重なる災害(後編)
昼食前に起こった地震は、ヴォルザードで多くの火災を発生させました。
コーリーさんの薬屋や、リーブル農園を営むディーノさんの家でも火災が発生、幸い僕の眷属が駆け付けてボヤ程度で済みましたが、街の中では燃え広がってしまった所もありました。
歓楽街の飲食店や住宅が密集している地域などでは、建物全体が火に包まれてしまった場所もありました。
もともと、ヴォルザードの人たちは日本人よりも地震に慣れていません。
そのため、火の始末をせずに外に飛び出してしまった人が少なくなかったようです。
コボルト隊がヴォルザード中を駆けまわり、火が出ている場所にはザーエたちが駆けつけ、逃げ遅れた人は僕が送還術で外へと放り出しました。
結構大きな揺れだったので、どこかに空間の歪みができて、南の大陸と繋がってしまっていないか心配ですが、火災を放置する訳にもいきません。
『ケント様、リバレー峠やイロスーン大森林はイッキたちに、ヴォルザード周辺の魔の森はイチロウたちに見て回らせておりますぞ』
「ありがとう、でも範囲が広いからカバーしきれるかな?」
『無い袖は振れませぬ、いま有る戦力で何とかするしかありませんぞ』
「そうだよね。我が家はどうなってる?」
『奥方専属のコボルト隊とフレッドがおりますから心配いりませぬ』
「バステンは?」
『イッキたちとイチロウたちを指揮しております』
「うん、それなら安心だね。とりあえず、ヴォルザードの平穏を取り戻そう」
ラインハルトから眷属の配置に関する報告を聞いていたら、南の大陸からネロが戻ってきました。
「ご主人様、ドラゴンが飛び立ったにゃ」
「うわっ、このタイミングでか……誰か追跡してる?」
「レビンとトレノが追い掛けてるにゃ」
「こちら側に来そうな時には知らせて」
「分かったにゃ」
ネロたちならば、振り切られる心配はないでしょうが、やっぱり手が足りていない感じです。
『地震に嫌気がさして、南の大陸から立ち去ってくれればよいのですが』
「なかなか、こちらの思い通りにはならないんじゃない」
『そうですな、甘い期待をするよりも、最悪を想定して万全の態勢を整えましょう』
ラインハルトの言う通りだけど、万全の耐性には程遠い現状です。
「わふぅ、ご主人様、第四地区は全部鎮火したよ」
「ありがとう、他の応援に回って」
「わぅ、ご主人様、第六地区も終わった!」
「ありがとう」
一番広い第一地区を終わらせて、担当していたコボルト隊を応援に回したので、残りの地区はチェックする速度があがりました。
「ラインハルト、残りは?」
『第八地区と第十地区ですぞ』
「よし、そっちは任せる、僕は星属性を使って空から魔の森をチェックしてくる」
『了解ですぞ、ケント様の体はお任せてくだされ』
「うん、よろしくね」
影の空間に体を残し、星属性魔法で意識をヴォルザード上空へと飛ばします。
まずは、南の大陸との境を目指しました。
実体を持たない精神体なので、移動は一瞬です。
「うわっ、これはマズいかな……」
陸続きだった所を、以前僕が送還術を使って分断しておいたのですが、今回の地震で崖が崩れ、道が出来てしまっています。
ただ、南の大陸側は崩れて断崖ではなく坂道になってしまっていますが、ヴォルザード側は断崖絶壁のままなので、降りてきたゴブリンたちは殆ど垂直な壁に行く手を阻まれています。
それに崩れた崖が詰み上がって出来た道は、かなり不安定に見えます。
そして、崖の様子を見ると今は干潮のようで、これから潮が上がってくると、道は海に沈みそうです。
「これなら大丈夫か……」
南の大陸側からは魔物が集まって来ているようですが、何かに追われているような切羽詰まった雰囲気ではないようです。
道を渡ろうとしているゴブリンも、押し出されてというよりも、気付いたらそこまで来ていたという感じで、ヴォルザード側の崖を登っているのは数えるほどです。
「大量発生の引き金にはならないでしょう」
