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4-8 演習場にて

放課後になると、ミアとセレスティーナは学院の魔術演習場へ向かった。


二人で行くつもりだったのだが、教室を出るとアレクサンダーたち三人も当然のようについてきた。


「アレク様たちも来るんですか?」


「気になるだろ。セレスティーナが人に魔術を教えるところなんて見たことないし」


「俺も興味ある」


ジークバルトが言い、トビアスもその隣で頷いた。


「僕も。ミアがどのくらい普通の魔術を使えるのか、ちゃんと見たことないからね」


「見世物じゃないんですけど」


そう言いながらも、ミアは少し嬉しかった。


予約した演習場へ入ると、セレスティーナはまず、ミアが今使える魔術を一通り見せてほしいと言った。


「普段の授業と同じようになさってください。速くしようとなさらなくて結構でございます」


「はい」


最初は水属性だった。


ミアは手を前へ出し、教わった通りに魔力を組み上げる。頭の中で術式を一つずつ確かめ、形を整え、最後に魔力を通す。


二十秒ほどかけて、丸い水の球が空中に形を取った。


「《ウォーターボール》」


放たれた水の球が、十数歩先の的へ真っ直ぐ飛ぶ。


中心からは少し外れたが、きちんと的の中には収まった。


「普通に使えてるでしょ」


トビアスが言った。


「前にも言ったけど、ミアが特別下手なわけじゃないからね」


「でも、セラ様はもっと……」


「比較対象にセレスティーナ嬢を選ぶのをまずやめよう」


「そんなにですか?」


「そんなに」


即答された。


セレスティーナ本人だけが、不思議そうにしていた。


次は風。こちらも水と同じくらいで、簡単な風刃を作って飛ばせば、多少ずれるものの的には当たる。


火になると時間がかかった。一度術式を崩し、やり直してようやく小さな火球を作る。


土はさらに苦手だった。地面から壁を作ることはできたものの、指定された高さより少し低く、左右も揃わない。


一通り見終わったセレスティーナは、今度は水属性のウォーターボールを三回続けて使うよう頼んだ。


一発目は問題なく放てた。


二発目は少し遅くなり、三発目になると途中で形が崩れた。何とか立て直して放ったものの、一発目より斜めに飛んで、的の端にかろうじて当たった。


「やはり、こちらでございますね」


「何がですか?」


「ミア様は魔術式そのものをご存じないわけではございません。一度でしたら、十分に構築できております。ただ、同じ構築を安定して繰り返すことに、まだ慣れていらっしゃらないのだと思います」


それはミアにも心当たりがあった。


一回ならできる。


二回目になると少し怪しい。


三回、四回と続けるうちに、どこかがずれていく。


「通常でしたら、四属性の基礎魔術を一通り覚えた後、得意な属性から中級魔術へ進みます。ですので、まずは四属性の基礎を安定させましょう。その上で、水か風のどちらかで中級魔術を一つ使えるようになることを目標にしてはいかがでしょうか」


