9-6 森の中の五人
「セレスティーナ!」
アレクサンダーが呼んだ時、森の奥でもう一度、大きな音がした。木が折れるような音に続いて、獣の吼え声が響く。
返事はない。
ジークバルトが先に立ち、四人は音の方へ走った。散策の小道はすぐに途切れ、木の根や茂みが行く手を塞ぐ。枝を押し分けて進むと、土の抉れた場所へ出た。
そこには、氷の欠片が散っていた。
「セラ様の魔術です」
ミアが言った。
トビアスも足を止めずに周囲を見た。折れた枝の先が焦げ、地面には新しく土が盛り上がった跡がある。何種類もの術を、ここで使ったのだ。
少し先から、また衝撃音が響く。
「向こうだ!」
ジークバルトが駆けた。
だが、音は追いつくより先に遠ざかった。木々の隙間を黒いものが横切り、その向こうで白い光が走る。姿を確かめる間もなく、今度はさらに奥で枝が折れた。
「戦いながら移動してるのか……?」
アレクサンダーは速度を上げた。木を避けて走っている自分たちより、戦闘中のセレスティーナたちの方が速い。行く先には氷に貫かれた幹があり、その先には焼けた葉が落ちていた。
間違いなく、セレスティーナがいる。
一人で、何かと戦っている。
「セラ様!」
ミアの声も、獣の咆哮に呑まれた。
トビアスがふと顔を上げる。
「今、右の方から魔力が――」
言い終える前に、右手の奥で地面が揺れた。四人がそちらへ向かうと、また少し離れたところから術の気配がする。
近づいているはずなのに、追いつけない。
アレクサンダーは木の根を飛び越えた。足元に、獣のものらしい大きな爪痕が残っている。隣には、靴底の細い跡があった。
その先で、森を震わせる轟音がした。
獣の咆哮が途切れる。
四人が木々の間を抜けた時、巨大な黒い身体が地面へ倒れたところだった。土煙が上がり、枝葉が雨のように落ちてくる。
獣は人の背よりも大きかった。首元には氷が深く刺さり、焦げた皮膚の下で、もう動く気配がない。
その前に、セレスティーナが立っていた。
息をつき、獣が起き上がらないことを確かめている。立ち姿はしっかりしていた。だが、左の袖が肩の下から裂けている。
白い腕を、血が伝っていた。
「セラ様――」
ミアが声を上げかけた。トビアスが、そっとその腕を押さえる。
「待って。今、治癒魔法を使ってる」
セレスティーナは右手を左腕へかざしていた。淡い光が傷口に沿い、裂けた皮膚が少しずつ閉じていく。
ミアは口を閉じた。邪魔をするつもりはない。ただ、目の前で血が流れているのを見て、すぐに駆け寄れないことがつらかった。
「……あれだけ出てたのに」
ジークバルトの声が低い。
傷が閉じると、セレスティーナは指を一本ずつ曲げ伸ばしした。動きを確かめ、次に水の術で腕に残った血を洗い流す。袖の内側に染みた赤も、丁寧に落とした。
何度もやったことがあるような、迷いのない手順だった。
アレクサンダーは裂けた袖を見た。エマが何度も直していた服。怪我はないと答えた時には、セレスティーナの肌に傷はなかったのだろう。
だが、それより前には。
「……毎回、こうしてたのか」
誰に聞かせるでもなく、声が漏れた。
傷を治して帰れば、エマには服だけが破れて見える。ミアたちも、何も知らずに食堂で会う。ここ一月、セレスティーナはそうしていたのかもしれない。
水を止めたセレスティーナが、袖の裂け目を摘まんだ。
「こちらは、直りませんね」
少し困ったように見つめる。
「帰りましたら、エマにお願いしましょう」
ミアが息を呑んだ。自分たちが追ってきた理由の、その答えだった。
トビアスも手を離す。治癒は終わっている。もう、声をかけない理由はない。
四人は木々の陰から出た。セレスティーナはまだ背を向け、破れた袖を気にしている。
アレクサンダーは彼女のところまで歩いた。
「セレスティーナ」
振り返ったすみれ色の瞳が、四人を見て大きく見開かれた。




