10-4 夢の中のミア
六月に入ると、学院のあちこちに、学院祭の気配を感じられるようになった。
廊下の掲示板には三年生の発表予定が並び、食堂でも、どこへ見に行くかを相談する声が聞こえてくる。新入生たちは案内を覗き込み、上級生に場所を尋ねていた。
セレスティーナたちの教室にも、当日の担当表が掲示されていた。授業の合間に誰かが確かめに行き、そのまま近くの生徒と段取りを話し始める。
以前なら、席へ着いて教科書を開いていた時間に、声をかけられることが増えた。
「セレスティーナ様、おはようございます」
その日も、教室へ入ったところでコレットが振り返った。肩口で結んだ紅茶色の髪が、元気よく揺れる。
「おはようございます、コレット様」
「ノエルが、昨日の花の配置を書き直してきたんです。後でご覧いただいてもよろしいでしょうか」
隣のノエルが手帳を胸へ寄せ、少し困ったように笑った。
「書き直したというほどではないの。忘れないうちに、描いておこうと思っただけで」
「それでも、私のよりずっと分かりやすいわ」
セレスティーナは二人へ歩み寄った。
開かれた頁には丸卓が描かれ、中央の花器と、端に置く一輪挿しの位置が記されていた。色まで添えられていて、どの花を選んだのか、すぐに分かる。
「とても綺麗にお描きになったのですね」
「ありがとうございます。実際に並べるときに、迷わずに済むかと思いまして」
「はい。わたくしも、こちらを見せていただければ安心です」
ノエルの深緑の瞳が、少し明るくなった。
そこへミアが来て、手帳を覗く。花の色を褒め、当日は自分も見せてもらいたいと言った。四人で話していると、前の席からアレクサンダーが振り返る。
「そろそろ始まるぞ」
教室の前には、もう教師が来ていた。
セレスティーナは礼を言い、自分の席へ向かった。隣へ座ったミアが、小さく笑う。
「後で、また見せていただきましょうね」
「はい」
教科書を開いてからも、口元には少しだけ笑みが残っていた。
お茶会の準備も、少しずつ本番に近づいていた。
茶と菓子の組み合わせが決まり、卓へ掛ける布も揃った。花は当日の朝に運ばれるが、花器は先に並べ、給仕のときに邪魔にならないかを確かめておく。
客を迎える者、茶を注ぐ者、皿を運ぶ者。最初には別々に練習していた動きが、今は一つにつながっていた。
「こちらのお客様は、甘いものを中心にしたお皿でございます」
セレスティーナが伝えると、コレットが頷き、献立へ印をつける。ノエルは茶の希望を確かめ、窓際に置かれたポットへ向かった。
ミアは客役の生徒と話していた。
初めには会話が途切れるたび、こちらを見ていたが、今は相手の返事を聞いて、自分から次のことを尋ねている。故郷の話になると、知らない地名を聞き返し、楽しそうに頷いていた。
皿が届くと、客役の生徒が笑った。
「本番でも、こちらをいただけるのですね」
「はい。今日は、盛りつけまで見ていただくそうです」
ミアの声も明るい。
白い皿には、小さなタルトとケーキ、それから果実を添えた菓子が、色よく並べられていた。前に試したときより、一つずつの大きさが少し違う。組み合わせていただく皿として、改めて整えられたのだという。
練習を終えた後には、四人にも一皿ずつ用意された。
「これなら、お客様にお出しする前に迷わずに済みますね」
コレットが皿を見ながら言う。ノエルは、タルトの隣へ置かれた菓子をそっと見比べた。
「同じものでも、並べ方でずいぶん変わるのですね」
「はい。こちらの果実の色があると、明るく見えますね」
セレスティーナが答えると、ミアも身を寄せてきた。
「最初に見たときも綺麗でしたけど、一皿になると、もっとお茶会らしいです」
四人で少しずついただき、給仕で困ったところや、当日に気をつけたいことを話した。
コレットは、皿を置く場所ばかり見ていたら、客役の生徒から尋ねられたことを聞き逃しかけたという。ノエルは、注ぐ前に茶の種類をもう一度確かめると、緊張していても間違えずに済んだと教えてくれた。
