9-5 破れた袖
セレスティーナは、このところよく食べるようになった。
休日の朝も、エマが運んだ朝食をきちんと口にする。水筒と菓子を持って出かけ、昼までには戻る。食事の皿にも以前ほど残りがない。
エマが尋ねれば、夜も眠っていると言う。寝支度を手伝う頃には机を離れているので、それも本当だろう。
ただ、森へ着ていく服だけが、毎週のように戻ってくるたび傷んでいた。
最初は左の袖だった。枝に引っかけたというので縫い直し、次からは丈夫な布の探索着を用意した。それでも翌週には裾が裂けた。さらにその次は、脇腹の縫い目がほつれていた。
歩き慣れない森では、衣服が枝に触れることもある。エマにも、それくらいは分かる。けれど、同じ方が毎週のように別の場所を破って帰ってくるのは、妙だった。
「お嬢様。今度は、こちらをどこかへ引っかけられましたか」
服を受け取ると、セレスティーナは脇腹のほつれを見た。
「あら。気づきませんでした」
「お身体に、お怪我はございませんか」
「何ともございませんよ」
エマが確かめた限り、肌に傷はない。歩き方も普段と変わらなかった。昼食を出せば食べるし、午後の茶に添えた果物も喜ぶ。
それなら、服を直せば済む話なのかもしれない。
エマはほつれた箇所を指で押さえた。傷んでいるのは布だけだ。そう考えれば安心できるはずなのに、針を持つ手が少し止まった。
一月ほど前、森へ行くと聞いた時には、朝から散策をするのだと思った。探索着で出かけることには驚いたが、以前は迷宮へ行っていた方だ。歩きやすい服を選ぶのだろうと納得した。
今も、エマには森の何が危険なのか分からない。
「お嬢様、毎回、どの辺りまで歩いておいでなのですか」
次の休日の支度をしながら尋ねてみた。
「少々、森を歩いております」
「奥まで、でございますか」
「戻る時間は決めておりますよ。これまで一度も遅れておりません」
セレスティーナは安心させるように微笑んだ。確かに、昼に遅れたことはない。疲れた様子で食事を断ることもなかった。
エマはそれ以上、何を尋ねればよいか分からなくなった。
森を歩いている。時間を守って帰る。怪我もない。
一つずつ聞けば問題のない話だ。それなのに、直したばかりの服がまた破れる。エマには、その理由が分からない。
不意に、医務室でミアと交わした言葉を思い出した。
何か変だと思ったら、私にも教えてください。
危険だと確かめてから、とは言われていなかった。
エマは手元の探索着を畳み直した。何もなければ、心配のしすぎだったと笑われるだけだ。自分に分からないことを、分かる人に伝える。それならできる。
その日の午後、エマはミアを訪ねた。
「サンティエ様。少し、お話ししてもよろしゅうございますか」
ミアはエマの顔を見るなり、席を勧めた。
「セラ様のことですか?」
「はい。お食事とお休みについては、特に変わりございません。ですが、休日の外出が少し気になりまして」
エマは知っていることだけを順に話した。朝食後に探索着で森へ行くこと。昼までには戻り、食事も取っていること。目立つ怪我はないが、この一月ほど、衣服の袖や裾が繰り返し破れていること。
話しているうちに、ミアの表情が変わった。
「……森、ですか」
「何か、ご存じでございますか」
「前に、セラ様が裏の森に魔物はいるのかって聞いていたんです」
「魔物……?」
エマは膝の上で手を握った。セレスティーナから、そんな話は聞いていない。
「でも、セラ様は散策の話だって。私も、気にしていませんでした」
ミアは少し考え、首を振った。
「エマさん、教えてくださってありがとうございます。アレク様たちにも話してみます」
「わたくしには、何が起きているか分かりませんので……」
「はい。だから、一緒に確かめましょう」
ミアの声は柔らかかったが、顔には緊張が残っていた。エマは急に、話すまでよりも不安になった。それでも、黙って服を縫い続けるよりはよかったと思った。
翌日、ミアから話を聞いたアレクサンダーは、しばらく黙っていた。
「森に魔物がいるか、聞いてたんだな」
「はい。でも、あの時は本当に、散策のことだと思って……」
「それだけで何か分かったわけじゃないよ」とトビアスが言った。「服が破れる理由だって、枝かもしれない。ただ、一月も続いているなら確認した方がいい」
ジークバルトが腕を組む。
「本人に聞くか?」
「聞きます。でも……」
ミアの言葉が途切れる。四人とも、セレスティーナの返事には心当たりがあった。
「怪我はありません、時間も守ってます、問題ございません。そんなところだろ」
アレクサンダーが並べると、トビアスは苦笑した。
「よく分かってるね」
「分かりたくもなるだろ」
ジークバルトが窓の向こうへ目をやった。学院の裏に、森の梢が見える。
「だったら、次の休日に何をしてるか見に行こう。何もなければ、それでいい」
ミアもうなずいた。
その週の休日、エマはいつもどおりセレスティーナの朝食を整えた。
今日も昼には戻ると言う。エマは菓子と水筒を渡し、探索着の袖口を確かめた。昨日までに直した縫い目は、きちんと閉じている。
「お気をつけて行ってらっしゃいませ」
「はい。ありがとうございます、エマ」
セレスティーナが部屋を出た後も、エマはしばらく閉まった扉を見ていた。
学院裏の森に続く道では、四人が少し離れて待っていた。
セレスティーナの姿が木々の間へ消えてから、アレクサンダーたちも森へ入る。入口近くには散策する生徒の靴跡がいくつか残っていたが、探索着の靴がつけた新しい跡は見分けられた。
ジークバルトが先に立ち、時折しゃがんで土を確かめる。枝の折れた場所や、湿った地面に残る跡を辿って進んだ。
一時間ほど歩くと、周囲から鳥の声が消えた。
ミアが足を止める。アレクサンダーも、先を行くジークバルトの背へ目を向けた。
森の奥で、何かが吼えた。
続いて、木を打ち砕くような音が響く。
「セレスティーナ!」
アレクサンダーが駆け出した。三人もその後を追った。




