重なる災害(前編)
ドラゴンが飛来してから三日、この間、僕と眷属はその生態観察に務めてきました。
南の大陸は火山帯にあるようで、ドラゴンが居付いた山の休火山のようですし、その他に大きなカルデラが存在しています。
カルデラの外輪山の直径は、三、四十キロぐらいありそうで、陥没する以前は、ここが南の大陸の最高峰だったんじゃないですかね。
今はカルデラ内部にも樹林帯や草地が広がり、多くの魔物や獣が暮らしています。
最高峰を住処とし、このカルデラで狩りをするというのが、ドラゴンの生活パターンになりつつあります。
「想像していた程は食べないんだね」
『そうですな、あれほどの巨体ですから、相当な量の食事をすると思っていましたが、日に一度オークやオーガを仕留めて三口ほどで平らげる以外は食べていないようです」
「あの体格からすると少ないよね?」
ドラゴンとオークの体格差を考えると、人間が一日に唐揚げ二、三個しか食べない程度の食事量に見えます。
人間だったら空腹で倒れそうになると思うのですが、ドラゴンに弱った様子は見られません。
たぶん、根本的に僕らとは体の仕組みが異なっているのでしょう。
「今のところ、魔物の大量発生に繋がるような動きは無いのかな?」
『そうですな、ドラゴンが接近してきた時に、一時的にパニックになる魔物の群れはみうけられますが、それが延々と続き、大量発生に繋がるような動きではありませんな』
魔物にとってもドラゴンは脅威のようで、接近してくると我先にと逃げ惑いますが、通り過ぎたりコースから外れると走るのを止めて空を見上げています。
今のままならば、ヴォルザードやラストックに大きな被害は出ない気がしますが、まだ油断は出来ませんね。
「ラインハルト、ドラゴンが食事をしている時に、しきりに首を捻っているのは何でだろう?」
『さて、何ででしょうな。倒した獲物の味が気に入らないのか、何か別の違和感を感じているのか、いずれにしてもドラゴンの思考は読めませぬ』
確かにラインハルトが言う通り、僕らにドラゴンの思考を嫁と言われても、それは無理な話です。
ただ、首を捻る仕草が妙に人間臭くて、何か疑問があるのではと勘ぐってしまうんですよね。
「よし、一旦ヴォルザードに戻ってクラウスさんと相談だ」
昼食を取るついでにヴォルザードのギルドへと戻り、ドラゴンの観察結果を伝えました。
「じゃあ、今のところは大量発生に繋がるような動きは無いんだな?」
「はい、今のところは大丈夫そうです。海を隔てたこちら側では、興奮している魔物の群れは確認できません」
「分かった、そのまま観察を続けてくれ」
「街道の封鎖は解除しないんですか?」
「まだだ、まだ確証が得られない。まだ早い」
ドラゴンが南の大陸に現れた日から、すぐに警告が出されて、通行が自粛されました。
まぁ、自粛といっても、実際には封鎖と変わらない状況で、今はヴォルザードとラストックにある野営地には、人っ子一人残っていません。
街道を通行する人間も誰一人居ない、以前の魔の森のような情景に戻っています。
計税的には大きな損失ですが、人命を優先するならば当然の措置でしょう。
もし、魔の森の通行を止めずにいて、以前のような魔物の大発生が起これば、殆どの冒険者や商人は命を落とすでしょう。
物なら作り直せば済みますが、人は育てるまでに長い時間が掛かります。
クラウスさんは、以前から人材を大切にしてきました。
僕が来る以前のヴォルザードは、魔の森と境を接する最果ての街と呼ばれていました。
魔物によって命を落とす人も多く、それだけに人材の大切さを身をもって知って来たからだと話していました。
今の魔の森は、以前に比べたら遥かに安全になっていますが、それもこの一年程の話です。
余るほど人材が豊富になった訳でもなく、これからのヴォルザードの発展を願うならば、まだまだ人材は必要です。
その人材を守るためにも、通行解除は慎重に成らざるを得ないのでしょう。
「ケント、ドラゴンの観察を続けてくれ。何か変化があったら、すぐ知らせろ。夜中でも構わないからな」
