11-2 王太子への課題
次の休日、アレクサンダーは王城へ向かっていた。
馬車の座席には、トビアスがまとめた報告書が置かれている。
魔の森周辺で確認された三か所の魔力異常。近隣で増加しているはぐれ魔物。そして、五月に学院裏の森で起きた現象との類似点。
最後には、セレスティーナが新たに思い出した夢の内容も記されていた。
大規模な魔力の噴出と、そこに関わっていたらしい聖女ミア。ただし、時期も場所も不明であり、今回の現象と関係があるかどうかも分からない。
アレクサンダーは報告書を閉じ、窓の外へ目を向けた。
学院祭の事件から、まだそれほど日が経っていない。
あのときも、セレスティーナが見たという夢がきっかけだった。もっとも、実際に起きた事件は夢の内容とは異なり、攫われたのはミアではなく、ノエルとコレットだった。
夢は何かの手がかりにはなる。
しかし、そこに描かれていない事情が、現実にはいくらでも存在する。
そのことは、もう十分に分かっていた。
今回も、まずは分かっていることを父王に伝えよう。
そう考えているうちに、馬車は王城の門をくぐった。
国王フリードリヒの執務室へ通されたのは、昼前のことだった。
「来たか、アレクサンダー」
「お時間をいただき、ありがとうございます。父上」
「構わん。ちょうど南部の報告を読んでいたところだ。座りなさい」
アレクサンダーは礼を述べ、勧められた椅子へ腰を下ろした。
机の上には、南部の地図が広げられている。三か所の魔力異常が確認された地点には、それぞれ印が付けられていた。
「送った報告は読んだな」
「はい。学院でも皆と確認しました」
「それで、どう思う」
「五月に学院裏の森で起きたことと、似ている可能性は高いと思います。ただ、同じ現象だと断定するには情報が足りません」
「そうだな。こちらも同じ見解だ」
フリードリヒは頷き、地図を指した。
今回の三か所は、それぞれ別の経緯で発見されたものだった。巡回中の騎士が魔力の異常に気づいた場所もあれば、魔物の目撃報告を受けて調査した結果、異常が見つかった場所もある。
そもそも、魔力の濃い場所をすべて把握できているわけではない。魔術師が同行していなければ気づかないことも多く、今回の三か所がすべてとは限らなかった。
「現地の警戒は強化してある。必要に応じて討伐隊も送るつもりだ」
「ありがとうございます。ただ、五月のときのように、魔物を倒しても発生する原因が残っていたら、同じことの繰り返しになるかもしれません」
「うむ。そこが問題だな」
学院裏の森では、セレスティーナが何度魔物を討伐しても、次の休日には新たな魔物が現れていた。
最終的に異変が収まったのは、ミアが光魔法を使い、溜まっていた魔力が地下へ流れたあとだった。
「ミア自身も、何をしたのかはっきり説明できないようです。魔物の一部が普通の動物へ戻ったことも、まだ分かっていないことが多くて」
「聖女の力については、王城の魔術師たちも頭を悩ませている。本人にしか分からないこともあるのだろう」
「そうですね」
アレクサンダーは頷いた。
五月の現象を再現できれば、今回の異常にも対処できるかもしれない。しかし、ミアの力を当てにして、正体の分からない魔力の異常へ近づけるわけにもいかない。
そのあたりは、慎重に考える必要があった。
「それで、父上。もう一つ報告があります」
「セレスティーナ嬢の夢か」
「はい」
アレクサンダーは報告書を取り出した。
新たに思い出したという、大規模な魔力の噴出。
聖女が関わっていたらしいこと。
そして、セレスティーナ自身も、それがいつ、どこで起きた出来事なのか分からないこと。
確認できた事実と、本人の曖昧な記憶を区別しながら説明する。
フリードリヒは最後まで聞くと、しばらく考え込んだ。
「……二年後の厄災か」
アレクサンダーは顔を上げた。
「父上も、関係があるとお考えですか」
「可能性は疑っている」
フリードリヒは地図に目を落とした。
「無論、今の段階では何の確証もない。魔物の増加も、魔力の異常も、それだけなら過去に例がないわけではない。だが、五月の現象と似たものが複数見つかり、さらに大規模な魔力の噴出に関する話が出てきたとなれば、無関係と決めつけるのも早計だろう」
「俺も、そう思います」
「王城でも引き続き調べるつもりだ。ただ、南方の砦の維持や防衛、地方行政の問題もある。人手はいくらあっても足りん」
