五十二日目
「フェリシティ、君はどうしてこんなにも可愛いのだろう」
フェリシティは今日もうさぎ姿でウィリアムに愛でられていた。
「フェリシティに相談なのだけど……」
ウィリアムが言いにくそうに口を開いた。フェリシティはそのウィリアムの様子に、何か悪いことでもあったのかと不安になってしまった。
「ここの使用人にフェリシティが獣人だと伝えようと思っているのだけど、どうかな?」
今後、フェリシティは人の姿でウィリアム邸で生活する。ウィリアムと結婚するのだから。そのため、使用人に言っておいた方が良いのだ。
「フェリシティと関わる使用人だけに、ね。彼らはフェリシティの秘密を誰かに言ったりしないよ」
それはフェリシティにも分っている。ただのうさぎにまで熱心に世話をしてくれる使用人たちだからだ。
ただ、不安なのだ。
「だめ、かな」
それでもフェリシティは獣人であることを打ち明けたかった。誠心誠意働いてくれる彼らにこの事実を伝え、本当の意味で共に過ごしたいのだ。
(それに、ウィリアム様とずっと一緒にいたいから……)
ウィリアムと一緒にいる未来のためにも、獣人であることは打ち明けるべきだ。
フェリシティは頷いた。
「ありがとう、フェリシティ」
その日の昼、フェリシティに関わる使用人が集められた。その中にアンナやアイラもいる。
今、フェリシティは人の姿で皆の前に立っている。フェリシティの心臓の音はこの部屋に響き渡ってしまっているように勘違いする。
「あの、その……」
さらっと獣人です、とだけ言うつもりなのに、全く言葉が出ない。
「フェリシティ、大丈夫だよ」
ウィリアムが応援するかのように、フェリシティの手を握った。
(躊躇っている場合じゃない……)
自分とウィリアムの将来のためだ。
フェリシティは意を決して、言葉を発した。
「わ、私、本当は獣人なんです!」
思ったよりも大きな声で言ってしまった。フェリシティは目の前にいる人たちの顔が見れない。
「ずっと皆さんと一緒に暮らしていたうさぎが私なんです!」
(い、言ってしまった)
ついに言ってしまった。しかし、誰も何も言わない。
フェリシティは不安に駆られた。そのとき――
「それなら納得ですな」
ほほほ、と笑いながら、執事長が言った。
「坊ちゃまが恋愛結婚なさると伺い、どこで出会ったのだろうと不思議に思っておりました。ほとんどフェリシティ様といらっしゃるウィリアム様は、今年の社交シーズンのパーティーに二回しか行っておりませんしね」
執事長は微笑みながら、フェリシティを見つめた。
「フェリシティ様。フェリシティ様のおかげで我々は毎日楽しく過ごせました。旦那様――坊ちゃまのお父様がお亡くなりになってから、この屋敷は悲しみでくれておりました。ですが、フェリシティ様がいらっしゃってから、ここは明るくなりました」
執事長は今にも泣きそうな声だ。その後ろにいる使用人も、そのまた後ろにいる使用人も、泣きそうな顔をしている。
「本当にありがとうございます。感謝の言葉しかありません」
ああ、ここはなんて温かいのだろう。人のことを思う気持ちで溢れている。
「私からも、ありがとうございます……! フェリシティ様がこちらで過ごされてから、毎日が幸せです!」
執事長に続くように皆がフェリシティに感謝の言葉を言った。
不安に思っていたのが嘘のように、フェリシティの心が晴れやかになっていく。
ここにいる人たちはなんて心が温かいのだろう。フェリシティは皆の優しさに涙を流した。
「ウィリアム様、私、とても幸せです!」
今まで感じたこともないくらい幸せが溢れている。これからもずっと、この幸せが続いて欲しい――。
「僕もだよ。君が来てから、とても幸せだ」
ウィリアムの手がフェリシティの頬に添えられた。
「あ……」
フェリシティの吐息がこぼれる。
「愛しているよ、フェリシティ」
二人の間に濃厚な空気が流れた。フェリシティの心臓は、壊れてしまうのではないかと思うほど鳴っている。
二人の影が重なる――
「ちょっ、お待ちください!」
その声で、二人の間にあった甘い空気はなくなってしまった。
フェリシティは我に返り、全身を真っ赤にしながら、ウィリアムから離れた。
(は、恥ずかしい……! でも……)
もし声が聞こえていなかったら、フェリシティはウィリアムと口づけしたのだろうか。そう思うと、余計に体が熱くなってしまう。
「ウィリアム様はここにいるの?」
しかし、聞こえてきた声に冷や水を浴びさせられたような気分になった。この声は何度も聞いたことがある。うさぎの姿で何度かあったことがある。
「ウィリアム様、こちらにいらしたのね!」
ウィリアムの幼なじみの女性――キャサリンだ。キャサリンはウィリアムを見つけると嬉しそうに笑ったが、その隣にいるフェリシティを見て困惑したような顔になった。
「その女性は誰ですの……?」
キャサリンの体はわなわなと震えている。
「僕の婚約者だよ」
「婚約者⁉」
キャサリンはつぶらな瞳を大きく見開いた。そして、何やらぶつぶつと呟き始めた。
「どうして……? わたくしの方がずっと好きだったのに……」
キャサリンは信じられないものを見るようにフェリシティを見つめた。
「わたくしは認めませんわ! どうしても認めて欲しいなら、勝負してくださいませ」
「認めるも何もないだろう? フェリシティ、勝負しなくていいからね」
ウィリアムはそう言ったものの、フェリシティはキャサリンの気持ちがよく分った。
大好きなウィリアムが誰か分らない人に取られたのだ。フェリシティもウィリアムに恋しているので、その気持ちが痛いほど分るのだ。
「勝負してくださいませんと、ずっとここにいますわ!」
フェリシティは勝負したくない。結果が目に見えているからだ。平凡なフェリシティと優秀なキャサリンが勝負すれば、勝つのはキャサリンだろう。
もしキャサリンが勝利した場合、婚約解消を迫られるかもしれない。だから、しないのが真っ当な判断である。
しかし、フェリシティはキャサリンの気持ちを知っているのだ。うさぎ姿のときに聞いた、キャサリンの恋心を。
「分りました……」
悩みに悩んだ末、フェリシティはキャサリンと勝負することにした。キャサリンの気持ちを考えると、心が苦しくなるからだ。
「では明日、わたくしの家に来てくださいませ」
キャサリンはそう言うと、部屋を出て行った。
「フェリシティ、僕はフェリシティが勝っても負けても、絶対にフェリシティを離さないからね」
ウィリアムはフェリシティのことを抱きしめた。
フェリシティはただ明日の勝負で、キャサリンにウィリアムへの気持ちを伝えたいと思ったのだった。




