11-1 届いた報告
学院祭が終わってから、五日が過ぎた。
中庭に並んでいた色とりどりの飾りはすっかり取り払われ、特設の舞台があった場所にも、いつもの芝生が広がっている。廊下を行き交う生徒たちの話題も、学院祭の思い出から次の授業や課題へと移り始めていた。
セレスティーナは、そんな学院の風景を少しだけ名残惜しく眺めていた。
あの日、皆で準備したお茶会は、最後まで手伝うことができなかった。けれど、花も茶も好評だったと聞いている。ノエルとコレットも、今では以前と変わらない様子で授業を受けていた。
何より、二人とはまたお茶を飲む約束がある。
そのことを思い出すと、自然と口元が緩んだ。
「セラ様?」
隣から声をかけられ、セレスティーナは顔を上げた。
ミアが教科書を閉じながら、不思議そうにこちらを見ている。
「何か、いいことがあったんですか?」
「いいえ。ただ、先日の学院祭のことを思い出しておりました」
「ああ、楽しかったですね」
ミアも笑った。
「途中で大変なことになってしまいましたけど、午前中のお茶会は本当に楽しかったです。ノエル様とコレット様も、また一緒に何かしたいって仰っていましたよ」
「はい。お二人のお庭のお話も、まだ途中ですので」
「絵を描いてくださるんですよね。私も楽しみです」
二人で顔を見合わせていると、前の席からジークバルトが振り返った。
「庭の絵って、何の話だ?」
「ノエル様とコレット様のご実家のお庭です。とても綺麗なんですって」
「へえ。二人とも、随分仲良くなったんだな」
「はい」
セレスティーナが頷くと、ジークバルトは少し意外そうな顔をした。それから、何か納得したように笑って前を向く。
ちょうど教師が入室し、生徒たちがそれぞれの席へ戻り始めた。
セレスティーナも教科書を開く。
学院祭の準備中は、授業の合間にも打ち合わせが入り、放課後には花や茶器を選んでいた。今は通常の時間割に戻り、午前中の共通課程を終えれば、午後はミアと魔術科の教室へ向かう。
以前と同じ毎日だった。
けれど、廊下ですれ違ったときに声をかけてくれる人が増えた。
昼食のときにも、向こうの席から手を振ってくれる。
今朝はコレットから、次の休日には庭の絵を持ってこられるかもしれないと聞いた。ノエルはまだ描き直したいところがあるらしく、少し困った顔をしていたけれど。
そうしたことを思い出すたび、学院へ通う時間が以前よりも少し楽しく感じられた。
もっとも、すべてが元どおりになったわけではなかった。
医師からは、しばらく身体強化を控えるように言われている。普段の移動には困らなくなったが、長く歩いた日の夕方には、脚が少し重くなることがあった。
そのため、セレスティーナは朝と夕方に、脚の状態をエマへ伝えることにしていた。
痛みの有無だけではなく、階段を上がるときに普段と違うところがないか。立っている間に膝が震えないか。
エマがそうしたことも確かめるようにと教えてくれたのである。
昨日は階段を下りる途中で、少しだけ脚に力が入りにくくなった。エマへ伝えたところ、夕食のあとは部屋で過ごすよう勧められた。
そのおかげか、今朝は問題なく歩けていた。
以前なら、わざわざ伝えるほどのことではないと思っていただろう。
けれど、周囲に心配をかけないためには、こうして確かめる方がよいらしい。
新しく覚えることは、まだたくさんあった。
午前の授業が終わると、セレスティーナはミアと連れ立って食堂へ向かった。
いつもの卓では、アレクサンダーとトビアスが先に食事を始めていた。
「お疲れ様です、殿下」
「ああ。今日は早かったな」
「午後の授業で使う資料を、先にお借りできましたので」
セレスティーナが鞄を置くと、アレクサンダーはそちらを一度見てから頷いた。
「重くないか?」
「はい。今日は二冊だけでございます」
「ならいいけど」
向かいでは、トビアスが笑っていた。
「殿下、最近そればかりですね」
「何が」
「鞄が重くないか、階段は大丈夫か、ちゃんと昼食を食べられるか」
「実際、先週まで歩くのも危なかっただろ」
「そうですね。確認するのは大事だと思います」
トビアスはあっさり肯定した。
「ただ、セレスティーナ嬢も、聞かれたことにはきちんと答えているでしょう」
「……そうだな」
セレスティーナは席に着きながら、二人のやり取りを聞いていた。
「本日は、階段でも問題ございませんでした」
アレクサンダーがこちらを向く。
「そうか」
「はい。エマにも、朝はそのようにお伝えしております」
