二日目
一日ぶりにぐっすりと眠れたフェリシティは朝から機嫌が良かった。フェリシティの専属侍女のアンナがウィリアム邸にやって来て嬉しくてたまらなかった。
なんてウィリアム様は優しい人なのだろうと感激していた。
しかし――
「フェリシティは人参が好きなんだね」
目の前に差し出される人参を見て、固まった。
今はお昼時でご飯を食べる。朝はフェリシティの大好きなカリフラワーを食べ、余計に気分が高揚した。勝手に昼もフェリシティの大好きな食べ物が来ると思っていた。
のだが、実際与えられたのは大嫌いな人参だった。
普通のうさぎは人参はおいしいと食べるだろうが、フェリシティは無理だった。あの鼻にくる匂いと甘苦い、何とも言い表せない味が嫌いなのだ。
うさぎだから汗をかくはずもないのに、ダラダラと流れているように感じた。
(……ここで食べないとばれちゃう……。けど……)
白い小さなお皿に入った短冊切りされた人参はそれほど近くにあるわけでもないが、見るだけで嫌な匂いが鼻にきた。
(むり! むり……)
どうしよう、どうしようとフェリシティは焦り始めた。助けを求めて、ウィリアムの後ろにいるアンナの方を向いた。アンナを見て、フェリシティは固まってしまった。
アンナは今までに見たことがないくらい笑顔だった。
食べなさい。食べないとばらしますよ?
そう言われているような気がした。
アンナはフェリシティの人参嫌いを直そうとしていた。今までは食べなくても許されてきた。が、アンナはそれを良しと思っていなかった。うさぎにとって人参はとても栄養のある野菜だからだ。
今まではどうにかして食べさせようにも食べてくれなかった。しかし、今の状況はアンナにとってチャンスだった。何も知らないウィリアムを使えばフェリシティも食べざるを得ない。獣人だということをばれたくなければ。
「食べないのかい。好きなんだろう?」
ウィリアムはアンナにフェリシティは人参が好きだと誤った情報を教えられていた。
今、フェリシティが訂正できるはずもなく、恐る恐る口に含んだのだった。
頑張って人参を食べ終えると、思ったよりもいけたということに気づいた。幼いときに一度食べたっきりで、ずっと人参は拒絶してきたのだ。
ばれなくて良かったとほっとしていると、ウィリアムが屋敷の案内をすると言い出した。昨日はアンナが来たこともあって、案内する時間がなかった。だから今後のためにも、フェリシティを今日案内することにしたのだろう。フェリシティはウィリアムのペットになったのだから。
ウィリアムの書斎や食堂、客室などいろいろな場所を案内された。どこもモンロン男爵邸とは比べ物にならないほど広くて豪華だ。
「ここが庭園になるんだ」
庭園――と言っても薔薇園と言った方が正しいくらい、一面が薔薇だった。モンロン男爵邸にはない色もあって落ちていた気分も急上昇だ。
「母は薔薇が大好きでね。庭師に頼んで全て薔薇に変えてしまったそうだ」
ウィリアムの母親がどんな人かは分からないが、きっと華やかで薔薇が似合う女性なのだろう。庭園を見ているとそう感じられた。
「母は今別邸に住んでいるのだけど、この薔薇園を失くすのはなんだか惜しい気がして、今でも残っているんだ」
確かにこんなに立派で綺麗な薔薇を失くしてしまうのはもったいない。フェリシティはこんなに美しい薔薇を初めて見たのだ。それに、冬が始まるこんな季節に。
ぼうっと眺めていると、突然、ぶるりと寒気がした。まだ寒い時期であり、長時間外にいれば風邪を引いてしまうかもしれない。
「そろそろ戻ろうか」
ウィリアムはフェリシティを温めるように抱き締め、歩き始めた。
案内しているときは気を遣ってフェリシティとは一定の距離を保っていた。しかし、フェリシティが寒気がするからとウィリアムは己の体温で温めてあげるために壊れ物を扱うようにそっと抱き締めたのだ。
こうやって優しくしてくれるウィリアムにフェリシティはあれほど寒かった体はもちろんのことだが、心までぽかぽかと温かくなったのだった。