11-7 聖女だけにできること
王城の書庫で調べた資料が学院へ持ち込まれたのは、調査から二日後のことだった。
午後の授業を終えた五人は、いつものラウンジに集まっていた。窓の外では夏の日差しが中庭を照らし、開け放たれた窓からは、風に揺れる木々の葉音が聞こえてくる。
テーブルの上には、トビアスが整理した資料が並んでいた。王城で確認した古文献の抜粋、年代ごとの出来事をまとめた一覧、そして五月に学院裏の森で起きた異変について、五人で作成した記録である。
「まず、王城で確認できたことから話そうか」
トビアスはそう言って、一枚目の資料を広げた。
「建国から数十年後、北部の村で、現在の魔の森周辺と似た現象が起きていた可能性があるんだ。作物の異変、獣の凶暴化、地表に現れる青白い靄。そして、王家から派遣された魔術師による調査だね」
「魔物が増えたという話もあったんだよな?」
ジークバルトが尋ねると、アレクサンダーが頷いた。
「ああ。ただ、当時の記録では、獣が凶暴になったことと、魔物の出現がどこまで関連していたのかは分からない。今回と同じ現象だったと断定するには足りないな」
「でも、似ているところはあるんですね」
ミアが資料を覗き込む。
「うん。それから、派遣された魔術師が何をしたのかも、一部だけだけど分かったんだ」
トビアスは次の紙を取り出した。
「周囲の魔力を分散させて、地表への影響を抑える術式を使っている。実際、一時的には異変が鎮まったらしい」
「一時的?」
ミアが顔を上げた。
「そう。七日後には再発しているんだ。その後も同じ術式を使ったようだけど、結局、村は移転することになった」
「……それは、困りますね」
ミアは小さく眉を寄せた。
「せっかく鎮まっても、また元に戻ってしまうんですね」
「そういうことだね。ただ、なぜ再発したのかまでは記録にないんだ」
トビアスは説明を続けた。
「僕たちが考えているのは、地表に溜まった魔力だけを取り除いても、地下から供給され続けていれば、また同じことが起きるんじゃないかということだよ」
「水が湧いている穴から、溜まった水だけを汲み出しても、また溜まるようなものか」
ジークバルトが言った。
「うん。もっとも、魔力が本当に水と同じように流れているかは、まだ分からないけどね」
「地下水に似ているという説明は、以前セレスティーナがしてくれたな」
アレクサンダーが視線を向けると、セレスティーナは頷いた。
「はい。建国期の伝承では、地中を巡る魔力を水の流れになぞらえております。今回の古文献にも、同じような図がございました」
彼女は手元の紙を広げた。
地中を走る複数の線が、一か所で合流する図だった。古文献の図を写し取ったもので、ところどころにセレスティーナの細かな注釈が添えられている。
「こちらが、王城で確認した図でございます。魔力の流れが滞ると、周囲に力が溜まり、地表へ影響を及ぼすことがあると記されておりました」
「……これ、五月の森と似ていますね」
ミアが呟いた。
「私が感じたのも、こんな感じだったと思います」
その言葉に、四人の視線が集まった。
「ミア。もう一度、あのときのことを聞かせてくれるか?」
アレクサンダーが尋ねる。
「はい」
ミアは少し考え、図へ指を伸ばした。
「五月の森では、地面の下に、魔力がたくさん溜まっている場所がありました。最初は、ただ魔力が濃いだけなのかと思ったんです。でも、光を使ったときに、何かが詰まっているような感じがして……」
「詰まっている?」
ジークバルトが聞き返した。
「はい。ええと……」
ミアは言葉を探した。
「川に枝が引っかかって、水が流れなくなっているような感じでしょうか。でも、枝が見えたわけではないんです。ただ、そこが本来の状態ではないということが、何となく分かって……」
「それで、光を使ったのか?」
「はい。そうしたら、詰まっていたものがほどけるような感じがして、魔力が地面の奥へ流れていきました」
ミアは図の合流点から、地中へ続く線をなぞった。
「無理に押したわけではないんです。こちらへ流れなさい、と思ったわけでもなくて。ただ、元に戻ればいいなと思って光を使ったら、自然に……」
「……なるほど」
トビアスは頷いた。
「そこが、通常の魔術との大きな違いかもしれないね」
「違い、ですか?」
「うん。通常の魔術では、術者が何をどう動かすかを決めるだろう? 火を生み出すなら、その大きさや温度、方向を制御する。水を動かすなら、流す方向や量を決める。でも、ミア様のお話では、そうした細かな指定をしていないように聞こえるんだ」