「なら、帰ってからも確認しておけよ」
「かしこまりました」
それで話は終わった。
ちょうどジークバルトが食堂へ入ってきて、五人が揃う。午後の実習で使う訓練場が一部閉鎖されているらしく、騎士科では予定を変更することになったという。
「何かあったんですか?」
ミアが尋ねる。
「さあな。昨日の訓練で、地面がえらく抉れたらしい。修復が終わるまで使えないんだと」
「ジークがやったわけじゃないの?」
トビアスが聞くと、ジークバルトは眉を上げた。
「なんで俺だと思うんだよ」
「前にも訓練用の柱を折っていたでしょう」
「あれは古かったんだって」
アレクサンダーが笑い、ミアもつられて口元を押さえた。
セレスティーナは、訓練場の地面を元へ戻すなら地属性の魔術が使えるのではないかと考えたが、すでに修復の手配はされているらしい。
自分が手伝わなくても、問題はない。
そう考えてから、目の前の魚料理へ手を伸ばした。
少し前までなら、誰かの役に立てるかもしれないと考えたところで、そのまま申し出ていた気がする。
今は、必要な人がきちんと作業を進めているのなら、それでよいのだと分かる。
今日の魚は、柑橘の香りがして、とても美味しかった。
午後の授業を終えた頃、廊下には夕方の柔らかな光が差し込んでいた。
ミアと魔術科の教室を出ると、ちょうどノエルとコレットが階段の方から歩いてくるところだった。
「セレスティーナ様、ミア様」
先に気づいたコレットが足を止める。
「こんにちは。今日はもう授業が終わられたのですか?」
「はい。これからラウンジへ参ります」
セレスティーナが答えると、ノエルは抱えていた薄い冊子を少し持ち直した。
「私たちも今日は終わりです。あの、セレスティーナ様。お約束していた絵なのですが……」
「はい」
「もう少しだけ、お時間をいただいてもよろしいでしょうか」
申し訳なさそうな声だった。
セレスティーナは少し驚いた。
「もちろんでございます。急いでおりませんので」
「ありがとうございます。庭の奥の方が、どうしてもうまく描けなくて」
「ノエルは丁寧に描きすぎるのよ」
コレットが笑いながら言う。
「私なら、もうこれで十分だと思うのだけれど」
「だって、せっかく見ていただくんだもの」
「では、今度こそ完成したら、お持ちしますね」
セレスティーナは頷いた。
「楽しみにしております」
二人が嬉しそうに微笑む。
その顔を見て、セレスティーナも少しだけ頬を緩めた。
以前、学院祭の準備をしていたときにも、こうして花の配置を相談したことがある。
あの頃は、上手にできるかどうかが気になっていた。
今は、絵を見せてもらうことも、そのときにまた話せることも、どちらも楽しみだった。
「では、また明日」
「はい。また明日、お会いしましょう」
二人と別れ、ミアと並んでラウンジへ向かう。
途中でミアが、ふと思い出したように言った。
「セラ様、ノエル様たちとお話ししているとき、とても楽しそうですね」
「そうでしょうか」
「はい。お二人も嬉しそうです」
セレスティーナは少し考えた。
確かに、楽しい。
二人は、知らないことをたくさん教えてくれる。故郷の庭や、季節ごとの花、家で作る焼き菓子のこと。これまで読んできた本とは違って、実際に見た景色や、そこで暮らす人々の話を聞ける。
「お話ししていると、時間が早く過ぎるように感じます」
「ふふ。私もです」
ミアが笑う。
「今度、皆でゆっくりお茶をいただきたいですね」
「はい」
セレスティーナは頷いた。
そのような時間が、またあればよいと思った。
ラウンジの扉を開けると、アレクサンダーが窓際の卓に座っていた。
トビアスも隣にいる。
いつもなら茶器や菓子の皿が並ぶ卓には、今日は大きな地図と、数枚の書類が置かれていた。
アレクサンダーが顔を上げる。
「ちょうどよかった。二人とも、少しいいか」
その声が普段よりも落ち着いていたので、ミアはすぐに頷いた。
「はい。何かあったんですか?」
「王城から報告が来た」
アレクサンダーは二人が席に着くのを待ち、卓上の地図を広げた。
描かれていたのは、王国の南部だった。
大河から分かれる支流と街道、その先に点在する村や砦。さらに南側には、深い森を示す緑色の塗りが広がっている。
魔の森に近い地域である。
「先月の森の件を覚えてるな」
「はい」
ミアがすぐに答えた。
セレスティーナも頷く。
学院裏の森で、倒しても減らない魔物が現れていたこと。
その奥に、地下から湧き上がるような奇妙な魔力が溜まっていたこと。