セレスティーナにも、二人から質問があった。
答え終わっても、話は途切れなかった。菓子の果実が故郷で採れるものに似ているという話になり、そこから、夏に庭へ来る鳥の話へ移っていく。
何かをお教えしなくても、ここにいてよいらしい。
セレスティーナは茶を一口いただき、ノエルの話へ耳を傾けた。
「熟れる前に取ってしまえばよいのに、父は、少しくらい残しておきなさいと申します」
「ノエルのお父様、鳥にもお優しいのね」
「でも、お母様は、せめてこちらの木の分はジャムするのにほしいって」
コレットが笑い、ミアも笑った。
セレスティーナも、つられて口元を緩める。次の練習が最後になると聞いたとき、当日への楽しみと一緒に、少しだけ惜しいような気持ちがあった。
学院祭の前日、会場のホールには、決めておいた布が掛けられた。
白いクロスの上に淡い色が重なり、椅子を整えるだけで、いつもの講義室とは違って見える。入口には案内を置く台が運ばれ、壁際には、給仕に使う品が揃えられていた。
トビアスは一覧と品物を照らし合わせ、ジークバルトは入口から卓まで歩いて、通り道を確かめている。
「ここ、もう少し空けた方がいいか?」
「お客様が立ち止まられますから、その方がよろしいかと」
セレスティーナが答えると、ジークバルトは近くの生徒に声をかけ、案内台を少し動かした。
アレクサンダーは、男性客を迎える生徒たちと話していた。一通り終えるとこちらへ来て、卓の上を見回す。
「ちゃんと形になるものだな」
「最初から、なる予定でしたよ」
ミアが言った。
「最初は、お前も随分困ってただろ」
「それは、私がちゃんとできるか心配だったからです。お茶会ができないと思っていたわけじゃありません」
「今はできるのか?」
少しからかうような問いに、ミアは一瞬だけ口を結んだ。それから、セレスティーナへ目を向ける。
「……練習しましたから」
「ええ。ミア様は、お客様のお話をよく聞いていらっしゃいますもの」
「ほら」
ミアがアレクサンダーを見る。
アレクサンダーは笑って、分かったよと答えた。
そのそばへ、コレットが空になった箱を抱えて来た。ノエルも布の包みを持っている。
「こちらを戻してまいります。セレスティーナ様、明日もよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
「お客様に、楽しんでいただけるといいですね」
ノエルの言葉に、セレスティーナは頷いた。
「はい。皆様にも、楽しい一日になりますように」
二人は嬉しそうに礼をし、並んでホールを出ていった。
セレスティーナは、その背中を見送った。
この学院祭を、前にも見た気がする。
白い卓。花を飾った部屋。華やかな服を着た生徒たち。漫画の中にも、似た風景があった。
その中で、ミアは笑っていなかった。
慣れない作法を指摘され、誰かに話しかけられても、答える前にセレスティーナの顔を窺っていた。周りの生徒も、その様子を見て、ミアに何を頼めばよいか分からなくなってしまう。
場面の細かな順序までは、思い出せない。けれど、ミアが誰かの邪魔にならないようにと、端へ下がっていた姿は覚えていた。
「セラ様?」
呼ばれて顔を向けると、すぐ隣にミアがいた。
「明日は、少し早めに来ましょうね。花が入ったところも、見たいです」
桜色の瞳が、楽しそうに細められる。
今のミアには、役目がある。尋ねてくる人も、一緒に笑う人もいる。
セレスティーナが、あのようなことをしなければよい。このまま皆と準備したとおりに過ごせば、楽しい一日になるのではないだろうか。
「はい。ご一緒に参りましょう」
答えると、ミアは嬉しそうに頷いた。
セレスティーナも、微笑んだ。
その夜、夢を見た。
花を飾った部屋から、ミアが出ていく。
背後では、まだ話し声がしていた。皿の触れ合う音も、誰かの笑い声も聞こえる。それなのに、ミアは振り返らなかった。