「……そうですね」
ミアは少し困ったように笑った。
「私、どちらへ流せばいいのかなんて、考えていませんでした」
「それでも、正しい方向へ流れた」
「はい」
「それに、魔物になっていた小動物も、元の姿へ戻ったんだよね」
「そうです」
トビアスは筆記具を取り、資料の余白へ何かを書き込んだ。
「つまり、光魔法には、対象を本来の状態へ戻す働きがある可能性が高い。前から考えていたことだけど、今回の記録とも一致するね」
「建国の聖女も、似たことをしていたのかもしれないな」
アレクサンダーが言った。
「そうだね。ただ、古文献に残っているのは結果だけなんだ。どんな仕組みだったのかまでは分からない」
セレスティーナは、ミアが指でなぞった線を見つめていた。
魔力の流れを感じ取り、本来の状態へ戻す。
それは、通常の魔術とは根本的に異なる働きなのかもしれない。
少なくとも、自分には、地中の魔力がどちらへ流れるべきなのかを自然に理解することはできない。
魔力を感じることはできる。濃度の違いも、ある程度なら把握できる。けれど、それが本来あるべき状態なのかどうかは、別の問題だった。
「……ミア様」
セレスティーナが顔を上げた。
「はい?」
「光魔法をお使いになる際、どの程度の魔力を必要とされるのでしょうか」
「魔力、ですか?」
「はい。五月の森では、かなり広い範囲へ光をお使いになっていたように思います。ですが、ミア様はその後も、魔力が尽きたご様子ではございませんでしたので」
ミアは少し考えた。
「うーん……たくさん使ったとは思うんですけど、どれくらいだったかは、よく分からないです」
「そうでございますか」
「でも、いつもの治癒魔法とは違いました。魔力をどんどん注いでいるというより、光が広がっていくのを見ている感じで……」
「光が広がる……」
セレスティーナは小さく繰り返した。
「では、ミア様が直接お使いになった魔力の量と、実際に影響した範囲は、必ずしも比例しないのでしょうか」
「……どうなんでしょう」
ミアは首を傾げた。
「自分では、あまり考えたことがありませんでした」
「それは調べてみる価値がありそうだね」
トビアスが会話に加わった。
「光魔法がどの程度の範囲へ作用するのか、使った魔力の量と関係があるのか。五月のときは緊急事態だったから、細かく観測できていないんだ」
「そうだな」
アレクサンダーは頷いた。
「今回の現象を調べるなら、そのあたりも確認しておきたい」
「はい」
ミアは素直に頷いた。
「私も、自分の力のことをもっと知りたいです」
その言葉を聞いて、セレスティーナは嬉しそうに微笑んだ。
「でしたら、ぜひご一緒に調べさせてくださいませ」
「はい、セラ様」
ミアも笑った。
二人の様子を見ていたジークバルトが、ふと思い出したように口を開いた。
「ところで、一つ気になっているんだが」
「何だ?」
アレクサンダーが尋ねる。
「今、異変が見つかっているのは三か所なんだよな」
「ああ」
「それが全部、五月の森と同じ現象だったとして、ミアが行けば鎮められるのか?」
ミアは瞬きをした。
「……どうでしょう」
「いや、ミアの力を疑っているわけじゃない。ただ、仮に三か所とも同じだったとして、また別の場所で起きたらどうするんだ?」
ジークバルトは資料に並ぶ地名を見た。
「今は魔の森の周辺に限られているが、昔の記録では北部の村でも起きている。もし、あちこちで同じことが起きるなら、そのたびにミアが行くことになるのか?」
ラウンジが少し静かになった。
「……それは」
ミアが口を開きかける。
「私が行けば済むことなら、それでも……」
「待て」
ジークバルトがすぐに遮った。
「できるかどうかを聞いているんじゃない。そうするしか方法がないのか、という話だ」
「……あ」
ミアは少し驚いたように目を丸くした。
アレクサンダーも、考え込むように腕を組んだ。
「確かにな。三か所ならまだしも、今後も増える可能性がある以上、聖女一人に頼る仕組みでは困る」
「そうですね」
トビアスが頷いた。
「移動だけでも相当な負担になる。それに、異変がいつ起きるか分からないとなると、ミア様には常に対応できる状態でいてもらわないといけない」
「それは……」
ミアは言葉を止めた。
考えたことがなかったわけではない。
聖女として、自分にしかできないことがあるのなら、できる限り力を尽くしたいと思っている。人が困っているなら助けたいし、五月の森で起きたようなことを、放っておくつもりもなかった。
