12-3 初めての野営
村に到着した翌朝、五人は騎士団の案内で、村の南側にある広い草地へ向かった。
森の手前に設けられたその場所は、普段から騎士団が訓練や野営に使用しているらしい。地面は平らに整えられ、少し離れたところには馬を繋ぐための柵もあった。今日はここで天幕の設営と野外調理を学び、そのまま一晩を過ごす予定になっている。
「今日は調査には行かないのか?」
ジークバルトが尋ねると、案内役の騎士が頷いた。
「はい。本日は野営の演習に充てると伺っております。明日から森へ入る予定ですので、まずは一通り経験していただこうかと」
「なるほど。じゃあ、天幕も自分たちで張るんだな」
「そのつもりで準備しております」
草地の中央には、畳まれた大きな布と木製の支柱、縄や杭が並べられていた。
それを見たジークバルトが、早速腕まくりをする。
「よし、任せろ。騎士科の訓練でやったからな」
「去年の夏季演習でもやっていただろう?」
アレクサンダーが言うと、ジークバルトは得意げに頷いた。
「ああ。だから二回目だ。今日は俺が教えてやる」
「それは頼もしいね」
トビアスが笑いながら、並べられた道具を覗き込んだ。
一方、ミアは少し離れたところで、教師と侍女が話しているのを聞いていた。
「……あの、私たちも天幕を張ってみてよろしいでしょうか?」
その問いに、担当の騎士が顔を上げた。
「ミア様も、でございますか?」
「はい。せっかくですから、やってみたいです」
本来は、男子三人が天幕の設営を、女子二人が野外調理の準備を体験する予定だったらしい。騎士は一瞬、教師の方を見た。
「構わないでしょう。野営の手順を知っておくことは、皆様にとって役に立つはずです」
教師が答えると、ミアは嬉しそうに振り返った。
「セラ様も、一緒にいかがですか?」
「わたくしも、よろしいのでしょうか」
「もちろんです!」
セレスティーナが頷くと、ジークバルトが笑った。
「じゃあ、五人で張るか。人数が多い方が早いだろ」
「そうだな。ただ、説明はちゃんと聞いてからにしよう」
アレクサンダーに釘を刺され、ジークバルトは持ち上げかけた支柱を元へ戻した。
今回用意されていたのは、五人が想像していたものよりも、ずいぶん立派な天幕だった。
厚手の布には雨を防ぐ加工が施され、内部には複数の寝台を置ける広さがある。入口を覆う布も二重になっており、風向きに合わせて開閉できる仕組みらしい。
「実際の遠征では、こうした天幕を指揮官や負傷者のために使用します」
騎士は説明しながら、畳まれた布を広げてみせた。
「兵たちが使うものはもっと簡素です。こちらは少々手間がかかりますが、構造を知っていただくにはよいでしょう」
「……これを毎回、兵士が組み立てるのか?」
アレクサンダーが尋ねた。
「はい。もっとも、慣れた者なら手早く済ませます。雨の日や夜間であれば、さらに時間がかかることもございますが」
アレクサンダーは、地面に並べられた支柱と縄を見下ろした。
「分かった。やってみよう」
まずは、支柱を組み立てるところから始まった。
この作業では、ジークバルトが大いに活躍した。
重い支柱を運び、指示された位置に立て、木槌で杭を打ち込む。力のいる作業は慣れたもので、アレクサンダーと二人で次々に骨組みを組み上げていった。
「ジーク、そっちをもう少し持ち上げてくれ」
「このくらいか?」
「ああ。トビアス、位置は合っているか?」
「もう少し右かな。そこだと布が片側に寄りそうだよ」
トビアスは広げられた図を見ながら、支柱の位置を確認していた。
「よし、これでいいな」
ジークバルトが満足そうに頷いたところで、騎士が声をかけた。
「では、次はこちらの縄を通してください」
「おう」
ジークバルトは縄を受け取り、支柱の上部へ手を伸ばした。
それから、動きを止めた。
「……あれ?」