その前の頁に、セレスティーナの言葉があった。
ここにいらしても、お役に立てないでしょう。
皆の前で失敗を指摘し、任されていた役目からも遠ざける。ミアが何かを言おうとしても、聞こうとはしなかった。
廊下へ出たミアは、向こうから来る生徒を見て足を止めた。胸の前で手を握り、脇へ寄る。
ほかの部屋からも、楽しそうな声がしていた。そこへ入れば、また誰かと話さなければならない。何をしても、誰かに見られている気がしてしまう。
少しだけ、一人になりたい。
ミアの顔のそばに、その言葉があった。
次の場面では、もう建物の外にいた。
学院の外れへ続く細い道。植え込みの向こうから伸びてきた腕。
ミアが顔を上げる。
相手の顔は見えなかった。肩と腕、ミアの口を覆う手。その次には、開いた馬車の扉があった。
足が地面から離れ、暗い内側へ押し込まれる。声を上げようとした顔だけが、大きく見えた。
また、頁が変わった。
暗い部屋に、ミアが座っていた。窓は高く、扉は閉じられている。そばには、ほかにも人がいた。身を寄せ合っている者。床へ横になっている者。
ミアが誰かへ手を伸ばす。
その顔は、ひどく怯えていた。
そこから先は、幾つかの場面が途切れ途切れに続いた。閉ざされた扉。近づく足音。顔の描かれていない男の背中。
何が話されていたのかを読む前に、次へ移ってしまう。
やがて、扉の向こうで何かが壊れた。
アレクサンダーの声がして、ジークバルトが部屋へ駆け込んでくる。トビアスもいた。
ミアは助けられた。
アレクサンダーの姿を見た途端、張り詰めていた顔が崩れる。何かを言おうとして、それより先に、涙が頬を伝った。
最後に見えたのは、建物の外だった。
ミアを支えるアレクサンダー。その肩越しに、低く傾いた陽が見える。空も、道も、夕陽の色に染まっていた。
セレスティーナは、弾かれるように身を起こした。
掛け布が膝から滑り落ちる。目の前には天蓋があった。扉も、窓も、いつもの部屋のものだったが、胸はまだ速く打っていた。
胸に手を当てて息を吸い、ゆっくり吐く。寝台脇の時計を見ると、いつも起きる時刻より、少し早いだけだった。
もう、朝になる。
セレスティーナは掛け布を退け、寝巻きのまま机へ向かった。まだ覚えているうちに、書き留めなければならない。
手帳を開き、学院の外れへ続く道を描いた。植え込みと、馬車の扉。ミアが閉じ込められていた部屋には、高い窓があった。ほかにも、捕らわれた人がいた。
助け出されたときには、夕陽が見えていた。
そこまで書いて、筆が止まった。
いつ、攫われたのだろう。
男は何人いたのだろう。馬車はどちらへ走り、あの部屋はどこにあったのだろう。
目を閉じて思い返しても、浮かぶのは同じ幾つかの場面だけだった。ミアの顔が大きく描かれたところでは、周りの景色がほとんど見えない。場面と場面の間に、どれだけ時間が過ぎたのかも分からなかった。
夢を見るのでしたら、もう少し、お役に立つことを見たかった。
そう思ってから、セレスティーナはもう一度、最後の場面を思い浮かべた。建物の形や道の先に、何か見覚えのあるものはなかっただろうか。
何も、出てこなかった。
ペンを握ったまま、唇を噛む。
また、わたくしのせいだった。
ミアが人のいる場所を避けたのは、そこで気を張らずにはいられなくなっていたからだ。誰も見ていないところで、少し息をつきたかったのだろう。
そのようにしてしまったのは、自分だった。
昨日のミアは、明日を楽しみにしていた。皆で選んだ花を、一緒に見ようと言ってくれた。
あの笑顔の後に、あんな顔をさせてはいけない。
セレスティーナは手帳を見下ろした。書けたことは少ない。分からないことの方が、ずっと多かった。
それでも、意味はあるはずだった。
攫われる前の道は分かる。今日、ミアがそこへ近づかなければ、変えられるかもしれない。皆にも先にお伝えすれば、ほかにできることを考えてくださる。
意識して呼吸をゆっくりした。