そして、ミアが光魔法を使うと、滞っていた魔力が大地の下へ流れていったこと。
あの現象については、五人で話し合ったあと、王城へ報告していた。
「似たような場所が、ほかにも見つかったらしい」
アレクサンダーが地図の上へ指を置いた。
三か所に、小さな印がついていた。
「魔の森の周辺だ。南の砦から報告が上がってきた。どこも、周囲に比べて妙に魔力が濃い場所があるらしい」
ミアが身を乗り出す。
「学院の森と、同じなんでしょうか」
「そこまでは、まだ分かってない」
アレクサンダーは書類を一枚引き寄せた。
「最初の報告は、魔物が増えているって話だった。砦の巡回隊が、いつもより北側で魔物を見かけるようになったらしい」
「それが、この三か所と関係しているんですか?」
「可能性はある。調べてみたら、魔力の濃い場所が見つかったんだそうだ」
トビアスが別の書類を広げる。
「正確には、三か所とも状況が少し違います。一つは森の中の窪地。もう一つは沢の近く、三つ目は古い街道から少し外れた場所です。どれも地表付近に魔力が滞留していると書かれていますが、地下から噴き出しているかどうかは確認できていません」
「魔物による被害は……?」
ミアの声が少し小さくなった。
アレクサンダーは首を振った。
「今のところ、人が襲われたって報告はない。村の近くではぐれ魔物が増えたって話はあるけど、砦の連中が警戒を強めてる」
「そうですか……」
ミアはほっと息を吐いた。
セレスティーナも地図へ目を落とす。
三つの印は、互いに離れていた。
学院裏の森で見つけた魔力は、窪地の中央に集まっていた。何日も通って魔物を倒しても、次の休日にはまた新しい魔物が現れていた。
結局、魔物を探して倒すことだけでは、終わらなかった。
ミアが奥へ進み、溜まった魔力へ光を向けて、ようやく変化が起きたのだ。
「あのときのものに似ておりますね」
セレスティーナが言うと、アレクサンダーは頷いた。
「俺もそう思った。だから、お前たちに聞きたかったんだ」
ジークバルトが少し遅れてラウンジへ入ってきたのは、そのときだった。
「悪い。訓練場の片づけが長引いた」
「ちょうど始めたところだ。こっちへ来てくれ」
アレクサンダーが椅子を指す。
ジークバルトは剣帯を外して腰を下ろし、地図を覗き込んだ。
「南の砦か?」
「魔力の異常が三か所で見つかった」
トビアスが手短に説明すると、ジークバルトは印を一つずつ確かめた。
「この辺りなら、砦から巡回隊を出せるな。けど、沢の方は街道から遠いぞ」
「そうなんだ。調査に入るにしても、道を確認する必要がある」
トビアスは頷いた。
「ただ、今は原因を調べている段階だからね。勝手に奥まで踏み込むわけにはいかない」
その言葉に、セレスティーナは小さく頷いた。
まず状況を確認する。
必要なことを報告し、誰が何をするか決めてから動く。
五月の森でも、学院祭の日にも、仲間たちから教わったことだった。
「ミア」
アレクサンダーが呼びかけた。
「お前が森で感じたものと、似てると思うか?」
ミアは少し困った顔になった。
「文章だけでは、何とも……。あのときは、近くに行って初めて、何かおかしいと分かったんです」
「そうだったな」
「でも、魔力が溜まっているというところは似ていますね。もし同じものなら、私にも何かできるかもしれません」
「それは、そうかもしれない」
アレクサンダーはすぐには頷かなかった。
「ただ、今すぐ現地へ行ってくれって話じゃないからな」
「はい。分かっています」
ミアは素直に頷く。
その様子に、ジークバルトが少し笑った。
「前なら、行けるなら行きたいって言ってそうだな」
「今も、行って確かめられるならそうしたいですけど」
ミアは笑顔のまま答えた。
「でも、危険かもしれませんから。ちゃんと調べてからの方がいいですよね」
「そういうことだ」
アレクサンダーは満足そうに頷いた。
セレスティーナも、そのとおりだと思った。
魔力が溜まっているだけなら、どのような危険があるのか分からない。
仮にあの森と同じ現象であっても、ミアが同じように処理できるとは限らない。
それに、遠い場所であれば、移動だけでも時間がかかる。
きちんと調べてから向かった方がよいだろう。
「セレスティーナはどう思う?」
アレクサンダーの声に、セレスティーナは顔を上げた。
「お前、前に魔脈の話をしてただろ」
「はい。建国期の伝承にございました」
「今回の報告も、それと関係ありそうか?」
セレスティーナは、もう一度地図を見た。
地下を流れる力。
