティが病気になったので、モンロン男爵家はフェリシティと同じ毛色のうさぎを飼った話――を話した。そして、ウィリアムがモンロン男爵の店に訪れたとき、そのうさぎを気に入り、そのうさぎの子どもを譲り受けたことも。
ウィリアムはその証拠として、アッシュグレーの毛並みをした、サファイアの目のうさぎを出した。そのうさぎはとてもウィリアムに懐いている。
このうさぎはフェリシティではない。今日のために手懐けたうさぎである。
「そのうさぎがモンロン男爵令嬢かどうかは分らないではないか! 我々人間には獣人かどうか分らないからな!」
「獣人は尻尾に触れられると、人の姿に戻ると聞きます。触ってみてはいかがでしょう」
ウィリアムはミッチェル公爵のもとにうさぎを置いた。
この〝獣人は尻尾に触れられると、人の姿に戻る〟という伝承は、人間が勝手に作ったでたらめである。しかし、その伝承は広く知れ渡っている。
ミッチェル公爵もそれなら、とうさぎの尻尾に触れた。もちろん、そのうさぎが人の姿になるはずもない。
ミッチェル公爵はショックを隠しきれていない。
「他に証拠はあるか」
国王はミッチェル公爵に問うた。
その後もミッチェル公爵は負け惜しみのように証拠を言い続けた。しかし、ウィリアム側はすべて蹴った。すでに勝敗は見えていた。
「今回の会議ではモンロン男爵家が獣人でないことが証明された。ゆえに、今後はモンロン男爵家を疑わないように」
今後、このようなことがないように、国王はそう言った。
「それと、もし獣人だと疑惑があっても、個人で調査はしないように」
ミッチェル公爵に釘を刺すように感じた。
これで、ウィリアムはフェリシティと結婚できる。もう何の問題もない。
(ああ、早くフェリシティに会いたい)
やっとここまで辿り着いたことに、ウィリアムは喜びを感じた。もうウィリアムの未来は、幸福が約束されたようなものだ。




