四十一日目
どこからか笑い声が聞こえる。
「こっちだよ」
あれは……ウィリアム様? その隣にいる女性は誰……?
「おいで、――」
アッシュグレーの髪色を靡かせながら、その女性はウィリアムの手を握った。
「はい、ウィリアム様」
サファイアの目がキラキラと輝いている。ああ、あの女性は――
◇ ◇ ◇
「フェリシティ、朝だよ」
フェリシティは体を揺すられて、目を覚ました。
何だか良い夢を見た気がする。どんな夢かは覚えていないが、とても素晴らしい夢だった。
(ウィリアム様……?)
なぜ自分はウィリアムの横で寝ているのかと思ったが、すぐに昨日のことを思い出した。
昨日、隠れてウィリアムのところに会いに来たのだ。もしかしたら今頃、ウィリアム邸では騒ぎになっているかもしれない。
申し訳ないことをしたと思っているが、後悔はない。ウィリアムの無事を確認できたのだから。
「おはよう、フェリシティ」
ウィリアムは朝から眩しすぎるほどの笑顔を見せた。
フェリシティは顔を隠すようにウィリアムのお腹辺りに顔を埋めた。そうすると、ウィリアムが優しくフェリシティを撫でてくれる。
フェリシティはこの手が好きだ。フェリシティをいつも大事にしてくれる優しくて、それでいて力強い手が。
「この近くに動物たちがいっぱいいそうな場所を見つけたんだ。出発する前にそこに行こうか」
どうやらしばらく忙しくなるようで、ウィリアムはフェリシティに構ってやれないかもしれない。だから、この時間をフェリシティと遊ぶことに使いたいのだ。
フェリシティはウィリアムが軽症と言えども怪我をしているので躊躇ったが、呆気なく連れてかれてしまった。
朝食を食べた後、すぐに動物がいっぱいいるという場所に連れてかれた。そこはそれほど広くはない草原で、この町の一角にある。
猫や犬のような動物からリスやネズミのような小動物までいる。それらの何匹かは獣人だ。もちろん、ここに遊びに来ている人の姿をした獣人もいる。
(わあ! こんなにたくさんの獣人がいるなんて!)
獣人には獣人が分かる。そのため、ここに何人もの獣人がいることが分かるのだ。
王都にある獣人の憩いの場――ヴァネッサの湖にはこれほど獣人が集まったりしない。やはり、王都から離れている分、獣人が多いのだろう。
ここは空気が澄んでいて、過ごしやすい。もしウィリアムの元を離れるとき、こういう場所で生活するのもいいかもしれない。
「楽しそうで良かった」
いつも以上にはしゃぐフェリシティを見てウィリアムは嬉しそうに微笑んだ。
ああ、幸せだ。この時間が永遠に続けばいいのに――。
「あれ〜?」
そう思ったとき、小さな子どもの声が聞こえた。フェリシティはその声の主の方を向いた。そうすると、その子ども――五歳くらいに見える子どもが母親らしき女性を見ながら、こちらに指を差していた。
「あのうさぎさん、おかしいよ」
「こら、止めなさい」
母親らしき女性が止めようとしても、その子どもの口は止まらない。
フェリシティは体が一気に冷たくなった。人の姿なら冷や汗が大量に出ているだろう。
「あのうさぎさん、どうして人間と一緒にいるの? ペットみたいに」
やめて、言わないで……。その続きを言わないで……。
そう思っても、今のフェリシティにはどうすることもできない。体が震えて固まってしまっているのだ。
「獣人なのにおかしいよ」
フェリシティは恐怖で動くことができなかった。バレてしまったことが怖いのではない。ウィリアムの反応が怖いのだ。
――僕を騙していたのか!? 汚らわしい獣人だとは!
嫌われてしまうのではないかと思うと、もうウィリアムのことを見ることができない。
しかし、これは誰も責められない。あの子どもも。
まだ小さな子どもには分からないのだ。獣人ということがバレてはいけないことが。隠れて生きていかないといけないことが。
(ああ、ウィリアム様にバレてしまった……。嫌われてしまった……)
きっと明日には家族もろとも地下牢にでも繋がれているかもしれない。フェリシティは何度も家族に謝った。
そして、ウィリアムにも。
故意ではないとはいえ、騙してしまったのだ。
「フェリシティ、行こう」
ウィリアムはそっとフェリシティを抱き上げた。そこにはいつも通り、優しさしかない。押し殺したような怒りも失望したような感情も見受けられない。
初めから分かってた。ウィリアムが怒りはしないことを。
なぜなら、ウィリアムは優しいからだ。獣人だからという理由で突き放したりしないことは分かっている。
しかし、悪い考えは消えない。フェリシティは不安で不安で仕方なかった。
泊まっている部屋に入ると、フェリシティは椅子に置かれた。そして、その隣にウィリアムが座る。
「……どこから話そうか」
早速話が始まってしまうことに体がぴしりと動かなくなる。
「そんなに怖がらないでくれ」
まるで初めて会ったときのようにフェリシティはぷるぷると震えるものだから、ウィリアムは困ったような悲しそうな顔をした。
その顔を見ると、ズキッと胸が痛む。捨てられるかもしれないのに、こんなに悲しくなってしまうとは。ウィリアムが悲しそうにするだけでこれほどまで胸が痛むとは。
これでは捨てられてしまったとき、本当に生きていけない。刻一刻とその時間が迫っていることは分かるのに。
「フェリシティは……獣人なんだよね」
それにビクリと体が動く。まるでウィリアムの問いを肯定するように。
「……実は知ってたよ」
(え……?)
俯いていた顔を思いっきり上げた。そこには申し訳無さそうな顔をしたウィリアムがいた。
「フェリシティが獣人だってことは気づいてたんだ。だけど、この生活を離したくなくて言えなかった。……本当にすまなかった」
(ウィリアム様が謝ることなんてないのに……)
「そんな悲しい顔をしないでくれ」
人間にはうさぎの顔の表情など分からないのにも関わらず、雰囲気で察したのか、ウィリアムはフェリシティの頬を両手で包んだ。
「フェリシティにはずっと笑顔でいてほしい。できれば僕の傍で」
まさかこんな嬉しい言葉が聞けると思わなかった。ウィリアムも獣人のフェリシティと一緒にいたいとは思いもしなかった。
嬉しくて目が潤み始めたとき、ウィリアムが立ち、どこかに歩いていった。そして、どこからか何かを取り出す。
「僕はフェリシティに出会えて幸せだよ」
ウィリアムはフェリシティの目線まで跪き、五本の真っ赤な薔薇を差し出した。
フェリシティは耐えきれず、涙を流した。
バレてしまったときは人生最大の絶望を感じた。しかし、今は人生最高に幸福だ。ウィリアムがフェリシティとずっと一緒にいたいと思う気持ちが聞けただけで幸せだ。