地表へ溢れた魔力。
そして、聖女がその流れを鎮めたという古い物語。
学院の森で見た現象は、確かに伝承とよく似ていた。今回の三か所についても、同じ仕組みで説明できる可能性はある。
「似た現象ではないかと思います。ただ、伝承に記されていたものと同じかどうかは、まだ分かりません」
「そうだよな」
「地形も異なりますので、魔力の流れが同じようになっているとは限りませんし……」
そこまで言いかけて、セレスティーナは言葉を止めた。
何かが、記憶の端に引っかかった。
地面から溢れ出す魔力。
そのようなものを、以前にも見たことがある。
学院裏の森とは別に。
もっと大きな、何か。
セレスティーナは目を伏せた。
頁が、浮かんだ。
白い余白に囲まれた絵。
暗い空と、建物の並ぶ街。
その上に広がっていた、何か眩しいもの。
大きな魔力の流れ。
そこには、ミアがいた。
けれど、ほかに何が描かれていたのか。
誰が何を言っていたのか。
頁の前後が、うまくつながらない。
「……セレスティーナ?」
アレクサンダーに呼ばれ、セレスティーナは顔を上げた。
「申し訳ございません。少し、思い出したことがございます」
四人の視線が集まる。
ミアは急かすことなく、そっとこちらを見ていた。
「夢のことでございますが……」
セレスティーナは慎重に言葉を選んだ。
「以前、ミア様が大きな魔力の流れに関わっていらっしゃる場面を、見たことがあるように思います」
アレクサンダーの表情が変わった。
「大きな魔力の流れ?」
「はい。地面から、非常に多くの魔力が溢れていたような……」
「場所は分かるか?」
セレスティーナは記憶を辿った。
建物があった。
街のようなものが描かれていた気がする。
しかし、それがどこの街だったのか、覚えていない。
地図も、地名も浮かばなかった。
「……申し訳ございません。はっきりとは」
「どのくらい大きかった?」
トビアスが尋ねる。
「学院裏の森よりも、ずっと大きかったように思います」
「三か所のうちのどこか、という可能性は?」
「それも、分かりません。今のお話を伺って、似たものがあったと思い出しただけですので」
セレスティーナは膝の上で指を重ねた。
漫画の終わりの方だった。
そう思う。
ミアが何かを成し遂げ、大勢の人々が喜んでいたような気がする。
けれど、何が起きて、どうしてそうなったのか。
その部分は思い出せなかった。
そもそも、読んだ頁のすべてが夢に現れるわけではない。以前も、ミアが森へ入った理由を、ずっと後になって知った。
知っていると思っていた出来事に、知らない事情があることも分かった。
今回も、そうなのかもしれない。
「わたくしの記憶が確かではございませんので、あまりお役には立たないかと……」
「いや、十分だ」
アレクサンダーがすぐに答えた。
セレスティーナは顔を上げた。
「似たことが、もっと大きな規模で起きるかもしれないって分かった。それだけでも、調べる理由にはなる」
「ですが、別の出来事かもしれません」
「もちろん、その可能性もある」
トビアスが頷いた。
「だから、今は事実として扱わず、参考情報として残しておこう。場所も時期も分からないなら、そこから直接調査することはできないけれど、今後の報告と照らし合わせることはできるから」
「……はい」
「ほかに思い出せることがあったら、そのときに教えてください。無理に思い出そうとしなくても大丈夫です」
トビアスは紙を一枚取り出し、セレスティーナが話した内容を書き留めた。
その横で、ミアが地図を見つめていた。
「大きな魔力の流れ、ですか……」
「何か気になるか?」
アレクサンダーが尋ねる。
「いえ。ただ、あの森で見たものが、ほかにもあるなんて思っていなかったので」
ミアは、ゆっくりと自分の手を開いた。
「あのとき、光を使ったら、引っかかっていたものがなくなったような気がしたんです。それで魔物だった動物たちも、元へ戻ったんですよね」
「そうだな」
「でも、同じものが三か所もあるなら……その場所にも、魔物になってしまった動物がいるかもしれません」
セレスティーナは、森で見た小さな身体を思い出した。
魔物を倒したあとに残っていた、普通の動物たち。
あの動物たちは、もともと魔物だったわけではなかったのかもしれない。
「そうでございましたら、ミア様のお力で、元に戻していただける可能性もございますね」
「はい」
ミアが微笑んだ。
「でも、まずは本当に同じものなのか、調べないといけませんね」
セレスティーナも頷いた。
