とりあえず帰宅
コボルト隊のみんなに行方不明者の捜索を続けてもらいながら、僕はマールブルグ家の屋敷へと向かいました。
さすがに非常事態が起こっているだけあって、屋敷の前は大混乱といった様相を呈しています。
「これは、普通に入ると時間が掛かりそうだね」
『ケント様、直接ノルベルト殿の所へ出向かれた方が良さそうですぞ』
「だよね。じゃあ、ちょっと失礼しますよ」
屋敷の中を探すと、ノルベルトさんの姿は執務室ではなく食堂にありました。
多くの人が出入りしやすく、大きなテーブルもあって、情報を整理するのにも都合が良いからでしょう。
マールブルグの領主ノルベルトさんは、大きなテーブルの上に広げた街の見取り図を前にして、次々ともたらされる情報を整理して、指示を出しています。
なかなか報告が途切れるタイミングが無かったのですが、影の空間から先に声を掛けました。
「ノルベルトさん、ヴォルザードのケントです。お邪魔してもよろしいですか?」
「おぉ、来てくれたか。入ってくれ」
ノルベルトさんの了解が得られたので、闇の盾を出して食堂へと足を踏みいれました。
「失礼します。まず先に報告をさせて下さい。二ヶ所の鉱山からの魔物の流出は食い止めましたが、いずれもダンジョンになってしまっています」
「なんだと、ダンジョンだと?」
その場に居合わせた全員が驚きの声を上げていますが、これはもう動かしようのない事実です。
「はい、どちらの鉱山にも足を踏み入れましたが、とても地下とは思えない空が広がっていました」
鉱山の中の様子を詳しく語って聞かせると、ノルベルトさんは頭を抱えました。
マールブルグの主幹産業である鉱石の発掘の場である鉱山が封鎖されるとなれば、経済に大きな影響を及ぼすことは間違いないでしょう。
「すまない、ダンジョンとなったのは、どこの鉱山か分かるか?」
「えーっと……ここと、こっちの鉱山ですね」
テーブルに広げられた地図の上で、ダンジョンになった鉱山を指し示しました。
「そこは、既に閉山になっていたはずだが……」
「そのようですね。ただ、ダンジョンになってしまったのは間違いありません」
ダンジョン内部の様子を伝え、鉱山に潜っていた人々の一部を救出した件も報告しました。
「そうか、来変わらず仕事が早いな」
「人命が懸かっていましたし、捜索は継続していますが、行方の分からない方が多数いいらっしゃいます」
「それでも、マールブルグの領民をよくぞ救ってくれた、改めて感謝するぞ」
ノルベルトさんが差し出した右手を、僕も力強く握り返した。
「ノルベルトさん、ダンジョン化した鉱山はどうしますか?」
「どうするも、こうするも、ダンジョンになってしまったのであれば、ダンジョンとして活用していくしかないだろう」
「結局そうするしか有りませんよね」
鉱山が一つ潰れたことになるが、その潰れた分の収入をダンジョンで稼ぎ出すしかないのだ。
「今は、出入口を僕の眷属が見張っていますが、できるだけ早期にマールブルグとしての管理の体制を作っていただきたいのですが……」
「了解した……といっても、今は街中に溢れ出た魔物の討伐に追われている。そちらが落ちついてからでも構わないか?」
「それで構いません。街中の魔物の討伐についても、コボルト隊を派遣いたしましょう」
「そうしてもらえると有難い、そちらについても報酬を出させていただく」
「ありがとうございます」
この後、ノルベルトさんの質問に答えるかたちで、ダンジョンの詳細についての報告を続けた。
全ての報告を終えてヴォルザードに戻ると、既にとっぷりと日が暮れていました。
ギルドの執務室を除くと、まだクラウスさんの姿がありました。
「ケントです、入ります」
「おぉ、マールブルグはどうなった?」
「廃坑となっている鉱山と、もう一つは稼働中の鉱山がダンジョンになっていました」
「なんだと、ダンジョンだと? 例の奴は?」
「空間の歪みに関しては、捜索が困難な状況です」
一応、空間の歪みについても捜索は行っていますが、仮に歪みを見つけたとしても、それを消してしまうとダンジョンが元の洞窟に戻ってしまうような恐れがあります。
「そうだな、今日いきなり出来たものならば、その要因となった物を取り除いてしまえば、元に戻る可能性は大いにあるな」
「でも、取り除いて元の洞窟に戻ったとして、鉱山として機能するんでしょうか?」
「そこだな、ダンジョンとしても駄目、鉱山としても駄目だとマールブルグにとっては大きな痛手になるからな」
いずれにしても、大きな賭けになるような行為は控えておいた方が良さそうです。
隣接するマールブルグの景気は、ヴォルザードにも影響を及ぼします。
クラウスさんとしては、なんとか最小限の影響に留めたいのでしょう。
「その二つ以外の鉱山は、今のところは問題無いのか?」
「たぶん、ですが、今のところは大丈夫そうです」
眷属のみんなが影に潜って、マールブルグを駆け回っていますが、魔物が溢れ出てきた鉱山は二ヶ所だけみたいです。
魔物が溢れていないけど、実はダンジョン化していました……なんてこともあるかもしれないが、今は実際にダンジョン化した鉱山に注力したい。
報告を終えたところで、僕のお腹が盛大に鳴りました。
そう言えば、お昼ご飯を食べそこなっています。
「なんだ、昼飯食いっぱぐれたのか?」
「はい、ヴォルザードの火災に続いて、マールブルグのダンジョンですからね、一息つく暇もありませんでした」
「そうか、なら今日はもう家に帰って休め。この先も、何かおこるかもしれないから、休める時に休んでおけよ」
「はい、そうします」
珍しく残業していくと言うクラウスさんを執務室に残し、僕は影移動で自宅へ戻りました。
「ただいまぁ……お腹空いた……」
「おかえりなさい、健人」
「お疲れ様、ケント」
「唯香もマノンも今日は忙しかったんじゃない?」
「そうね、でも健人ほどじゃないよ」
地震の影響で怪我をした人が治癒院にも運び込まれてきたそうですが、想定していた程の数では無かったようです。
火傷を負った人も、概ね軽傷で済んでいたようです。
「旦那様、リーゼンブルグに影響は出ておりますでしょうか?」
「ごめんカミラ、空間の歪みによる魔物の湧出については大丈夫だと思うけど、その他については分からない」
「いいえ、それだけ伺えば大丈夫です。ラストックは先の洪水でも避難計画が上手く機能していたようですし、大丈夫でしょう」
「一応、ラストックにはドラゴンの飛来については伝えてあるから、備えはしていると思うよ」
やはりカミラとしては、縁のあるラストックや故郷リーゼンブルグが心配なのでしょう。
ただ、全ての眷属を動員しても、全部をカバーすることは出来ません。
いつでも、臨機応変に動けるようにしておきましょう。
「ケント様、ご夕食をお持ちしました」
「御疲れ様です、召しあがったら、ご入浴してお休みください」
「ありがとう、セラ、リーチェ、お昼を食べそこなっちゃったから、お腹ぺこぺこなんだ」
セラフィマとベアトリーチェが運んできてくれた夕食を食べながら、昼からの出来事について話しました。
もう、次から次に、色々な事が起こっているので、何が何だか分からなくなりそうです。
ドラゴンの飛来、地震、マールブルグの新しいダンジョン……魔の森を抜ける街道をいつ解放するかについてもクラウスさんと相談が必要でしょうし、まだまだゆっくりは出来そうもありませんね。