再び上空へと舞い上がり、目を皿のようにして地表を観察しながら北を目指します。
今は冬で、夏に比べると見通しが良いのですが、大量の魔物が湧いているような場所は見当たりません。
「どこだ……今回は無いのか?」
端から端まで、見落としが無いように注意しながら、ジグザグに飛んでいきましたが、ヴォルザードとラストックを結ぶ街道までに、大量の魔物が湧いてる場所は見つかりませんでした。
更に、ヴォルザードの周囲をぐるっと回ってみても、特におかしな感じはしません。
もしかしたら、今回は空間の歪みは発生していないのかもしれません。
一旦、体に意識を戻しましょう。
「ただいま、ラインハルト、何か異変の報告は入っている?」
『今のところはありませぬな』
「南の大陸との境界で、あちら側の崖が崩れていたけど、たぶん潮に流されると思う」
『魔物は押し寄せておりませんでしたか?』
「そうだね、一部ゴブリンが渡ろうと試みてたけど、こちら側の崖は断崖絶壁のままだから、大量発生は起こらないと思う」
体に意識を戻して一息ついていると、ネロが戻って来ました。
「ドラゴンは山に戻ったにゃ」
「ただ飛んだだけ?」
「食事にゃ、オークを捕まえて、ガブってやってたにゃ」
「今は、山にいるんだね?」
「眠っているかどうかは分からにゃいけど、目を閉じてじっとしてるにゃ」
「ちょっと見に行こうか」
ネロに案内してもらって確かめに行くと、ドラゴンは俯せの状態でジッとしていました。
規則正しく呼吸をしていて、見た限りでは眠っているようです。
「うん、確かに眠っていそうだね」
「この後は、どうするにゃ?」
「レビン、トレノと交代で見張っていて」
「何か動きがあったら、すぐに教えてね」
「分かったにゃ、ネロに任せるにゃ」
耳の後ろと喉をワシワシしてあげると、ネロはドロドロと上機嫌で喉を鳴らしました。
ドラゴンをネロたちに任せて、僕はギルドの執務室へ戻りました。
執務室に顔を出す前に、ラインハルトがヴォルザードの状況を報告してくれました。
『ケント様、ヴォルザードの火災は全て鎮火しておりますぞ』
「ありがとう、ラインハルト」
『コボルト隊はいかがいたしますか?』
「少し休憩したら、魔の森の監視に回ってもらって」
『了解ですぞ』
今日は緊急時なので、直接執務室へ足を踏み入れました。
「ケントです、戻りました」
「どうだ、例の歪みは見つかったか?」
「いえ、ヴォルザードの周辺には見当たりません」
「じゃあ、魔物は溢れていないんだな?」
「はい、ドラゴンも一度飛び立ちましたが、食事をして山に戻っています」
「街の火災も片付けてくれたみたいだな」
「はい、それは最優先で終わらせました」
「ふーっ……よし、予断は許さないが、とりあえずは安心できそうだな」
クラウスさんは一つ大きく息を吐いて、張り詰めていた気持ちを少し緩めたようです。
「あとは、ヴォルザードの周辺以外だな」
「そうですね、イロスーン大森林はまだチェックが終わっていませんから、気は抜けません」
リバレー峠の向こう側、マールブルグとバッケンハイムの間にあるイロスーン大森林では、過去に空間の歪みが生じたことがありました。
ヴォルザードの周辺に発生していないなら、イロスーン大森林で発生する可能性が高いです。
「お前のところの眷属は向かわせているのか?」
「はい、ただ面積が広いですからね、少し時間が掛かるかもしれません」
「そうか、まぁ、焦らずに報告を待つとしよう」
とりあえず、警戒を一段緩めて、報告を待つことになったのだが、今度はマールルトが現れました。
「マールブルグからの救援要請! 鉱山から魔物が現れました!」
「くそっ、鉱山かよ……もう外に出てるのか?」
「溢れた魔物が街に向かってる」
「クラウスさん、出ます」
「頼んだぞ!」
クラウスさんが返信用のメッセージを書き終える前に、僕らは影に潜ってマールブルグの鉱山を目指しました。