「どうした?」
「これ、どこに通すんだったか」
トビアスが図を覗き込む。
「そこじゃないよ。一本下の輪だと思う」
「ああ、そうだったな」
ジークバルトは縄を通し直した。
ところが、次の縄を受け取ると、また手が止まる。
「……こっちは?」
「今度は反対側だよ」
「反対?」
「だから、さっきの支柱の裏側」
「分かってるって」
そう言いながら、ジークバルトは一度通した縄を抜き、別の場所へ通し直した。
トビアスは呆れたように笑った。
「ジーク、さっき教わったばかりじゃないか」
「場所が多すぎるんだよ。支柱を立てるのは簡単なんだけどな」
「まあ、確かに似たような輪がたくさんあるね」
トビアスは縄を受け取り、図の通りに結んでみせた。
「ほら、こうすれば――」
「トビアス様、少々お待ちください」
騎士が慌てて声をかけた。
「その結び方では、引っ張ると解けてしまいます」
「え?」
トビアスが縄を引くと、結び目はするりとほどけた。
「……本当だ」
「こちらは、荷重がかかっても緩まないように結ぶ必要がございます」
「なるほど。じゃあ、こうかな」
「いえ、それでは今度は解くときに難儀します」
「……難しいね」
トビアスは苦笑した。
アレクサンダーも横から手を出してみたが、結果は似たようなものだった。
「殿下、そちらも少し違います」
「これも駄目か」
「はい。締める方向が逆でございます」
「……縄一本でも、随分と奥が深いな」
三人が結び目と格闘している頃、ミアとセレスティーナは天幕の布を広げる作業を任されていた。
「思ったより大きいですね」
「そうですね。こちらを持てばよろしいでしょうか」
「はい。せーの……」
二人で布の端を持ち上げた、そのときだった。
草地を吹き抜けた風が、広げた布を大きく膨らませた。
「きゃっ!」
ミアの手元が引っ張られ、布の端がふわりと浮き上がる。
「ミア様!」
セレスティーナは反射的に魔力を巡らせた。
身体強化で腕と足に力を込め、持っていた布をぐっと引き戻す。膨らんでいた布が勢いよく張り、今度は反対側を持っていたミアが驚いて手を離した。
ばさり、と大きな音を立てて布が地面へ落ちた。
「……あ」
セレスティーナは手元を見下ろした。
布の端はしっかり握ったままだったが、引き戻した勢いで、足元の草が少しめくれている。
「セラ様、大丈夫ですか?」
ミアが慌てて駆け寄った。
「はい。問題ございません。ミア様こそ、お怪我はございませんか?」
「私は大丈夫です。でも、びっくりしました……」
「申し訳ございません。少々、力を入れすぎてしまいました」
「いえ、私が手を離してしまったので」
二人が顔を見合わせていると、騎士が近づいてきた。
「お二人とも、お怪我がなくて何よりです。こうした大きな布は、風を受けると予想以上の力で引っ張られます。先に片側を固定しておくとよろしいでしょう」
「はい。ありがとうございます」
ミアが頷き、セレスティーナも丁寧に頭を下げた。
その様子を見ていたジークバルトが、支柱を押さえながら声をかける。
「セレスティーナ嬢、すごい力だったな」
「魔術を少し使用いたしましたので」
「なるほど。俺たちも気をつけないとな」
「お前はまず、縄を結べるようになれ」
アレクサンダーに言われ、ジークバルトは手元へ視線を戻した。
「……今やってるところだろ」
布を固定し直したところで、今度は細かな結び目を作る作業になった。
騎士が手本を見せると、ミアはすぐに同じ形を作ってみせた。
「あ、こうですね」
「はい。お上手です」
「セラ様、こちらも同じ結び方みたいですよ」
「そうですね。では、わたくしはこちらを」
セレスティーナも縄を手に取り、教わった通りに結び始めた。
細い紐を指先で扱うことには慣れている。刺繍や裁縫とは勝手が違うものの、一度手順を覚えてしまえば、それほど難しいことではなかった。