ミアは優しいので、夢の中の自分がしたことを話しても、責めることはなさらないだろう。きっと、今の自分は違うと言ってくれる。
けれど、またそのようなお話をしても、困らせるだけだ。
今日は、皆が楽しみにしている日だった。
朝、きちんとお伝えしよう。分かっていることと、分からないことを、順に。
セレスティーナは手帳を閉じた。
鏡の前へ立ち、口元を緩める。眉間に力が入っていないかを確かめ、もう一度息を吐いた。いつものように挨拶をすれば、余計な心配をおかけせずに済む。
エマが来たときには、身支度を始める用意ができていた。
朝食も、出された分をいただいた。温かいものを口へ運んでも、味はあまり分からなかったが、食べられないほどではない。一口ずつ、いつもと同じように食べた。
皿が空になると、エマが茶を注いでくれた。
「今日は、長くお立ちになるのでしょう。お休みの時間もお取りくださいね」
「はい。皆様と、交代で休ませていただく予定です」
答えて、微笑む。
鞄には、書き留めた手帳を入れた。
会場には、すでに何人もの生徒が来ていた。
入口に花が飾られ、ノエルとコレットは卓上の花器を並べている。セレスティーナが挨拶すると、二人とも顔を上げ、嬉しそうに返してくれた。
ミアもすぐに来た。
「セラ様、おはようございます。お花、もう入ってますね」
「おはようございます、ミア様。ええ、とても綺麗ですね」
桜色の瞳を見て、一度、言葉が止まりかけた。
暗い部屋で怯えていた顔とは違う。今、目の前にいるミアは、昨日と同じように笑っている。
セレスティーナは笑みを保ち、アレクサンダーたちが来るのを待った。
五人が揃ったところで、そっと声を落とす。
「殿下。準備の前に、少しだけ、お時間をいただけますか。昨夜の夢について、お伝えしたいことがございます」
アレクサンダーの目が、こちらへ向いた。
「……分かった」
すぐに周りを見て、近くにいた生徒へ声をかける。
「少し警備のことで確認してくる。卓の準備は、先に進めておいてくれ」
トビアスも手元の一覧を閉じた。ジークバルトが入口へ向かい、ミアはセレスティーナの隣を離れずについてくる。
廊下を少し進んだ先に、今日は使われていない小さな講義室があった。トビアスが中を確かめ、五人が入ると扉を閉めた。
「ここなら話せるな。あまり時間はないけど、何があった?」
アレクサンダーに促され、セレスティーナは手帳を開いた。
「学院祭の日に、ミア様が攫われるお話でした」
ミアの肩が、わずかに動いた。
セレスティーナは開いた手帳を卓へ置き、覚えていることを手短に伝えた。ミアが一人で学院の外れへ向かったこと。馬車へ押し込まれたこと。ほかにも人がいる部屋へ閉じ込められ、最後には三人が助けに来たこと。
「お戻りになる場面では、夕陽が見えておりました。攫われた時刻は分かりませんが、助け出されるまでには、時間がかかっていたのだと思います」
「相手の顔は?」
トビアスに尋ねられ、首を振った。
「見えませんでした。腕や背中だけで、顔の分かる場面はございません」
「場所も、ここまでか」
アレクサンダーが、描いた道を指で辿った。
「はい。閉じ込められていた建物の場所は、分かりません」
説明を終えると、部屋が静かになった。
セレスティーナは手帳の端をなぞった。言うべきことは、お伝えできたはずだった。
ミアが、道の絵へ目を落とす。
「では、私は今日は、そこへ近づかないようにします」
「ああ。会場を離れるときも、一人では行くなよ」
アレクサンダーが答えた。
「警備の担当にも伝えさせる。あの辺りは、特に注意して見てもらおう」
「今日は、生徒の動きも普段と違いますからね」
トビアスが言った。
学院祭は、保護者を招く催しではない。客になるのも、基本的には学院の生徒や教師だった。
それでも、発表を見に行く者、お茶会を訪れる者、準備のために荷物を運ぶ者が、普段とは違う場所を行き来する。警備の騎士がいても、誰かに紛れて入った者を、必ず見つけられるとは限らない。