フリードリヒは机の上に積まれた書類へ目を向けた。
アレクサンダーも、つられてそちらを見る。
いつ訪れても書類が積まれている執務室だが、今日は一段と量が多いように見えた。
「……相変わらず、お忙しそうですね」
「お前が手伝ってくれてもよいのだぞ」
「まだ学院を卒業していませんので」
「卒業したら期待している」
「……ほどほどにお願いします」
フリードリヒは愉快そうに笑った。
「さて、そこでだ」
笑みを収め、息子へ向き直る。
「王族として、お前も今回の件を調べてみなさい」
アレクサンダーは少し目を見開いた。
「俺が、ですか?」
「ああ。五月の現象を実際に見ているのはお前たちだ。聖女本人もいるし、魔術に詳しいセレスティーナ嬢もいる。王城の者たちとは違うところに気づくこともあるだろう」
「それは、そうかもしれませんが……」
「何も、お前一人で解決しろと言っているわけではない。こちらの調査は続ける。そのうえで、お前たちにも調べられることがあれば調べてみるとよい」
アレクサンダーは少し考えた。
学院での学習と並行して、王国の問題について調べる。
政務科で学んだ知識を実際に使う機会でもあり、王太子としても無関係ではいられない問題だった。
何より、二年後に何かが起きる可能性があるのなら、今から調べておくに越したことはない。
「分かりました。皆とも相談してみます」
「うむ。必要な資料があれば、王城の文官に申し出なさい。閲覧できるものは手配させよう」
「ありがとうございます。建国期の記録も確認したいと思っていたんです」
「魔脈の伝承か」
「はい。セレスティーナが、建国の聖女に関する古い記録に似た話があると言っていました」
「こちらでも調べさせているが、確かな記述は少なくてな。学院に残る魔術関係の文献の方が詳しいこともあるかもしれん」
「それなら、まず学院の図書室から調べてみます」
フリードリヒは満足そうに頷いた。
「ただし、アレクサンダー」
「はい」
「危険を伴う調査をする場合には、必ず事前に報告するように」
声が少し厳しくなった。
「現地へ行く必要があるなら、護衛を手配する。調査に適した者も同行させよう。何が起きているのか分からない場所へ、お前たちだけで踏み込んではならん」
「承知しました」
「聖女も、セレスティーナ嬢もだぞ」
「……はい」
アレクサンダーは一拍置いて頷いた。
父王は、そのわずかな間を見逃さなかった。
「何か心配でもあるのか」
「いえ。その……」
アレクサンダーは少し言葉を選んだ。
「セレスティーナについては、調査を頼めば喜んで引き受けると思います」
「それは頼もしいな」
「ええ。非常に」
アレクサンダーは苦笑した。
「ただ、あいつの場合、頼んだことを終わらせるためなら、食事も睡眠も後回しにしかねないので」
「……それは、以前から聞いているな」
「最近はだいぶ改善しているんです。でも、面白い魔術書なんか見つけたら、また何時間でも読み続けそうで」
フリードリヒは息子の顔を見た。
「ならば、時間を決めてやらせればよい」
「そうするつもりです」
「それから、お前自身も気をつけなさい」
「俺もですか?」
「当然だ。お前は王太子だぞ」
フリードリヒは穏やかに続けた。
「優秀な者がいるからといって、すべて任せきりにしてよいわけではない。かといって、お前がすべて抱え込んでもならん。それぞれの得意なことを生かし、協力して進めることだ」
「……はい」
「お前には、よい友人たちがいるようだからな」
アレクサンダーは、昨日のラウンジを思い出した。
地図を見ながら現地の道を気にしていたジークバルト。
情報を整理し、確かな事実と推測を分けていたトビアス。
魔物になってしまった動物たちを心配していたミア。
そして、古い伝承との類似点を考えながら、分からないことは分からないと答えていたセレスティーナ。
確かに、自分一人では気づかなかったことがいくつもあった。
「はい。恵まれていると思います」
「大切にしなさい」
「もちろんです」
アレクサンダーは素直に頷いた。
その後も、王城で確認できる資料や、南部からの報告がどのように集められているかについて、いくつか質問した。
魔物の討伐記録は騎士団、村の被害や街道の状況は地方行政、魔力に関する報告は魔術師の所属部署と、情報の集まる先はそれぞれ異なっている。
同じ地域で起きた出来事でも、担当する部署が違えば、別々の記録として扱われる。