「わたくしも、魔脈について、もう少し調べてみたいと思います」
「それなら、前に話していた建国期の記録から探してみようか」
トビアスが言った。
「セレスティーナ嬢が読んだという本の書名は、分かった?」
「はい。公爵家からお返事をいただいております」
セレスティーナは鞄から手帳を取り出した。
森の調査を終えたあと、実家の書庫へ問い合わせていたのだ。該当する本の名と、編纂された年代について、数日前に返事が届いていた。
その頁を開き、トビアスへ見せる。
「こちらでございます」
「ありがとう。ずいぶん古い本だね」
「はい。建国期の記録を、後世にまとめたもののようです」
トビアスは書名を書き写しながら、何か考えている様子だった。
「これなら学院の図書室にも、関連する文献があるかもしれない。魔術科の資料室と、歴史関係の書庫も見てみよう」
「王城の方でも調べられるかもしれないな」
アレクサンダーが言った。
「父上には、先月の報告を送ったときに資料の調査も頼んである。今回のことも含めて、改めて聞いてみる」
「俺は現地のことを調べておくか」
ジークバルトが地図を指した。
「この三か所、どこまで人が入れるのか分からないだろ。砦の位置と、街道からの距離だけでも確かめておきたい」
「そうだね。調査に必要な人員や移動経路も、分かる範囲で整理しておこう」
トビアスは新しい紙を取り出した。
アレクサンダーが王城へ確認すること。
トビアスが過去の報告や記録を整理すること。
ジークバルトが現地の地理と安全性について調べること。
セレスティーナとミアが、魔脈に関する文献を探すこと。
一つずつ、役割が決まっていった。
「何か見つかったら、俺たちにも教えてくれ」
アレクサンダーが二人へ言った。
「分かったことだけじゃなくて、気になったことでもいい。前みたいに、一人で確認に行くのはなしだからな」
「承知しております」
セレスティーナはすぐに頷いた。
「今回は、まず皆様へお伝えいたします」
「ああ。それで頼む」
ミアも隣で頷いた。
「私も、何か分かったらお話しします」
「よろしく頼む」
アレクサンダーは地図を畳み始めた。
話し合いが終わると、張り詰めていた空気が少し和らいだ。
ジークバルトが茶の用意を頼み、ミアは卓の端に残っていた菓子の皿を中央へ寄せる。
「そういえば、今日はまだお菓子をいただいていませんでしたね」
「話し始めたら、すっかり忘れてたな」
ジークバルトが笑う。
トビアスは書類を揃えながら、アレクサンダーへ目を向けた。
「殿下。王城への問い合わせは、明日の午前でよろしいですか?」
「そうだな。今日はもう遅いし、急ぎの被害報告もない。明日、改めて確認してくる」
「分かりました。こちらも、それまでに資料を整理しておきます」
いつもの会話が戻ってきた。
ミアが茶を受け取り、ジークバルトが午後の訓練であったことを話し始める。アレクサンダーはその話に呆れた顔をし、トビアスは笑いながら書類を鞄へ収めた。
セレスティーナは、自分の前に置かれた菓子を一つ取った。
薄く焼かれた生地に、甘い木の実が挟まっている。
美味しい。
そう思いながら、もう一度、畳まれた地図へ目を向けた。
魔の森の近くに、三つ。
学院の森で見たものと似た現象が、ほかにも存在する。
そのことは、少し気になった。
夢で見た大きな魔力の流れが、今後どこかで現れるのだろうか。
けれど、それがいつ、どこで起こるのかは分からない。
今できるのは、仲間たちと一緒に調べることくらいだ。
セレスティーナは手帳を開き、明日探す本の名前を確かめた。
その横では、ミアが茶を飲みながら、ジークバルトの話に笑っている。
その顔を見て、セレスティーナも微笑んだ。
ミアが困ることが、少しでも減ればよい。
そう思った。
翌日の予定に、図書室での調査が加わった。
以前なら、新しく仕事ができたことだけで嬉しかっただろう。
今は、一緒に調べる仲間がいて、終わればまたお茶を飲める。
分からないことを持ち寄って、皆と相談することもできる。
そのどれもが、楽しみだった。
「セラ様、こちらのお菓子も美味しいですよ」
ミアが別の皿を勧めてくれる。
「ありがとうございます、ミア様」
セレスティーナは手帳を閉じ、差し出された菓子を受け取った。
窓の外では、夕日が学院の屋根を赤く染めていた。
南の森で起きていることは、まだ誰にも分からない。
けれど今は、明日になれば新しい本を探せる。
セレスティーナはそれを楽しみにしながら、もう一口、甘い菓子を食べた。




