二十八日目
ガラガラガラ
フェリシティは今馬車に乗り、ある家に行く。それが誰なのか知っているからこそ、フェリシティは緊張で変な汗が出そうだ。
(どうかバレませんように……。何事もありませんように)
ただ、そう願うしかなかった。
事の始まりは今朝、一通の手紙が届いたことだろう。今思えば、あれが悪夢の始まりだった。
フェリシティがウィリアムにブラシをかけてもらっていると、執事が一通の手紙を持ってきた。真っ白な封筒に見覚えのある紋章が書かれた手紙だ。
(どこかで見たことのある紋章だけど、どこだったかしら?)
どこかで見た気がするが、どこで見たのか思い出せない。また、その紋章がどこの家のものなのかも。
うーん、うーんと考えていると、ぽんと頭にウィリアムの手がのせられた。
「昼から一緒に出かけようか。祖父にお呼ばれしたよ」
(祖父?)
最初は祖父が誰のことなのか分からなかった。しかし、ウィリアムの祖父が誰なのかをはっきりと思い出す。
(三大公爵のオルコット公爵……?)
呼ばれた、ということは会うということだろうか。突然どうして呼ばれたのか。まさか、バレてしまった……? もしかすると、オルコット公爵の屋敷に着いた途端、断罪される……?
本当にそうなのか分からないのに、フェリシティは悪い方向に考えてしまう。バレてしまえば己の人生だけでなく、家族や親戚、使用人の人生まで終わってしまう。
「フェリシティのことを見たいみたいだね。随分前から知っていたみたいだけど、やっと時間が取れたようだ。それにしても、急な呼び出しとは困ったものだね」
今人の姿であれば顔は真っ白になっているだろう。しかし、うさぎの姿では全く顔の色は変わっていない。アッシュグレーのままだ。
残念なことに、ウィリアムがフェリシティが怯えている様子に気づくこともなく、フェリシティとウィリアムはオルコット公爵の屋敷に行くことになったのだった。
「久しぶりだな。元気にしてたか?」
悲しいかな、気づいたらもうオルコット公爵と対面していた。
「おー、これがうさぎか! 初めて見るな」
ちゃちゃっと挨拶を済ませ、すぐにフェリシティの話題になった。フェリシティはいつ獣人だと問い詰められるのか怖くて、心臓が口から飛び出そうだ。
「撫でてもいいのか?」
オルコット公爵はわくわくとした目でフェリシティを見つめたかと思うと、手を伸ばした。フェリシティは反射的にそれから逃げ、ウィリアムが着ているコートの下に隠れてしまった。
本当は逃げない方が良いと分かっている。しかし、三大公爵の一人であるオルコット公爵にバレてしまえば、本当の意味で終わってしまうと思うと、無意識に逃げてしまった。
それくらい三大公爵は国に影響力を持っており、たかが男爵令嬢のフェリシティは一瞬で捻り潰されてしまう。バレてしまえばこの国で生きられないのはもちろんだが、他国にも根回しされ、犯罪者のように生活をしないといけなくなるかもしれない。
「あっ……」
フェリシティが逃げるとすぐにオルコット公爵が悲しそうに声を発した。そっと服の隙間からオルコット公爵を見ると、眉を下げていた。そして、じとーっと羨ましいものを見るようにウィリアムを見た。
「ウィリアムには懐いておるな」
「僕の、ですから」
さらりとウィリアムは言った。それにフェリシティは胸が高鳴った。
もちろん私はウィリアム様のもの――
そう考えたところで、ハッとする。
(わ、私はなんてことを……!)
しばらく恥ずかしくてウィリアムを見れなかった。
だからか、帰る頃に少しだけウィリアムが拗ねているような気がした。オルコット公爵とも仲良くなっていたから、というのもあるだろう。
(そんなに悪くない人かも)
行く前はバレているのでは、バレるのではと不安だったが、そんな感じは微塵もなかった。だから少しだけ警戒心をゆるめた。
「楽しそうで良かった。だけど、僕のことも忘れないでね?」
まるで僕のものだと主張するかのようにぎゅっとフェリシティを抱き締めた。フェリシティはウィリアムがなぜそんなことを言ったのか分からなかったが、体全身が熱くなったのは言うまでもない。