けれど、それが一度きりではなく、何度も続くのだとしたら。
どこかで異変が起きるたびに、自分が行かなければならないのだろうか。
「……そうですね」
ミアは静かに頷いた。
「私一人で、全部できるとは限りませんものね」
「そういうことだ」
ジークバルトは頷いた。
「それに、現地へ行くなら護衛も必要だ。魔物が増えている場所なら、移動も簡単じゃない。何日もかかる場所だったら、その間に別の場所で何か起きるかもしれない」
「……確かに」
ミアは資料へ目を落とした。
「でも、ほかに方法がなかったら……」
「そのときは、必要な対応を考える」
アレクサンダーが答えた。
「だが、最初からミアが全部引き受ける前提で考える必要はない。今は、ほかの方法がないか調べている段階だ」
「はい」
ミアは頷いた。
その隣で、セレスティーナが静かに手を上げた。
「……一つ、よろしいでしょうか」
「どうした?」
アレクサンダーが尋ねる。
「王城の書庫で、少し考えていたことがございます」
セレスティーナは、先ほどの図をもう一度広げた。
「ミア様の光魔法が、滞った魔力を本来の流れへ戻すものであるなら、通常の魔術でも、別の方法で流れを動かすことはできないでしょうか」
「別の方法?」
ミアが尋ねた。
「はい。たとえば、こちらのように……」
セレスティーナは図の合流点を指した。
「地中の魔力が一か所に滞っているのであれば、そこへ外から魔力を加えることで、流れを押し通すことができるかもしれません」
「……押し通す?」
ジークバルトが眉を上げた。
「はい」
セレスティーナは頷いた。
「ミア様のように、自然に流れを正すことはできなくても、十分な魔力を適切な方向へ送り込めば、滞りを解消できる可能性はございます」
「なるほど」
トビアスは考え込んだ。
「水路が詰まっているなら、水圧をかけて押し流すようなものだね」
「はい。もっとも、魔力の流れが実際にどのような構造になっているのか分かりませんので、単純に同じとは言えませんが」
「でも、考え方としては分かるよ」
トビアスは紙を引き寄せた。
「ただ、問題はいくつもあるね」
「はい」
「まず、どの程度の魔力が必要なのか。流れを動かすには、一定以上の力が必要になるかもしれない」
「そうですね」
「それから、一度に送り込む魔力の量と速度。少しずつ加えても動かないなら、短時間に大量の魔力を放出する必要があるかもしれないね」
「……はい」
セレスティーナは真剣に頷いた。
「さらに、魔力を送り込む方向も重要だ。間違った方向へ押し出せば、別の場所に魔力が溜まるかもしれない」
「その危険は、王城の古文献にも記されておりました」
「うん。だから、仮に実験するとしても、まずは地中の流れを観測する方法が必要だね」
トビアスは項目を一つずつ書き出した。
必要な魔力量。
放出速度。
魔力の方向と制御。
周辺への影響。
そして、術式を停止する条件。
「……少なくとも、これくらいは確認しないといけないかな」
「はい」
セレスティーナは書き込まれた項目を見つめた。
「それから、術者自身への負担もございます」
トビアスの筆が止まった。
「……そうですね」
「大量の魔力を短時間に放出するのであれば、魔力の消費だけでなく、制御にも相応の負担がかかるかと」
「うん。そこは必ず確認しよう」
トビアスは、最後の項目に線を引いた。
ジークバルトが二人を見比べた。
「……なあ」
「何でしょう?」
セレスティーナが顔を上げる。
「今の話、相当な魔力が必要なんじゃないか?」
「まだ分かりませんが、その可能性はございます」
「で、短時間に大量の魔力を出せて、細かい制御もできる人間となると……」
ジークバルトはそこで言葉を切り、セレスティーナを見た。
セレスティーナは少し考えた。
「……わたくしであれば、ある程度の検証は可能かもしれません」
「やっぱりそうなるよな」
ジークバルトは額に手を当てた。
「いや、分かってたけどな」
「ですが、まだ必要な魔力量も分かりませんので、実際に可能かどうかは……」
「そういう問題じゃない」
ジークバルトは苦笑した。
「ミア一人に任せるのは大変だって話をしてたら、今度はお前一人で何とかする話になりそうだなと思ったんだ」
「……あら」
セレスティーナは瞬きをした。
「そのつもりではございませんでしたが……」
「分かってる。お前は方法を考えてるだけなんだろ」
「はい」
