四十七日目
「お嬢様、キャメロン伯爵様からです」
フェリシティは急いで大きな箱を受け取った。
今日は兄の結婚式だ。フェリシティも早々と準備をしなければいけない――のだが、まだドレスが届いていなかった。
いつ来るのかとワクワクしながら長い時間待った。フェリシティはどんなドレスが仕上がっているのか気になって仕方なかったのだ。
やっと届いたドレスを見るために箱を開けた。その間、ずっとドキドキと心臓が鳴っていた。
「すてき……」
フェリシティはそのドレスに一瞬にして目が惹きつけられた。
後ろだけ長い水色のトップスはピンクや白の花柄が刺繍され、袖の部分にはレースがチラチラと見えている。スカートはプラチナブロンドのような薄い黄色で、ふわりふわりと揺れ動いている。
そして、トップスと同じ水色のヒールの付いた靴におそらくダイヤモンドと思われるものが一粒だけついたネックレス、花の形をしたピンク色のピアスが入っている。
「そろそろ準備をしましょう」
フェリシティがドレスに魅入っていると、アンナが声をかけた。結婚式は昼に始まるので、早く準備しないと間に合わない。
フェリシティは早急に準備をし始めた。
(もう少しでウィリアム様が来るのね……)
部屋中に響き渡っているのではないかと思うほどフェリシティの心臓は鳴っている。
今日、ウィリアムに人の姿が見られる。初めてではない。しかし、最初のときよりもドキドキとする。なぜだろうか。
(あ!)
ついに待ちわびていた馬車がモンロン男爵邸に到着した。
ウィリアムが乗っているであろう馬車が見えると、フェリシティは走り出した。遠くで「はしたないです!」と咎める声が聞こえたが、今はそれどころではない。
ウィリアムに人の姿を見せるのは不安がある。しかし、それよりも期待の方が大きい。人の姿を見せれることに喜びを感じている自分がいる。
フェリシティはすぐに玄関前に着いた。
この扉を開ければウィリアムがいる。フェリシティとウィリアムを隔てるものは扉だけだ。
フェリシティは何度も深呼吸した。そして、ドレスや髪のどこかに乱れがないか何度も確認した。
(よし!)
ようやくフェリシティは扉を開ける決心がついた。すでに心臓が飛び出してしまいそうだ。
恐る恐る扉を開けると、そこには妖麗に微笑んだウィリアムがいた。
ウィリアムは金色の唐草模様が刺繍された黒色のロングコートを羽織り、華麗な刺繍を施されたベストを身に着け、黒色のズボンを穿いている。その服装はよりウィリアムを引き立てている。
フェリシティはきっちりと正装を着こなしているウィリアムを見ることができなかった。いつもよりも何倍も、何十倍も見目麗しいのだ。
「きれいだ、フェリシティ。言葉に表せないよ」
まるで目が話せないと言わんばかりにウィリアムはそう言った。それと同時にフェリシティの白い肌は真っ赤に染まった。
「君はどうしてこんなにも僕を虜にするのだろう」
フェリシティは湯気が出るのではないかと思うほど、全身を熱くした。
ずっとウィリアムはフェリシティをペットとしか思っていないと思っていたのだ。だからこそ、自身のことが好きなのではないかと思い始めてから、余計に嬉しくて仕方なかった。そして、深く考えず、素直に受けとめることができた。
「わ、私も、ウィリアム様の虜です」
フェリシティはまるでウィリアムに答えるように呟いた。ウィリアムに聞こえたかは分からない。が、今のフェリシティにはこれが精一杯だ。
「ああ、どうしてこんなにも君を愛しく感じるのだろうか。僕のこの思いはずっと変わらないよ」
ウィリアムはそっとフェリシティに薔薇を渡した。四本の真っ赤な薔薇はよりフェリシティの気持ちを高めさせた。
フェリシティの心は嬉しさでいっぱいだ。
ざわっ
フェリシティとウィリアムが結婚式の会場に入場すると、ザワザワとし始めた。きっと三代公爵の孫であるウィリアムがただの男爵令嬢のフェリシティをエスコートしているからだろう。
「まさかキャメロン卿が……」
「あの隣の女性は誰ですの?」
人々が二人を見てはヒソヒソと話し始めた。
「ウィリアム!? エスコートをしているのか!」
そんな中、一人の男性が二人に近づいてきた。ウィリアムの友人である、ノアだ。
「久しぶりだな」
「珍しいじゃないか! 今まではどんな誘いがあっても断っていなのにな」
フェリシティはノアのそれを聞いて、目を丸くした。
どんな誘いも断っていたということはあの幼なじみの女性もだろうか。本当はこんなことを思ってはいけない。しかし、フェリシティは特別のように感じられて嬉しくなった。
「それで、この人は――」
「彼女はモンロン男爵令嬢だよ」
「これは! オスカーの妹君か!」
オスカー――フェリシティの兄は交友関係が広い。それはもう、フェリシティとは比べ物にならない。
その後、ノアは自己紹介をし始めた。すでにその内容は知っているものだが、それを悟られないように、フェリシティは初めて知った風を装ったのだった。
オーケストラが音楽を奏で始めると、一つの扉がゆっくりと開いた。そこには真っ白なタキシードを着た兄とウエディングドレスを着た女性がいた。
彼女も獣人だ。獣人であるフェリシティには本能的に分かるのだ。
なぜか親近感が湧いた。どこかで見たことがあるような気がするのだ。
フェリシティが必死になって思い出そうとしていると、いつの間にか結婚の宣誓が終わってしまった。大事なところを見逃してしまった。
結婚式が終わると、披露宴が行われる。ここで新郎新婦は会場内にいる人たちに挨拶するのだ。
もちろん、家族であるフェリシティのもとにも。
「結婚、おめでとうございます」
「ありがとう、リシティ」
「はじめまして。私はアトキンス男爵の娘、マーガレットと申します」
フェリシティはそこで思い出した。
マーガレットはヴァネッサの湖で出会った猫の獣人だ。まさかこんなところで会えるとは思いもしなかった。
近頃はヴァネッサの湖に行っていなかったこともあり、気づかなかったのだろう。
オスカーとマーガレットは挨拶を終えると、すぐに違うところに行った。まだたくさんあるのだろう。
「とても素敵ですね。私もウエディングドレスを着てみたいです」
フェリシティがうっとりとマーガレットを見つめた。自分もあんな素敵なウエディングドレスを着て結婚式を挙げられるだろうか。
「すぐ着られると思うよ」
(え? それってどういう――)
「フェリシティはどんなウエディングドレスを着たいのかい?」
フェリシティが疑問を口にする前にウィリアムがフェリシティに質問した。
「袖がレース素材でできていて、今日のドレスのように動くたびにふわふわと揺れるドレスがいいです」
なぜこんな質問をするのか分からない。フェリシティは疑問を持つのと同時に期待をしてしまった。ウィリアムも自身と結婚したいと思ってくれているのではないかということに。
「そうなんだね」
ウィリアムはというと、艶かしく微笑んでいたのだった。