それらをまとめて確認するには、まず何を調べたいのか整理する必要があった。
アレクサンダーは必要な手続きを教わり、王城をあとにした。
馬車へ乗り込む頃には、昼を少し過ぎていた。
鞄から紙を取り出し、調べたい項目を書き出してみる。
魔物の増加が始まった時期。
魔力異常が確認された場所の地形。
過去の類似事例。
建国期の魔脈に関する記録。
書き進めるうちに、項目は少しずつ増えていった。
「……これは、トビアスに相談した方が早いな」
アレクサンダーは小さく呟いた。
ただし、最初から全部任せるわけにはいかない。
父王の言葉を思い出し、もう少しだけ自分で考えてから、紙を折り畳んだ。
その日の夕方、アレクサンダーはトビアスを自室へ呼んだ。
「殿下、お呼びでしょうか」
「ああ。来てくれてありがとう。座ってくれ」
トビアスが向かいの椅子へ腰を下ろすと、アレクサンダーは王城での話を伝えた。
父王も二年後の厄災との関連を疑っていること。王宮の調査は続けるが、自分たちにも調べられることを調べてほしいと言われたこと。
必要な資料は王城から提供してもらえるが、現地調査など危険を伴う場合には必ず事前に報告し、護衛を手配してもらうこと。
トビアスは時折質問を挟みながら、最後まで聞いていた。
「なるほど。では、まずは資料の調査からですね」
「ああ。それで、何を調べるべきか一緒に考えてほしいんだ」
「もちろんです」
トビアスはアレクサンダーが用意した紙を受け取り、目を通した。
「……思っていたより、きちんと整理されていますね」
「お前、俺を何だと思ってるんだ」
「失礼しました。てっきり、資料の整理を一式任されるものかと」
「父上に、そういうことをするなと言われたばかりなんだよ」
「それは残念です」
「残念なのか?」
「少々」
トビアスは涼しい顔で答えた。
アレクサンダーは呆れたように笑ったが、すぐに二人で書類を広げ始めた。
学院裏の森で確認された現象を基準に、今回の三か所との共通点を探す。魔物の種類や目撃時期、周辺の地形、過去の討伐記録など、必要になりそうな情報を整理していく。
トビアスは手際よく項目をまとめながら、ときどきアレクサンダーに意見を求めた。
そのたびに、アレクサンダーも自分の考えを伝える。
気づけば、最初の紙にはなかった項目がいくつも加わっていた。
「それから、セレスティーナ嬢には魔術関係の文献をお願いしたいですね」
「ああ。ただし、時間制限つきだ」
「……そうですね」
トビアスは即座に頷いた。
「一度に大量の資料を渡すのも避けた方がよさそうです」
「お前もそう思うか」
「はい。十冊渡したら十冊読み終えるまで戻ってこない可能性があります」
「俺もそう思う」
二人はしばらく黙って、机の上の書類を見つめた。
「……三冊くらいにしておくか」
「三冊でも、厚さによると思います」
「そうだったな」
アレクサンダーは額に手を当てた。
セレスティーナは、頼まれたことを終わらせるのが好きだ。
そして、終わらなければ、終わるまで続けようとする。
本人に悪気はない。むしろ、役に立てることを心から喜んでいる。
だからこそ、こちらが頼み方を間違えると、思いがけないことになる。
「最初から調査の範囲と時間を決めておこう」
「そうしましょう。あとは、見つからなかった場合も、その時点で報告していただくことにしましょうか」
「それだ。見つかるまで探さなくていいって、最初に言っておかないとな」
トビアスは頷き、紙に書き加えた。
「ミア様にもご一緒していただければ、時間の管理はしやすいかもしれません」
「ああ。ただ、ミアもセレスティーナのことになると頑張りすぎるからな」
「……確かに」
再び、二人は顔を見合わせた。
「ジークにも頼むか」
「そうですね。彼なら時間になれば二人とも連れ戻してくれるでしょう」
「よし」
何となく、調査の計画より先に、仲間たちの行動管理の計画が出来上がりつつあった。
アレクサンダーは苦笑しながら、書類をまとめた。
「まあ、まずは明日、皆に話そう」
「はい。僕も必要な資料を整理しておきます」
「頼む。ただし、お前も夜更かしするなよ」
トビアスは一瞬、意外そうな顔をした。
「僕もですか?」
「お前もだ」
「……承知しました」
その返事が少し不服そうだったので、アレクサンダーは笑ってしまった。