「でも、実際に試すとなったら、真っ先に自分でやろうとするだろ?」
セレスティーナは少し考えた。
「……適性があるのであれば、そうなるかもしれません」
「ほらな」
ジークバルトが肩をすくめる。
ミアがその隣で、少し困ったように笑った。
「セラ様。私の代わりに、全部引き受けようとなさらなくても大丈夫ですよ」
「……はい?」
セレスティーナは不思議そうにミアを見た。
「わたくしは、そのようなつもりでは……」
「はい。分かっています」
ミアは微笑んだ。
「でも、セラ様が新しい方法を考えてくださるのは、私も嬉しいです。ですから、もし実験することになったら、一緒に考えましょうね」
「……はい」
セレスティーナは少し驚いたあと、柔らかく微笑んだ。
「もちろんでございます」
その様子を見ていたアレクサンダーが、静かに口を開いた。
「とりあえず、今の段階で実験するつもりはない」
「はい」
セレスティーナが頷く。
「まずは、現地で何が起きているのかを確認する必要がある。学院裏の森と同じ現象なのか、それとも別のものなのか。そこが分からないうちは、方法を考えても判断できない」
「そうですね」
トビアスが頷いた。
「古文献では、魔力を分散させたあとに再発した例があった。今回も同じことが起きるとは限らないけど、現地の状況を把握しないまま魔力を動かすのは危険だと思う」
「それに、魔物もいるんだろ?」
ジークバルトが言った。
「現地へ行くなら、周囲の安全も確保しないといけない。術式を使っている最中に魔物が出てきたら、集中できないだろ」
「そうだな」
アレクサンダーは頷いた。
「そのあたりも含めて、正式な調査計画が必要になる」
トビアスは手元の紙を整理した。
「じゃあ、現地で確認する項目をまとめようか」
「頼む」
「まず、魔力の濃度と分布。地表だけでなく、可能な範囲で地下の状態も調べたいね」
「はい」
セレスティーナが頷いた。
「魔力が集中している場所と、その周囲の流れを確認できれば、滞りの位置を推測できるかもしれません」
「次に、周辺の動植物への影響。魔物化が起きているかどうかも重要だね」
「俺は、魔物の出現場所や数を確認したいな」
ジークバルトが言った。
「巡回している騎士団の記録があれば、かなり参考になるはずだ」
「そうだな。父上からも、現地の報告は引き続き届いている。必要な範囲で共有してもらえるようにしよう」
アレクサンダーが答えた。
「それから、ミア」
「はい」
「現地で何か感じたとしても、すぐに光を使う必要はない。まずは観測を優先してほしい」
ミアは少し驚いたように顔を上げた。
「……鎮めなくても、いいんですか?」
「危険が迫っているなら別だ。だが、今は明確な被害が出ていない。原因を調べる前に現象を消してしまうと、分からなくなることもあるだろう」
「……ああ」
ミアは納得したように頷いた。
「そうですね。五月のときは、魔物がすぐそばにいましたから、そんな余裕はありませんでしたけど……」
「今回は、できるだけ安全な状態で調べたい」
「はい。分かりました」
ミアは微笑んだ。
「それなら、私も、光を使う前に何が感じられるのか、よく確かめてみます」
「頼む」
アレクサンダーは頷いた。
セレスティーナは、そのやり取りを静かに聞いていた。
五月の森では、魔物が現れ、ミアが光を使った。
あのときは、誰もが目の前の危険に対応することで精一杯だった。
けれど、今回は違う。
事前に情報を集め、役割を決め、危険を避ける方法を考えることができる。
自分一人で何かをするのではなく、五人で相談して進めている。
それが、少し不思議で、嬉しかった。
「……殿下」
「何だ?」
「今回の調査は、いつ頃になるのでしょうか」
アレクサンダーは少し考えた。
「まだ決まっていない。王城側との調整も必要だし、学院の授業もあるからな」
「そうでございますね」
「ただ、八月には夏季演習があるだろう」
「はい」
セレスティーナは頷いた。
毎年八月に行われる夏季演習。
魔術科では、迷宮での実地訓練が予定されている。
「その日程も含めて、学院側と相談してみようと思っている」
「……演習の日程でございますか?」
「ああ。まだ何も決まっていないが、現地調査の機会を作れるかもしれない」
トビアスが顔を上げた。
「なるほど。教師の監督や、学院側の人員を確保できるなら、調査もしやすくなるね」
「そういうことだ」
ジークバルトも頷いた。
「騎士科の訓練とも調整できれば、護衛の人数も確保できるかもしれないな」