ミアも同様で、二人は次々に結び目を作っていった。
「……なんだか、そっちの方が早くないか?」
ジークバルトが呟いた。
トビアスは自分の手元と、女性二人の作業を見比べた。
「そうだね。僕たち、まだ三つ目なんだけど」
「こっちはもう終わりそうだぞ」
アレクサンダーが言うと、ミアが顔を上げた。
「では、こちらもお手伝いしましょうか?」
「……頼めるか?」
「もちろんです」
ミアは嬉しそうに頷き、セレスティーナとともに残った縄の方へ移動した。
結局、天幕の骨組みを立て、重い支柱を支え、杭を打つのは男性三人の仕事になった。
その横で、ミアとセレスティーナがせっせと縄を結び、布の端を固定していく。
ジークバルトが次の支柱を運んでくる頃には、二人がその周囲の結び目を仕上げている。トビアスは図を見ながら結ぶ場所を指示し、アレクサンダーが全体の位置を確認する。
最初はそれぞれ勝手に手を動かしていた五人だったが、作業が進むにつれて、自然と役割が決まっていった。
「ジークバルト様、こちらの支柱を少しだけ持ち上げていただけますか?」
「おう。これでいいか?」
「はい。ありがとうございます」
「ミア、そこの縄はもう終わった?」
「はい。トビー、次はどちらですか?」
「入口の右側だね。セレスティーナ嬢、そちらもお願いできるかな」
「かしこまりました」
「殿下、こっちの杭はもう打っていいか?」
「ああ。ただ、少し外側へずらしてくれ」
騎士はその様子を見守りながら、ときおり必要な助言を加えた。
やがて最後の縄が結ばれ、大きな天幕が草地の上にしっかりと立ち上がった。
「……できた!」
ジークバルトが声を上げた。
ミアも嬉しそうに天幕を見上げた。
「本当にできましたね!」
「ずいぶん時間がかかったけどね」
トビアスが笑う。
「最初から慣れた者に任せれば、もっと早かったのだろうな」
アレクサンダーが言うと、騎士は頷いた。
「はい。ですが、皆様が実際に手を動かされたことには意味がございます」
騎士は完成した天幕を見上げた。
「野営地を設けるには、これだけの資材と人手が必要になります。兵たちは行軍のあとに、こうした作業を行うこともございますので」
「……なるほど」
アレクサンダーは改めて周囲を見回した。
草地には、他の騎士たちが手際よく設営した天幕が並んでいる。自分たちが一つを完成させる間に、向こうではいくつもの天幕が立ち上がっていた。
「一つ張るだけでも、これほど手間がかかるとは思わなかった」
「慣れれば、もう少し早くできますよ」
騎士は笑った。
「ただし、雨が降れば話は別ですが」
「雨か……」
トビアスが空を見上げる。
「今日は晴れていてよかったね」
「雨でもやってみたいけどな」
ジークバルトが言うと、アレクサンダーは呆れたように振り返った。
「お前は本当に何でもやりたがるな」
「せっかく来たんだからな」
ジークバルトは満足そうに完成した天幕を見上げた。
「でも、次はもっと早くできるぞ」
「その前に、縄の結び方を覚えようね」
トビアスに言われ、ジークバルトは少しだけ顔をしかめた。
「……それは後で練習する」
その言葉に、ミアが笑った。
午前の演習が終わる頃には、五人ともすっかり汗をかいていた。
午後は、野外調理の実習である。
昼食と休憩を挟んだあと、五人は天幕から少し離れた調理場へ向かった。
そこには大きな鍋や鉄板、包丁、まな板が用意されていた。食材の入った籠もいくつか並び、料理人が準備を進めている。
「午後は、こちらで夕食の一品を作っていただきます」
担当の料理人が説明した。
「火の扱いと、野外での調理の手順を覚えていただく予定です」
「よし、今度は料理か!」
ジークバルトが早速前へ出た。
「俺もやっていいんだよな?」
「もちろんでございます。ただ……」
料理人は一瞬、アレクサンダーの方を見た。