翌日の放課後、いつものラウンジには五人が揃っていた。
「それで、父上から今回の件を調べてみるように言われたんだ」
アレクサンダーが説明すると、最初に反応したのはセレスティーナだった。
「まあ。わたくしたちも、調査をしてよろしいのですか?」
「ああ。王城でも調査は続けるけど、俺たちにも分かることがあれば調べてほしいそうだ」
「それでしたら、ぜひお手伝いさせてくださいませ」
セレスティーナは嬉しそうに微笑んだ。
その表情を見て、アレクサンダーは予想どおりだと思った。
「ありがとう。ただし、いくつか条件がある」
「はい」
「まず、危険な場所へ行く場合は必ず王城に報告すること。護衛も手配してもらえるから、俺たちだけで勝手に動かない」
「かしこまりました」
「それから、調査は授業の合間だけ。夜遅くまでやらないこと」
「はい」
「資料が見つからなくても、決めた時間になったら終わり」
「……はい」
返事が少し遅れた。
アレクサンダーは目を細めた。
「セレスティーナ」
「はい、殿下」
「今、見つからなかったらどうしようって考えただろ」
「……少しだけ」
「見つからなかったら、見つからなかったって報告してくれればいいんだ」
「承知いたしました」
「あと、頼んでいない資料まで全部調べなくていいからな」
「……はい」
今度は、もっと返事が遅れた。
トビアスが静かに口を開いた。
「セレスティーナ嬢。関連する文献を見つけても、まずは書名と所在だけ記録していただければ結構ですよ」
「ですが、内容を確認しなければ、関連しているかどうか判断できないのでは……」
「目次と概要だけで構いません。詳しく読む必要があれば、次の調査時間に確認しましょう」
「……なるほど」
セレスティーナは感心したように頷いた。
アレクサンダーはトビアスと目を合わせた。
昨日のうちに相談しておいてよかった。
「セラ様、私もご一緒しますね」
ミアが微笑む。
「二人で探せば、きっと早く見つかります」
「ありがとうございます、ミア様」
セレスティーナの表情が、ぱっと明るくなった。
「では、明日の放課後に図書室へ参りましょうか。建国期の文献でしたら、以前確認した棚のほかにも、魔術史の分類に……」
「待て」
アレクサンダーが遮った。
セレスティーナが不思議そうに瞬きをする。
「まだ明日の担当も決めてないだろ」
「あ……申し訳ございません」
「謝らなくていい。ただ、今から全部決めなくてもいいんだ」
「はい」
セレスティーナは素直に頷いた。
その隣で、ミアが小さく笑っている。
「セラ様、楽しみなんですね」
「はい。少しでもお役に立てるのでしたら、とても嬉しいです」
そう答えるセレスティーナの顔は、実に晴れやかだった。
アレクサンダーは思わず苦笑する。
頼まれるのが嬉しい。
調べることができるのも嬉しい。
そして、役に立てるなら、どこまでも頑張ってしまう。
その性質を、今さら変えようとは思わない。
ただ、こちらがきちんと考えて頼まなければならないのだ。
「それで、ジーク」
アレクサンダーは向かいの席へ目を向けた。
「お前には、現地の地理と安全面を見てほしい」
「分かった。街道や砦の位置なら、騎士科の資料も使えると思う」
ジークバルトは頷き、机上の地図を引き寄せた。
「ただ、実際に行くとなれば、地図だけでは分からないこともあるな」
「ああ。その場合は王城に相談する。父上からも、必ず護衛をつけるよう言われてる」
「それなら安心だ」
ジークバルトは地図に目を落とし、少し考えた。
「それと、図書室の調査が終わる時間も教えてくれ」
アレクサンダーが顔を上げる。
「何でだ?」
「時間になっても戻ってこなかったら、迎えに行く」
「……頼む」
即答だった。
セレスティーナが少し首を傾げる。
「あの、わたくし、時間は守るつもりでおりますが……」
「分かってる」
ジークバルトは落ち着いて答えた。
「念のためだ」
「そうなのですね」
セレスティーナは納得したように頷いた。
その横で、ミアが笑いをこらえている。
「ミアもだぞ」
アレクサンダーが言うと、ミアは目を丸くした。
「私もですか?」
「ああ。セレスティーナと一緒になって夢中にならないようにな」
「……気をつけます」
ミアは少し照れたように笑った。
トビアスが咳払いを一つする。
「では、調査の分担を決めましょうか」
机の上に、新しい紙が広げられた。