「まだ正式な話ではないぞ」
アレクサンダーは念を押した。
「父上にも相談しなければならないし、学院の許可も必要だ。そもそも、危険な場所へ学生を連れていくことが認められるかも分からない」
「そうですね」
トビアスは頷いた。
「まずは、調査の目的と必要な人員を整理しておこう」
「頼む」
アレクサンダーはそう答え、資料を一枚ずつ揃えた。
話し合いは、そこで一区切りとなった。
窓の外では、いつの間にか日差しが少し傾いていた。
ラウンジのテーブルには、書き込みの増えた資料が並んでいる。
まだ答えは見つかっていない。
けれど、何を調べるべきなのかは、少しずつ明確になってきた。
「……あの」
資料を片づけていたミアが、ふと口を開いた。
「一つ、いいですか?」
「どうした?」
アレクサンダーが尋ねる。
ミアは少し照れたように笑った。
「私、聖女にしかできないことがあるのは、嬉しいんです」
四人が顔を上げた。
「困っている人を助けられるなら、それはとてもありがたいことだと思っています。でも……」
ミアはセレスティーナを見た。
「今日、皆さんが、私一人で全部しなくてもいい方法を考えてくださって、少し安心しました」
「ミア様……」
セレスティーナは小さく呟いた。
ミアは微笑んだ。
「私、自分では、そんなに大変だと思っていなかったんです。できることなら、やればいいと思っていましたから」
「……それは、少し危ない考え方だな」
ジークバルトが苦笑した。
「そうですね」
ミアも笑った。
「でも、セラ様も、同じように考えることがありますよね?」
「……わたくし、でございますか?」
「はい」
セレスティーナは少し考えた。
「……そうでしょうか」
「そうですよ」
ミアはにっこり笑った。
「だから、私も気をつけようと思います」
セレスティーナは困ったように瞬きをした。
自分とミアが、同じように考えている。
そう言われても、あまり実感が湧かなかった。
ミアは聖女として、たくさんの人を助けている。
自分は、できることをしているだけだ。
けれど。
「……ミア様」
「はい?」
「わたくしも、ミア様のお力になれましたら、とても嬉しゅうございます」
ミアの表情が柔らかくなった。
「ありがとうございます、セラ様」
「ですので、今回の調査でも、何かお手伝いできることがございましたら……」
「一緒に、ですよ」
ミアが笑顔で言った。
セレスティーナは言葉を止めた。
「……はい?」
「お手伝いではなくて、一緒に考えましょう」
その言葉に、セレスティーナは少し驚いたように目を丸くした。
それから、ゆっくりと微笑んだ。
「……はい。そうでございますね」
アレクサンダーは二人を見て、少しだけ肩の力を抜いた。
「まあ、そういうことだ。今回は五人で調べているんだからな」
「俺もいるぞ」
ジークバルトが言う。
「魔術のことは詳しくないが、現地での安全確保なら任せてくれ」
「僕も、必要な資料や手順の整理は引き受けるよ」
トビアスが微笑んだ。
「それぞれ得意なことがあるんだから、分担すればいいんだ」
「……はい」
セレスティーナは、四人を順に見た。
アレクサンダー。
ジークバルト。
トビアス。
そして、ミア。
自分とは違う考え方を持ち、違うことを得意としている人たち。
その人たちと、一つのことを一緒に考えている。
以前なら、何かを頼まれれば、できる限り一人で終わらせようとしていた。
それが、当たり前だと思っていた。
けれど今は、こうして話し合い、分からないことを尋ね、次に何をするかを一緒に決めている。
「……皆様とご一緒できて、よかったです」
セレスティーナが静かに言った。
ミアが嬉しそうに笑った。
「私もです、セラ様」
「俺たちもだよ」
ジークバルトが答える。
トビアスも頷いた。
アレクサンダーは少し照れたように視線を逸らし、それから、いつもの調子で言った。
「さて。そういうわけで、次は学院と王城への相談だな」
「はい」
五人は頷いた。
夏季演習までは、あと半月ほど。
地の底を巡る魔力の流れは、まだ誰にも見えていない。
聖女の光が何を正しているのかも、通常の魔術で同じ現象へ働きかけられるのかも、答えは出ていなかった。
それでも、五人には、次に進むための道筋が少しずつ見え始めていた。
セレスティーナは窓の外へ目を向けた。
夏の空は高く、青かった。
この夢の中には、まだ知らないことがたくさんある。
それを、皆様と一緒に知っていける。
そう思うだけで、胸の奥が温かくなった。