「殿下も、ご参加なさるのでしょうか」
「ああ。そのつもりだ」
「かしこまりました。ですが、刃物を使う作業などは、こちらで――」
「いや、せっかくだ。俺も一通りやってみたい」
「……承知いたしました」
料理人は少し困ったように頷いた。
その横で、ジークバルトが包丁を手に取る。
「刃物の扱いなら任せろ」
「ジーク、それは剣とは違いますよ」
ミアが言うと、ジークバルトは自信満々に答えた。
「分かってるって。要するに、余計なところを削ればいいんだろ?」
「……余計なところだけですよ?」
「もちろんだ」
そう言って、ジークバルトは大きな根菜を手に取った。
料理人が皮の剥き方を説明すると、ジークバルトは真剣な顔で包丁を動かし始めた。
一度目は、少し厚く剥けた。
二度目も、やはり厚かった。
三度目には、皮というより、実の一部がごっそりと削り取られた。
「……ジーク」
トビアスが声をかけた。
「なんだ?」
「それ、最初はもう少し大きくなかった?」
「気のせいだろ」
ジークバルトは手元を見下ろした。
まな板の上には、剥き終わった根菜が一つ。
その隣には、厚く削られた皮の山ができている。
ミアが覗き込み、少し考えてから言った。
「……皮の方が、多くありませんか?」
「そんなことはないだろ」
「いえ、かなり小さくなっていますよ」
料理人も困ったように笑った。
「次は、もう少し薄く剥いていただけると……」
ジークバルトは自分の手元を見つめ、それから隣を見た。
そこでは、セレスティーナが別の根菜を手にしていた。
包丁の刃が、表面を滑るように動いている。
薄い皮が途切れることなく剥かれ、下からきれいな実が現れた。
「……え?」
ジークバルトが目を丸くした。
「セレスティーナ嬢、ずいぶん上手だな」
「ありがとうございます」
セレスティーナは手を止め、微笑んだ。
「以前、少しだけ経験がございますので」
「少しだけ?」
トビアスも覗き込んだ。
「いや、これは相当慣れているように見えるけど」
「そうでしょうか」
セレスティーナは不思議そうに首を傾げた。
「普通に剥いているだけでございますが……」
ミアが隣で笑った。
「セラ様、とてもお上手です。私よりずっと薄く剥けていますよ」
「まあ。ありがとうございます」
セレスティーナは少し嬉しそうに微笑み、再び包丁を動かし始めた。
手元の根菜は、ほとんど形を変えないまま、きれいに皮が剥かれていく。
ジークバルトは自分の根菜を見下ろした。
「……もう一つ、やってみるか」
「ジーク、今度はもう少し薄くですよ」
「分かってる」
そう言って二つ目を手に取ったジークバルトを、料理人が慌てて止めた。
「ジークバルト様、少々お待ちください。まずは刃の当て方から、もう一度……」
そのやり取りを聞きながら、セレスティーナは小さく笑った。
料理をするのは、久しぶりだった。
昔は、食材を無駄にしないように、失敗しないようにと、いつも気を張っていた。手を滑らせないこと、時間をかけすぎないこと、余計なものを捨てないこと。何か一つでも間違えれば、困ったことになる。
けれど今は、隣でジークバルトが分厚い皮を量産していても、誰も怒らない。
ミアは笑いながら次の野菜を洗い、トビアスは料理人に切り方を尋ねている。アレクサンダーは火を起こす準備をしていて、どうやら薪の組み方について騎士と相談しているらしい。
セレスティーナは手元の根菜を見下ろした。
薄く剥けた皮が、まな板の端に積み重なっている。
いつもと同じように手を動かしているだけなのに、何だか楽しかった。
「セラ様、こちらもお願いしてよろしいですか?」
ミアが新しい根菜を差し出した。
「はい。喜んで」
セレスティーナは微笑み、包丁を受け取った。
一方、火起こしを任されたアレクサンダーは、薪の前で腕を組んでいた。