「一月で、できますか?」


「はい。十分に」


迷いのない答えだった。


「まず、教本にございます基本的なものをお見せいたしますね」


セレスティーナが的へ向き直った。


最初は基礎魔術のウォーターボール。


ほとんど瞬時に水の球が現れ、的の中央へ飛んだ。


次に中級。大きさの揃った複数の氷槍が形成され、一斉に的へ突き刺さる。


最後は上級。


セレスティーナの前に複雑な術式が展開され、演習場の空気が急速に冷えていく。大きな氷塊が形を取りかけたところで、セレスティーナは術式を解除した。


「おおよそ、このようになります」


「最後のは撃たないんですか?」


「上級魔術を実際に放ちますと、演習場を傷める可能性がございますので」


それはそうだ。


「ですが、基礎も中級も、基本的には同じでございます。魔術式を繰り返し構築し、身体に馴染ませていけば、考えずとも同じ形を作れるようになります」


「それができるだけの魔力がないだろ」


アレクサンダーが口を挟んだ。


「基礎だって何十回も撃ってたら魔力がなくなる。中級ならもっと早い」


「はい」


セレスティーナは頷いた。


「ですので、放たなければよろしいのです」


「……は?」


「魔術式を構築して、魔力を体外へ放出する直前で解除いたします」


あまりにも当たり前のことのように言った。


「術式を組むだけでしたら、消費する魔力はわずかでございます。実際に魔術として放つ前に解除してしまえば、魔力が少なくとも何度も繰り返すことができます」


トビアスが眉を寄せた。


「そんな練習方法、授業で聞いたことないけど」


「そうなのですね」


「……また他人事だなあ」


「ですが、便利でございますよ。実際に放ちませんので、場所もそれほど選びません」


ミアは首を傾げた。


「セラ様は、それで練習してたんですか?」


「はい。幼い頃は、四六時中と申しますか……空いている時間にはよく行っておりました」


「四六時中」


「本を読んでいるときや、勉強の合間などでもできますので」


「今もですか?」


「今はそれほどいたしません。毎朝、エマに髪を整えてもらっている間ですとか、授業の合間に少し行う程度でございます」


アレクサンダーたち三人が、揃って何とも言えない顔をした。


「それであの速さか……」


ジークバルトが呟いた。


セレスティーナは首を傾げる。


「では、ミア様も試してみましょうか」


「はい」


セレスティーナが隣に立つ。


「先ほどと同じウォーターボールを構築してください。ただし、放つ直前で止めます」


ミアは魔力を集めた。


術式を作り、水の球を形にしていく。


「そこで解除してください」


消す。


「もう一度」


また作る。


消す。


最初は簡単だと思った。


魔術を撃たないのだから、先ほどまでより楽なはずだった。


ところが五回、十回と繰り返しているうちに、何となく頭が重くなってきた。


次の術式を作る。


少し乱れる。


もう一度。


今度はさっきより時間がかかった。


「ミア様」


セレスティーナが声をかけた。


「一度休みましょう」


「え? まだ十分くらいしかやってませんよ?」


「少し息が上がっております」


言われて、初めて気づいた。


「あ……」


確かに呼吸が速い。


額にも少し汗をかいている。


魔力はほとんど減っていないのに、長い文章を休まず読み続けた後のように頭が疲れていた。


「術式を繰り返し構築するのは、慣れないうちは思った以上に集中力を使います。疲れた状態で続けますと、崩れた術式を覚えてしまいますので」


「……はい」


素直に長椅子へ向かう。


セレスティーナも隣へ腰を下ろした。


「何だか、いつもと逆ですね」


ミアが笑う。


「逆、でございますか?」


「いつもは私が、セラ様に休んでくださいって言ってるので」


「ああ」


セレスティーナも少し笑った。


「では今日は、わたくしがお伝えいたしますね」


「お願いします」


水を飲み、しばらく休む。


呼吸が戻ってくると、ミアはふと思い出した。


「そうだ、セラ様」


「はい?」


「夏の演習で、よくやってたじゃないですか。アイスアローをものすごく速く撃つやつ」


「はい」


「あれも、練習したらできるようになりますか?」


セレスティーナはあっさり頷いた。


「もちろんでございます。あれも同じです。構築を繰り返して身体に馴染ませ、余分な工程を減らしていくだけでございますから」


「見せてもらってもいいですか?」


「はい」


セレスティーナが立ち上がった。


「ただ、お母様にはまだまだ未熟だと言われておりましたので、お見せするのは少々お恥ずかしいのですが」


的へ右手を向ける。


次の瞬間、氷の矢が殺到した。


一つ一つを目で追う暇もなかった。


ほとんど一続きの音とともに十二本の氷の矢が飛び、的の中心付近へ次々と突き刺さる。


「……え?」


ミアが瞬く。


ジークバルトが的を見て、セレスティーナを見た。


「お前、速くなってないか?」


「そうでしょうか」


「夏の初めは、一秒に十本くらいじゃなかったか?」


セレスティーナは少し考えた。


「ああ。夏の間にたくさん使用いたしましたので、以前より馴染んだのかもしれません」


アレクサンダーの顔が引きつった。


「その『たくさん』に九階層は入ってないだろうな」


「もちろん入っておりますが」


「入ってんのかよ」


セレスティーナは、なぜ聞かれたのか分からない顔をしている。


ミアは的に刺さった氷の矢を見た。