「分かりました。眷属のみんなにも協力してもらって監視を続けます」
クラウスさんは、ドラゴンが飛来してから一滴もお酒を飲んでいないそうです。
理由は判断力が鈍るからだそうですが、クラウスさんの場合は一杯引っかけてる方が調子良さそうですけどね。
「クラウスさん、そろそろお昼ですけど……」
「おう、もうそんな時間か、そんじゃ昼にするか……」
クラウスさんが椅子から立ち上がり、今年から一緒に仕事を始めたアウグスト義兄さんとベアトリーチェも机を片付け始めた時でした。
「きゃっ……」
グラっと足下が揺れ、立っていてもすぐに分かるぐらいの大きな揺れがきました。
短い悲鳴を上げたベアトリーチェが、僕に抱き着いてきました。
「くそっ、ドラゴンの次は地震かよ!」
ガタガタと書棚が音を立てて揺れ、家具が倒れるほどではないものの、揺れは長く続きました。
体感では、震度四から五弱といったところでしょうか。
「ケント、例のやつが出来ていないか眷属に見回せてくれ」
「クラウスさん、それよりも火災が心配です。ラインハルト、ヴォルザードの街で火災が起きていないか見回らせて、火が出ている所には、ザーエたちを派遣して消火にあたらせて」
『了解ですぞ!』
「そうか、昼時は火を使うからな。ケント、良い判断だ」
「僕の故郷の日本は地震の多い国ですから、子供の頃から、まず火の始末だと言われて育つんです」
日本の話をしていたら、マルトが影から飛び出してきました。
「わふぅ! ご主人様、大変、大変! アマンダが油を被って大変なの!」
「クラウスさん!」
「こっちはいい、行ってやれ!」
「はい!」
影の空間に潜ってアマンダさんの食堂に移動すると、炊事場から火の手が上がっていました。
「水……は駄目だから、霧っ!」
水を掛けると延焼の恐れがあるので、大量の霧で満たして火の勢いを削ぎました。
「ミルト、ムルト、ダビーラ砂漠から砂を持ってきて、火に被せて消火して」
「わふぅ、分かった!」
「行って来る!」
「マルト、アマンダさんは?」
「裏の井戸!」
急いで裏手の井戸へと移動すると、びしょ濡れのアマンダさんと綿貫さんがいました。
「アマンダさん、綿貫さん!」
「国分、アマンダさんをお願い! 被った油に引火したんだ」
「大丈夫、任せて」
アマンダさんは上半身、特に体の前側に酷い火傷を負っていて、顔は真っ黒、髪も焼けてしまっている状態です。
ただ、綿貫さんとお店の常連さんが井戸まで運んで来てくれて、水を掛けてくれたようです。
「大丈夫、すぐ治しますよ」
光属性の治癒魔術を発動させると、火傷の跡は映像を逆回転させるようにして治っていきました。
全身の火傷は治療できましたが、燃えた服までは直せないので、上着を脱いで掛けておきました。
「あぁ、痛みが……嘘みたいに消えたよ、目も見える、喉も……喋れるよ」
「良かった。綿貫さんも治療するよ」
「あたしよりも、お客さんを先に頼むよ」
「了解、お客さんが済んだら綿貫さんも治療するからね」
常連のお客さんも腕や顔に火傷を負っていたので、治療させてもらいました。
勿論、綿貫さんの治療も怠りませんよ。
「わふっ、ご主人様、火は消えたよ」
「よし、ミルトはまた火が燃え上がらないか、夜まで見張っていて」
「分かった、任せて」
「ムルトは、家の他の部分が燻っていないか見て回って」
「わふぅ、任せて!」
炊事場は結構激しく燃えたように見えましたが、二階への延焼はどうにか防げたようです。
調理器具とか、食器とかは買い替えが必要になるでしょうし、コンロや竈も修繕が必要になるでしょうが、とりあえずお店は守れたようです。
『ケント様、あちこちで火災が起こっておりますぞ』
「分かった、僕も消火に回るよ。アマンダさん、僕は他の消火に行きますけど、マルトたちを残しておきますから心配しないで下さい」
「あぁ、ありがとう。街のみんなを助けておくれ」
「了解しました、行ってきます!」
下宿時代に戻った気分で、影に飛び込んで、火災の現場へと向かいました。