「……これでいいのか?」
「はい。まずは空気が通るように組んでいただいて」
騎士が説明する。
「火をつけるだけなら、魔術で構いません。ただし、その後の火加減は薪の量や位置で調節していただきます」
「なるほど」
アレクサンダーは頷き、指先に小さな炎を灯した。
薪の隙間へ火を移すと、乾いた木がぱちぱちと音を立てて燃え始める。
「おお、簡単だな」
ジークバルトが感心したように言った。
「火をつけるだけならな」
アレクサンダーは少し得意げに答えた。
ところが、鍋をかけてしばらくすると、火の勢いが強くなりすぎた。
「殿下、少々火が強すぎます」
料理人が声をかける。
「そうか?」
「はい。このままでは鍋の底が焦げてしまいますので」
アレクサンダーは薪を一本引き抜こうとした。
「殿下、素手では危のうございます!」
「あ、いや、そうだったな」
慌てて手を引っ込める。
トビアスが横から笑った。
「魔術なら簡単に弱められるのにね」
「それでは演習にならないだろう」
「まあ、そうなんだけど」
騎士から火かき棒を受け取り、アレクサンダーは慎重に薪の位置を動かした。
すると今度は火が弱くなりすぎた。
「……難しいな」
「少しずつ調節していただくのがよろしいかと」
料理人が助言する。
「魔術とは勝手が違うな」
アレクサンダーが呟くと、トビアスが頷いた。
「火を出すより、維持する方が大変なんだね」
「そういうことらしい」
二人は鍋の前にしゃがみ込み、薪の位置をあれこれ動かし始めた。
その様子を見ていたジークバルトが、包丁を置いて立ち上がる。
「俺もそっちを手伝うか?」
「いや、お前は野菜を切ってくれ」
「もう終わったぞ」
「……本当に?」
トビアスが振り返る。
ジークバルトのまな板には、大小さまざまな形に切られた野菜が並んでいた。
「……ずいぶん豪快だね」
「食べれば同じだろ」
「煮える時間が違うと思うよ」
ミアが笑いながら口を挟んだ。
「大きいものは、もう少し小さく切りましょうか」
「そうなのか?」
「はい。なるべく同じくらいの大きさにした方が、火が通りやすいですから」
「なるほどな」
ジークバルトは再び包丁を手に取った。
その横で、セレスティーナはきれいに切り揃えた野菜を器へ移していた。
「こちらも、そろそろお鍋に入れてよろしいでしょうか」
「はい。ありがとうございます、セラ様」
ミアが器を受け取り、鍋へ加えた。
しばらくすると、煮込み料理の良い香りが漂い始めた。
野菜の大きさは少し不揃いで、火加減に苦労したせいか、鍋の底にはわずかに焦げついた部分もあった。
それでも、五人で作った料理は、思っていた以上に美味しそうだった。
「……できたな」
アレクサンダーが鍋を覗き込む。
「できましたね!」
ミアも嬉しそうに頷いた。
「早く食べようぜ」
ジークバルトが器を手に取ると、トビアスが笑った。
「まだ盛り付けてないよ」
「じゃあ、早く盛り付けよう」
「ジーク、少し待ってください」
ミアが呆れたように笑い、器を受け取った。
夕食は、騎士たちが用意してくれたパンと、五人が作った煮込み料理だった。
出来上がった料理は、王城や学院で出されるものに比べれば、ずいぶん素朴なものだった。
それでも、五人は自分たちで作った料理を囲み、嬉しそうに食事を始めた。
「……美味いな」
ジークバルトが言った。
「自分で作ったからかな」
トビアスも頷く。
「いつもの料理とは違うけど、これはこれで美味しいね」
「私、こんなふうにみんなでお料理するの、初めてです」
ミアは嬉しそうに笑った。
「セラ様はいかがですか?」
「はい。とても楽しかったです」
セレスティーナはスプーンを置き、少し考えた。
「お料理というのは、思っていたよりも楽しいものなのですね」
「そうですね。またみんなで作りたいです」
ミアが笑顔で答える。
