十九日目
「もう帰ってしまうのだな……」
朝食をとっているとき、父が切なそうに呟いた。それにフェリシティも悲しい気持ちになる。
刻一刻とフェリシティがウィリアム邸に帰るとき、すなわちうさぎの姿で生活する日々が近づいている。しばらくはまた家族に会えない。
母もやっと自分がしてしまったことに気づき始めたのか、しゅんと落ち込んでいる。母は美人なだけあって、それが絵になり、許してしまいそうになる。
「チャーリーもフェリシティが家に戻るのを手伝うのに尽力してくれるそうです」
兄が励ますようにそう伝えた。
フェリシティのいとこのチャーリーが昨日、手伝うと言い始めた。おそらく、フェリシティが獣人であることがバレれば、自分たちにも被害がくるかもしれないと恐れたからだろう。
「そうなのか。……すまないね、フェリシティには本当に迷惑をかけてしまった」
父は安々とフェリシティをウィリアムに渡してしまったことに未だ罪悪感を持っている。よくよく考えれば、フェリシティを渡さずにいられたのではないか、と後悔の日々だ。
「お父様、大丈夫です。お父様やお母様、お兄様と離れるのは悲しいですが、ウィリアム様にはとても良くしてもらっているのです」
これは本心からだった。フェリシティが逃亡しても、決して酷く扱わない。優しく、フェリシティを愛でる。
それはウィリアムだけではない。ウィリアム邸にいる使用人は全員、フェリシティに好意を持ってくれている。フェリシティの世話係になりたいと言う人が殺到するほど。
「だから安心してください」
両親や兄はフェリシティにそう言われても、安心できなかった。大切なフェリシティが本当に大切に扱われているかは見ることができないからだ。
「旦那様、私にお任せください。私がしっかりと旦那様方に報告し、フェリシティ様の生活を守ってみせます」
フェリシティの専属侍女のアンナが力強く言った。厳しいこともあるアンナだが、フェリシティのことを妹のように大切に思っている。
「アンナにも大変なことをさせてしまう。これからもよろしく頼む」
フェリシティはそんなアンナの言葉に嬉しく感じ、胸が温かくなったのだった。
昼になり、遂にフェリシティがウィリアム邸に戻る。すでにうさぎになっており、父に抱き上げられている。
「では、フェリシティのことをよろしくお願いします」
ウィリアムが正午の時間に鳴る鐘の音が聞こえたときにやって来た。
「はい、お任せください」
ウィリアムは父からフェリシティを受け取った。
このとき、フェリシティはふと思う。もし、この場でいやいやを発動すればモンロン男爵邸にいられるのではないかと。そうすれば、今後バレるかもと怯えて生活しなくてもいい。
「また後日、私の邸宅に招待します。それでは失礼します」
いやいやと行動するのだ、フェリシティ。
そう頭では言っていても、一日ぶりの温もりがその考えを止めてしまった。本当にこの温もりをなくしてもいいのか、と心が訴えるのだ。
そう考えている間に馬車に乗ってしまったようだ。もう、戻れはしない。
フェリシティはほっとしたような、そうでないような気持ちになった。
「どうだったかい、モンロン男爵邸は」
(楽しかったわ! ……でも、少しだけ寂しかったわ)
そんな気持ちをウィリアムに伝えることができなくて本当に良かった。こんな気持ちを知られるのは恥ずかしい。
「一日ぶりに遊ぼうか。何をしようか」
ウィリアムとまた一緒にいられると思うだけで気分が高揚する。フェリシティはこれからもウィリアムの近くにいられることに幸せを感じたのだった。