「……全然分かりませんでした」


「何がでございますか?」


「どうやって作ってるのかです。速すぎて」


「では、ゆっくりお見せいたしましょうか」


「お願いします」


今度はセレスティーナが、意識して速度を落とす。


魔力が集まり、術式を形作る。


その途中で、トビアスが声を上げた。


「待って」


セレスティーナが止めた。


「何でしょう?」


「今、そこ二つ同時に組んだ?」


「はい」


「ここと、ここ?」


「はい。二つは干渉いたしませんので、同時に構築できます」


「いや、普通は一つずつやるよ」


「そうなのですね」


「……そうなのですね、じゃないんだけど」


トビアスは額を押さえた。


「ちょっと僕にもやらせて」


「もちろんでございます」


場所を譲られ、トビアスが右手を上げる。


一つ目の術式を組む。


その途中で、もう一つ。


「……ああ、これ」


術式が揺らいだ。


トビアスはすぐに解除した。


「無理」


「トビーでもですか?」


「無理っていうか、気持ち悪い。別々の文章を右目と左目で同時に読んでるみたい」


「慣れれば問題ございませんよ」


「セレスティーナ嬢の『慣れれば』を信用していいのか分からなくなってきた」


その隣で、アレクサンダーが右手を上げた。


「殿下?」


「俺はさっきの解除をやってみる」


「今?」


「今」


「やめといた方がいいと思うけどなあ」


トビアスの忠告を聞かず、アレクサンダーが火球の術式を組み始める。


完成する直前。


止める。


はずだった。


小さな破裂音とともに、火が弾けた。


「うわっ!」


「アレク様!」


幸い、火花が散った程度だった。


アレクサンダーは慌てて右手を振った。


「大丈夫。熱くない」


セレスティーナが手元を覗き込む。


「解除が少し遅かったのでございますね」


「分かってるよ」


「殿下は最後に一気に魔力を流し込む癖がおありですので、その直前で止めるようになさるとよろしいかと存じます」


「簡単に言うなよ」


「最初は、わたくしもよく失敗いたしました」


アレクサンダーが顔を上げた。


「お前も?」


「はい。火球を解除し損ねて絨毯を焦がしたこともございますし、水球で教本を濡らしたこともございます」


「……それ、実体験か?」


「はい」


セレスティーナが、少しだけ頬を緩めた。


「お恥ずかしゅうございます」


珍しく、本当に恥ずかしそうにはにかんだ。


「幼い頃は加減が分からず、何度か失敗いたしました。ですので、室内で練習なさる場合は、慣れるまでは水属性をおすすめいたします」


アレクサンダーは、しばらくセレスティーナを見ていた。


十二本の氷矢が刺さった的を見る。


もう一度、セレスティーナを見る。


「……お前、何になるつもりなんだよ」


セレスティーナは瞬いた。


「王太子妃でございますが」


「そういう意味じゃねえよ」


ジークバルトが吹き出した。


トビアスも堪えきれずに笑い、ミアまで笑ってしまった。


「何でございますか?」


「いや、いい」


アレクサンダーは深いため息をついた。


「もういいよ。分かった。お前が化け物みたいな速度で撃てる理由は、ちょっと分かった」


「化け物ではございません」


「一秒に十二本撃つ奴が言うな」


「ですが、まだ――」


「それ以上速くならなくていい」


「……そうでございますか?」


本気で不思議そうだった。


休憩を終えたミアは、もう一度アイスアローの構築へ戻った。


構築して、解除。


構築して、解除。


疲れる前に止める。


少し休む。


また繰り返す。


最後に三回続けて実際に放ってみると、まだ二十秒近くかかるものの、最初より大きさが揃っていた。軌道も、三回とも的の中央付近へ集まっている。


「できました」


思わず声が弾んだ。


「はい」


セレスティーナの顔も明るくなる。


「先ほどより、ずっと安定しております。この調子でございます」


それから二時間ほど、五人で演習場に残った。


ミアは基礎魔術の構築を繰り返し、セレスティーナが横で修正する。休憩になるとトビアスが圧縮構築を試し、アレクサンダーまで負けじと解除の練習を始めた。


ジークバルトは最初こそ見ているだけだったが、最後には「一回だけ」と言いながら何度も術式を組み直していた。


帰る頃には、朝まであれほど重かった魔術試験が、少しだけ違って見えていた。


「私、寝る前にも少しやってみます」


演習場を出ながら言う。


するとセレスティーナが、心底心配そうな顔をした。


「ミア様。夜はきちんとお休みくださいね」


ミアは足を止めた。


「……セラ様」


「はい?」


「それ、そっくりそのままお返しします」


セレスティーナが少し心外そうな顔をした。


「わたくしは、いつもきちんと休ませていただいておりますよ?」


一瞬、静かになった。


アレクサンダーが吹き出した。


トビアスも笑い、ジークバルトまで顔を逸らして肩を揺らす。


「何でございますか?」


セレスティーナだけが分かっていない。


ミアも堪えきれずに笑った。


「何でもありません。私はちゃんと寝ますから、セラ様もちゃんと寝てください」


「もちろんでございます」


自信たっぷりに答えるものだから、また笑い声が上がった。


セレスティーナは最後まで少し納得していない顔をしていた。


けれど、その日のミアには、それすら何だか楽しかった。


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