「ミアを知って近づく者なら、こっちが一人にしないようにするのが先だね」
「休憩で出るときは、俺たちに声をかけてくれ」
ジークバルトも言った。
「誰か一人くらい、付き添えるだろ」
トビアスが担当表を開き、休憩の時刻を確かめる。ジークバルトは、警備への連絡を済ませてから戻ると言った。
皆の話を聞いていると、少しずつ、今日するべきことが決まっていく。
セレスティーナは頷いた。
自分も、ミアのそばにいよう。あの道へ向かわれることがないように、何か気になることがあれば、すぐに皆へお伝えしよう。
「セレスティーナ」
呼ばれて顔を上げる。
「お前も、一人で確かめに行くなよ。何かあったら、すぐ呼べ」
「かしこまりました」
返事は、きちんとできた。
アレクサンダーが手帳から指を離し、トビアスが担当表を畳む。その間も、隣のミアは、じっとこちらを見ていた。
「……セラ様」
「はい」
「唇、噛んでますよ」
セレスティーナは、はっとした。
いつの間にか、また口元に力が入ってしまっていた。慌てて離すと、唇に少しだけ感覚が残った。
「……失礼いたしました」
「謝らなくていいです」
ミアの声は、静かだった。
セレスティーナは意識して息をついた。朝食もいただいた。挨拶も、説明も、いつもどおりにできたと思っていたのに。
ミアは、少し身を寄せた。いつの間にか、白くなるほど拳を握っていた右手に、温かな手が触れた。
右手をそっと両手に包まれた。
「大丈夫です。今日は、一人でそこへ行きません。知らない人についていったりもしませんから」
「…はい。ですが――」
「皆さんも、気をつけてくださいますし」
ミアが三人を見る。ジークバルトが頷き、アレクサンダーも、そうだなと答えた。
それからミアは、セレスティーナの右手を握ったまま、もう一度彼女を見た。
「先に教えてくださって、ありがとうございます」
お礼を言っていただくようなことだろうか。もっと詳しく思い出せれば、もっと早く分かっていれば、できることも多かったはずなのに。
ミアは、返事を急かさなかった。ただ隣にいて、こちらを見ている。
包まれた手が温かいと思って、そこでようやく、自分の指先が冷え切っていたのに気づいた。
「……少しでもお役に立てたなら、よかったですが」
「立っていますよ」
すぐに答えが返ってきた。
「何も知らなかったら、休憩のときに一人で歩いていたかもしれません。でも、今日はそうしません」
セレスティーナは、ゆっくり息を吐いた。
手帳に書けたことは、少なかった。
けれど、無駄ではなかった。
「……はい」
今度は、口元を動かすことを考えなくても、少しだけ笑えた。
右手を包む温かな手を、そっと握り返す。
ミアも笑った。
「今日は、楽しみにしていたんです。セラ様とも、お二人とも、あんなに練習しましたから」
「ああ。だから、戻って仕事しようぜ」
ジークバルトが扉へ向かう。トビアスも一覧を手に取り、アレクサンダーはセレスティーナとミアを見た。
「二人とも、今日は俺たちの目の届くところにいろよ」
「お客様のお相手も、ちゃんとしますよ?」
「それは分かってる」
ミアが少し笑い、アレクサンダーも口元を緩めた。
ほんの少しだけ温もりを名残惜しく思いながらミアの手をそっと離す。そうして、セレスティーナは手帳をしまった。
夢の中のミアが、すっかり頭から消えたわけではない。けれど、今、隣にいるミアの声は、ちゃんと聞こえていた。
会場へ戻ると、ノエルが花器を一つ動かしていた。
「セレスティーナ様。こちらで、よろしいでしょうか」
呼ばれて、卓へ近づく。
白いクロスの上に、皆で選んだ花が並んでいる。向かいに立つコレットの顔も、隣のミアの顔も、よく見えた。
「はい。とても素敵です」
セレスティーナが答えると、二人はほっとしたように笑った。
廊下から、新入生たちの声が近づいてくる。
セレスティーナはミアと並び、最初のお客様を迎えるために、入口へ向き直った。