「今度は、もう少し上手にできるといいですね」
「次は肉を焼こうぜ」
ジークバルトがすかさず言った。
「それなら俺も手伝うぞ」
アレクサンダーが頷く。
「殿下、火加減は大丈夫?」
トビアスが笑うと、アレクサンダーは少し眉を上げた。
「次は上手くやる」
「じゃあ、僕は薪の準備をしておこうかな」
「トビーも手伝ってくださいね」
ミアが言うと、トビアスは肩をすくめた。
「もちろん。今度はもう少し役に立つよ」
そんなやり取りに、セレスティーナも笑った。
夕食を終える頃には、空がすっかり暗くなっていた。
草地にはいくつもの天幕が並び、その周囲では騎士たちが夜間の警備についている。
五人が設営した天幕も、今夜は実際に使用することになっていた。
もっとも、男女が同じ天幕で眠るわけにはいかない。
男性三人は自分たちが組み立てた天幕を使い、ミアとセレスティーナには、騎士たちが別に用意した天幕が割り当てられていた。
「……せっかく張ったのに、私たちは使わないんですね」
ミアが少し残念そうに言った。
「でも、設営のお手伝いができて楽しかったです」
セレスティーナが答えると、ミアも笑った。
「そうですね。明日からも、きっといろいろなことを教えていただけますね」
「はい。楽しみでございます」
二人は天幕の入口で、男性三人に手を振った。
「おやすみなさい、アレク様。ジーク、トビー」
「おやすみ、ミア」
「また明日な」
「セレスティーナ嬢も、おやすみ」
「皆様、おやすみなさいませ」
セレスティーナは丁寧に一礼し、ミアとともに天幕へ入った。
中には簡易寝台が二つ並び、足元には小さな荷物が置かれていた。
外からは騎士たちの話し声や、薪がはぜる音が聞こえてくる。夜風が吹くたびに天幕がかすかに揺れ、遠くからは虫の声が響いていた。
「……なんだか、不思議ですね」
ミアが小さな声で言った。
セレスティーナは隣の寝台から顔を向けた。
「はい。外の音が、よく聞こえます」
「私、ちゃんと眠れるか心配だったんですけど……思ったより落ち着きます」
「そうですね」
天幕の入口では、エマが最後の確認をしていた。
「お二人とも、お休みになる前に何か必要なものはございませんか?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
ミアが答える。
「わたくしも、問題ございません」
セレスティーナが微笑むと、エマは頷いた。
「では、どうぞごゆっくりお休みくださいませ。何かございましたら、すぐにお呼びください」
「はい。おやすみなさい、エマ」
「おやすみなさいませ、お嬢様。ミア様も、どうぞ良い夢を」
エマが天幕を出ていくと、二人は寝台へ横になった。
しばらくの間、外からは騎士たちの話し声や、薪がはぜる音が聞こえていた。
「セラ様」
「はい?」
「明日も、みんなで一緒ですね」
ミアの声は、少し眠たそうだった。
「はい」
「なんだか、嬉しいです」
セレスティーナは天幕の天井を見上げた。
朝になれば、また五人で食事をして、森の中へ向かうのだろう。
学院では、夕方になればそれぞれの寮へ戻っていた。けれど今は、夜になっても同じ場所にいて、明日も一緒に過ごせる。
それが、何だかとても嬉しかった。
「……わたくしもです」
セレスティーナが答えると、ミアは小さく笑った。
「おやすみなさい、セラ様」
「おやすみなさいませ、ミア様」
やがて隣の寝台から、穏やかな寝息が聞こえ始めた。
セレスティーナは目を閉じた。
昼間に見た森の緑。初めて自分たちで立てた天幕。みんなで作った煮込み料理。
思い返すと、どれも楽しいことばかりだった。
明日は、いよいよ森の中へ入る。
まだ知らない景色が、きっとたくさん待っているのだろう。
そんなことを考えながら、セレスティーナも静かに眠りについた。
読んで頂きありがとうございます!




