二十九日目
(最近、うさぎらしくないよね……)
ふとフェリシティは思った。
近頃のフェリシティはまるで人のようにウィリアムに接していた気がする。これではダメだ。バレるのも時間の問題かもしれない。
(今日もうさぎらしく行動しよう)
ということで、フェリシティは再び窓から逃亡してみた。
「あ! フェリシティ様、お待ち下さい!」
平和な日々なので騎士たちは談笑していたりする。そのタイミングを狙って、フェリシティは走った。
「怒られるのは俺達なんですよぉ!」
彼らはこれで三回、フェリシティの逃亡を阻止できていない。一回目は本当の逃亡、二回目と今回は敷地内での逃亡だ。今回フェリシティを見逃したら解雇になるかもしれない。
幸いなことにウィリアムは仕事で出かけている。彼らの心は今一つ。ウィリアムにバレる前に見つけようと誰もが考えていた。
フェリシティはきょろきょろと辺りを見渡しながら歩いていく。ウィリアム邸の庭は広すぎて、まだ見たことのないところがたくさんある。
『コンニチハ。サンポカナ』
『小鳥さん、こんにちは!』
ピチピチと鳴きながら小鳥が近づいてきた。そして、フェリシティの頭にちょんと乗った。
『イマ、イロンナドウブツト遊ブ。キミモドウダイ』
フェリシティは小鳥についていくことにした。それほど遠くはないだろうし、遅くはならないだろうから大丈夫だ。
『コッチ、コッチ』
いつの間にかウィリアム邸の敷地を出ていた。しかし、他愛のない話をするフェリシティは気づかない。
『ココデ遊ブヨ』
連れてこられたのは隣の貴族の邸宅だ。だが、フェリシティは隣家だと気づくこともなく、ウィリアム邸にこんなところがあったのかと勘違いしていた。
ここには色々な動物がいる。犬や猫、鼠まで。しかし、彼らはここで飼われているわけではなく、今日だけたまたまここに集まったらしい。いつもは点々と色々な場所を行き来しているそうだ。
『イップン数エタラサガス』
フェリシティたちは隠れんぼをすることになった。フェリシティは見つからないように遠くに逃げることにした。
ガサゴソ
ズダダダ
きょろきょろとしていると、何か影が見えた。何かと思い、恐る恐る近づく。
『あ、この人』
そこにいたのはウィリアムの幼なじみだ。彼女はフェリシティを見つけると、距離を開けるように離れた。彼女は動物嫌いなのだ。
「あなた……ウィリアム様のところのうさぎじゃない。どうしてここに? まあ、いいわ。何かの縁かもね」
前よりは動物嫌いが緩和されたのだろうか。フェリシティと距離を取ろうとするが、話しかけてきた。泣いていないのにも関わらず。
「そうだわ。あなた、こっちへ待っていなさい」
彼女は何かを閃いたようだ。フェリシティにそう命令すると、どこかへ行ってしまった。
何かあるのかとフェリシティは思ったが、今隠れんぼをしており、ここは良い隠れ場所になりそうだと思ったので、とりあえず待つことにした。
数分すると彼女と侍女らしい女性を連れてやって来た。
「このうさぎですか?」
侍女は彼女に確認すると、フェリシティを持ち上げた。そして、歩き出した。フェリシティはこの女性に飼われるのだろうか。
それは嫌だと思ったとき、猫の姿が見えた。助けてと言おうとすると――
『オマエ、帰ルノカ。マタ遊ボウナ。ツギハサイゴマデイルンダゾ』
猫はそう言うと、どこかに行ってしまった。今は隠れんぼの最中で、猫も隠れなければいけない。
(そ、そんな……)
フェリシティは絶望した。
もう、ウィリアムに会えなくなってしまうのだろうか。そんなのは嫌だ。もっとウィリアムと一緒にいたい。
じわりと目が潤む。
しかし、侍女は歩みを止めない。それどころか、馬車に乗ってしまった。
(私は捨てられてしまうの……?)
てっきりこの女性に飼われると思ったが、山奥に捨てられてしまうかもしれない。そうでなければ馬車に乗る意味が理解できない。
少しして、馬車は止まった。馬車の窓から外を見ると、山奥ではなかった。そこはいつも見る、ウィリアム邸だった。
(あ、あれ? 私は外に出ていたの?)
ここでようやく、フェリシティは敷地の外に出ていたことに気づいた。もしかしたらこの女性はウィリアムの元に帰そうとしたのかもしれない。
彼女が門番に事情を説明すると、すぐに馬車が通された。玄関前で停まり、フェリシティは侍女に抱き締められながら馬車から降りた。
そのとき、勢いよく扉が開いた。
「フェリシティ! 良かった、見つかって良かった」
ウィリアムだ。ウィリアムは侍女からフェリシティを受け取ると、ぎゅっと抱きしめた。ウィリアムのドッドッドッという心臓の音が聞こえた。
「キャサリン、ありがとう」
「いえ、いいですのよ。偶々、わたくしの家に入り込んでいて良かったですわ」
ウィリアムの幼なじみの彼女、キャサリンはニコリと微笑んだ。
そのとき、フェリシティは胸が痛んだ。
人のときフェリシティはウィリアムに「モンロン男爵令嬢」と呼ばれた。それは貴族のマナーで当たり前のことだ。
しかし、ウィリアムは彼女を「キャサリン」と呼んだ。幼なじみなのだから、当然のことだ。
そうだと分かっているのに、苦しい。苦しくて辛い。
(私はモンロン男爵令嬢なんて、呼んでほしくない……)
辛くて苦しいこの気持ちはどこに置けばいいのだろうか。




