四十日目
光が一切入ってこない真っ暗闇の中でフェリシティはじっとしていた。
もう日付が変わったのかも、どの辺りまで来たのかも分からない。ただ静かに鞄の中でいるだけだ。
フェリシティはまだ一睡もしていない。こんな場所で寝られるほど神経が図太くないのだが、それ以上にウィリアムのことが心配で眠れなかったのだ。
ウィリアムが生きていることを願うばかりだ。
「到着しましたね」
馬車がゆっくりと停まった。やっとウィリアムが向かった視察場所に着いたようだ。
フェリシティが入っている鞄が誰かに持たれ、ゆらゆらと揺れる。落とされてしまったらどうしよう、という不安はあるが、ウィリアムに会うために我慢だ。
何人かが歩く音や「こちらです」と誰かが案内する声、そして遠くの方では子どもたちの笑い声が聞こえる。
フェリシティにはこの時間がものすごく長く感じた。
馬車を降りてからそれほど経っていないはずだ。しかし、フェリシティはずっとこの鞄の中で生きていき、ウィリアムに二度と会えないのではないかと思ってしまった。
“ウィリアムが怪我をした” これはフェリシティの心を深く深く抉った。
ウィリアムは生きているのか、生きていても体が動かせなくなっていないか、記憶は大丈夫なのか。
たくさんのことがフェリシティの中に浮かんだ。浮かんでは消え、また浮かんで、悪い考えは消えない。
ウィリアムは危篤の状態で、フェリシティ等が到着する頃には息を引き取っているのではないか。或いはフェリシティのことを忘れ、捨てられてしまうのではないか。
ただフェリシティはウィリアムを一目見たいのだ。そうではないと、心が落ち着かない。落ち着かせることなんてできない。
「ウィリアム様!」
ドサッと鞄が落とされた反動でフェリシティは一瞬、体が浮いた気がした。心臓が口から出そうなくらいバクバクとする。
「お前達……! どうしてこんなところに……」
フェリシティはほっとした。ウィリアムの元気そうな声を聞けたからだ。
しかし、一安心はできない。生きていることは分かったが、重症を負っているかもしれない。また、執事長や騎士の副団長のことを理解しているが、フェリシティのことを忘れているかもしれない。
「怪我をなさったと聞き、急いでやって来たのです。本当にご無事で良かった……」
執事長らしき声が聞こえると、ズッズッと鼻をすする音が聞こえ始めた。
それからウィリアムは怪我をしてしまった詳細や今後のことについて話した。
物が上から落ちてきたそうだが、咄嗟に腕で庇ったそうだ。それによって利き腕に痣ができてしまったそうだ。
フェリシティはそれを聞いて、大事にならなくてよかったと思ったのと同時にもしかしたらもっと大怪我をしていた可能性もあったことにゾッとした。
「明日には出発するよ」
今日一日は大事を見て視察場所に泊まるそうだ。視察の方はすでに終わっているようで、もう帰ることができるので、いつでもここを出発することは可能だ。
「かしこまりました。私めどもは先に屋敷へと帰らせていただきます。荷物等はこちらへ置いておきます」
執事長や騎士の副団長は先に屋敷に戻り、ウィリアムが無事だったことを伝える義務がある。そして、ウィリアムが帰ってきたときに心地よく過ごせるようにする必要がある。
「ああ、ありがとう」
執事長と副団長は一礼をして部屋を出ていった。これでフェリシティは誰にもバレることなくウィリアムに会うことができる。
しかし、ここで一つ問題がある。
どうやってフェリシティが鞄の中にいるこをウィリアムに知らせるかだ。
いくつものボタンで閉められている鞄からフェリシティが出るのは難しいのだ。これでは折角来たのに気づいてもらえない。
フェリシティは必死になって体を動かした。ここにいるよ、と伝えるように一生懸命動かした。
「何かいるのか……?」
足音がフェリシティが入っている鞄に向かう。フェリシティはまだ体を動かすのを止めない。
「まさか」
ウィリアムは急いで鞄を開けた。
急に開けられたことで光が一気に入ってきて、眩しい。目を開けるのが難しい。
「フェリシティまで来ていたんだね」
光に慣れてくると、そこには驚いたような嬉しそうな顔をしたウィリアムがいた。
ウィリアムはとても元気そうで、怪我をしたという腕も違和感がない。それにフェリシティは嬉しくて目が潤む。
「こんなところにまで会いに来てくれるなんて、本当に嬉しい」
ウィリアムはフェリシティを抱き上げた。そして、壊れ物を扱うようにフェリシティを優しく包んだ。
再びこの温もりを感じることができたことにフェリシティは目頭を熱くした。
死んでいるかもしれないと怖くて仕方なかった。もう二度とウィリアムに会えないかもと思ったりもした。
だからこそ、この温もりがいつも以上に心地よく感じた。まるで離したくないというように、フェリシティは小さなうさぎの手でギュッとウィリアムの服を掴んだのだった。