王城から取り寄せる資料は、アレクサンダーとトビアスが担当する。
建国期の魔脈や魔術関係の文献は、セレスティーナとミア。
南部の地形や砦、街道に関する情報はジークバルト。
それぞれが調べた内容を持ち寄り、共通点がないか確認することになった。
もちろん、全員が学院の授業を優先する。
調査の時間もあらかじめ決め、進捗がなくても、その日の分はそこで終わりにする。
「では、明日は図書室で二時間ほど確認いたしますね」
セレスティーナが言った。
「ああ。それでいい」
「もし、関連する文献が見つかりましたら、翌日も続きを確認してよろしいでしょうか」
「それは、そのとき相談しよう」
「かしこまりました」
「あと、見つかった本を全部持ち帰らなくていいからな」
「……はい」
「今、何冊くらい考えてた?」
「いえ、その……」
セレスティーナは少し視線を泳がせた。
「必要なものだけを、と思っておりました」
「何冊?」
「……まだ、確認しておりませんので」
答えになっていなかった。
アレクサンダーがトビアスを見ると、トビアスは静かに頷いた。
「貸出冊数にも、上限を設けましょう」
「そうだな」
「まあ」
セレスティーナが、ほんの少し残念そうな顔をした。
その様子に、とうとうミアが声を立てて笑った。
「セラ様、本がお好きですものね」
「はい。ですが、今回は調査ですので……」
「うん。だからこそ、少しずつ進めような」
アレクサンダーが言うと、セレスティーナはしばらく考え、それから柔らかく微笑んだ。
「はい。皆様とご一緒に、進めてまいります」
その言葉に、アレクサンダーも頷いた。
窓の外では、午後の陽が少しずつ傾いている。
机の上には、南部の地図と、これから調べるべき項目が並んでいた。
魔の森周辺で見つかった三つの異常。
五月に学院裏の森で起きた現象。
建国期の聖女と、地下を流れるという魔脈。
そして、二年後に迫っているかもしれない厄災。
それぞれが本当に関係しているのか、今はまだ分からない。
ただ、王城でも調査が進められており、自分たちにも調べられることがある。
アレクサンダーは、机を囲む四人を見渡した。
誰か一人が、すべてを背負う必要はない。
それぞれが得意なことを持ち寄り、分からないことは相談する。必要なら、大人たちの力も借りればいい。
五月に学院裏の森へ向かったときも、学院祭の日も、そうしてきた。
ただ、今回は少し違う。
誰かが危険に晒されてから動くのではなく、これから起こるかもしれないことに備えるための調査だった。
「じゃあ、まずは一週間やってみよう。それで、何が分かったか確認する」
アレクサンダーが言うと、四人が頷いた。
「はい。よろしくお願いいたします」
セレスティーナが嬉しそうに答える。
その隣で、ミアも笑っていた。
トビアスは早速、調査の予定を書き込み始め、ジークバルトは地図に目を落としている。
アレクサンダーはその様子を眺め、少しだけ笑った。
父王から与えられたのは、何かを解決しろという命令ではなかった。
王族として、自分にもできることを考えてみなさいという、ひとつの課題だ。
答えが見つかるかどうかは、まだ分からない。
それでも、こうして皆と考えられるのなら、きっと何かは見つけられるだろう。
「……あ、そうだ。セレスティーナ」
「はい?」
「図書室に行く前に、ちゃんと昼食は食べておけよ」
「もちろんでございます」
セレスティーナは少し不思議そうに答えた。
「午後の授業が終わってから参りますので、昼食は済んでおりますが……」
「ああ、そうだったな」
アレクサンダーは頷いた。
「じゃあ、夕食に遅れないように」
「かしこまりました」
「本を読みながら食べようとか考えるなよ」
「……はい」
また、返事が遅れた。
アレクサンダーは天井を仰いだ。
「……トビアス」
「はい」
「やっぱり、ジークに迎えに行ってもらおう」
「賛成です」
「俺もそのつもりだ」
ジークバルトが当然のように頷く。
「まあ、皆様……」
セレスティーナは少し困ったように微笑んだ。
けれど、嫌がっている様子はなかった。
ミアが隣からそっと手を重ねる。
「一緒に夕食へ行きましょうね、セラ様」
「……はい、ミア様」
セレスティーナは嬉しそうに頷いた。
その笑顔を見て、アレクサンダーはようやく肩の力を抜いた。
どうやら今回の調査も、調べる内容だけでなく、仲間たちの様子をよく見ておく必要がありそうだった。




