スローライフ(笑)をご所望なわたしの【勇者】様は、まだ頑張れない
セイントゥス島の南西にある更に小さな島。歩いて海辺一周が約1時間程度の狭い土地。その周囲に結界を張り、第三者に島を認識する事はできず、無自覚に避けてしまうようにしてある。そんな島に1軒だけ家を建てて、そこで暮らしていた。
「ただいま」
「おかえりなさい」
愛くるしい笑顔で迎えてくれた可愛らしい青年はわたしがお迎えした【勇者】様。
名前は魅志磨 優輝。現在20歳。身長161センチで華奢な体型。髪は肩に掛かるくらいの黒髪。声も高め。中性的な顔立ちで男性にしては低身長。線の細い華奢な身体な事もあり、高校生の頃も割と女の子に間違われる事がよくあったと聞いた。
彼は純粋な日本生まれの日本人。こちらの世界に招いた色々と縁のあるお客様。
「どうだった?」
「不憫な子だったよ」
彼の問いに思ったままを答える。
「僕より?」
「うーん……部分的にそう」
わざと曖昧に答える。わたしとしては彼に興味を持って自信を喪失される事が一番困る。
「お腹減ったでしょう? 今御飯を作るね」
「あっ、ナンス。ご飯ならもう作ってあるから」
彼の作る料理は美味しい。わたしも楽が出来てお得な報告でしかなかった。
「ありがと。お腹ペコペコだったの。みんなで食べましょう」
わたしの本当の名前はナンス。このイヴァルスフィアを管理する女神。普段名乗っているシーナッツ=ビットはこの依代に名付けた仮の名。この島の住民だけはわたしの正体を知っているけれど、依代だと女神としての力はほとんど使えない。……不便だとは思うけれど、ここで自由に過ごすために自ら定めた制約。世界に対して安易に干渉しないための安全装置なのだから仕方ない。
この島にはわたしと優輝、それと3人のメイドが暮らしている。ブレーダ、マイシェ、ヴァリエルの3人。彼女達は優輝のために用意したメイド。
5人……まぁ、わたしは仕事でよく離れるので概ね4人で自給自足生活をしている。
「「「「「いただきます」」」」」
全員で晩御飯を食べる。
本来、男の子は身の回りの事すら困るだろうと用意したメイドだったけれど、優輝は家事万能でこの生活に適応していた。よって、メイド達は牧場や農園の管理や海釣りでの食料確保に専念して貰い、優輝が彼女達のお手伝いをしていた。
「それで、どうだったの?」
「それ、さっきも聞いたでしょ?」
「えーっと、サクリウス君だっけ? 不憫なのは聞いたけれどさ」
曖昧に話を終わらせたと思ったけれど、誤魔化されてくれなかったようだ。
「彼はどんな人だったの?」
「どんな人? ……うーん……」
思ったままに話すと彼のやる気を削ぐかもしれない。
「まず、冒険者のリーダーなのだけど、ゴールド級といって既存の冒険者チームの中ではかなり大きいチームを率いているの」
「へぇ~。彼も転生者なんでしょ?」
「そうそう。他の監視対象と一緒ね。ただ……ううん、何でもない」
彼の「大きなトラブルに巻き込まれる事なく、異世界生活を満喫したい」という願望を叶える立場であるわたしが、自ら壊してしまった事に対しては本当に申し訳なく思っていた。
……でも、可能性の中で、これしか直接干渉する以外での解決手段がもう思い至らなかった。
「「転生者を利用した」……という、罪悪感?」
「うっ……」
図星を突かれたが、文脈を考えれば思い至る事。だから、察して欲しかったのだけど。
「そうよ。あくまで転生者は監視対象であって、目的は前世の知識で無双し過ぎないようにするため。でも、困ったからといって利用するのは良心がね……」
……とは言いつつ、既に利用した罪悪感から自分を責めた経験もある。
最初は優輝だけで邪竜王討伐を目指したのだけど、何回か試した結果……ダメだった。けれど、スペック的には無茶でも何でもない。
他の天職と違い【勇者】はレベル上限が50。代わりに天職が進化する事はないけれど、〈アナライズ〉が出来て、アイテムボックスやストレージボックスも所持。魔法を使う素養もあり、あらゆる武器を使いこなす才能もある。所謂チート能力で無双できる系の【勇者】として招いている。
……最初はステータス差なんて考えて無かったよ。
その後、転生者の力を借りる事を渋々許容し、転生者の中でも転生前から英雄願望を持っていて、異世界への理解もあった人達を彼の仲間にする計画に移行。
その転生者は戦闘系のユニーク職を授け、前世からの希望通り頭角を見せるも、負けてしまう。理由はユニーク職の設計の所為。優輝と違って、転生者はずっとイヴァルスフィアで生活する。だからユニーク職持ちが国の脅威とならないように、その程度のスキルしか与えていない。……それでも、工夫次第で無敵では無いにしろ充分強いスキルばかりなんだけどね。
……そもそも、何故そんな面倒な事になっているのか? 管理者なのだから勝手に邪竜王をわたしが消滅させれば終わる話だと思うじゃない?
最初は単純に方針として、わたしの管理する世界にわたし自身が干渉しないというマイルールを設定したの。もちろん、勝手に考えただけだから取り消す事はいつでもできた。ただ、想定外な事にわたしの創ったイヴァルスフィアの破壊を目的とした魔王が現れた。
厄介な事に魔王の能力というのが、「女神がやった事は全部できる」という能力。結果として「やらない事はできない」能力だという事も後に判ったけれど。
最初はマイルールで設定した干渉しないというルールが現在では魔王による破壊行為を防ぐ制約となっている。……これは正直ラッキーだった。
結果として最初の頃、魔王はわたしが人を配置したように魔人族を配置して代理として働かせる事しかできなかった。
まぁ、後にわたしが天職を与えるように冥職を与え、わたしが特定の人物に天啓を与えるように甘言を囁くようになった。
……そして、最初こそ有利だった魔王との争いは拮抗……ううん、徐々に押されつつある。その証拠に今はどのルートの未来を選んでも、九割九部敗北ルートしか残されていない。
覆せるかもしれない世界線に導いてみても、結果として世界滅亡ルートにいってしまう。
「……だって、しょうがないじゃない? 残された手段も少ないし……」
「そっかぁ、大変だねぇ」
……確かに君なら他人事だろうね……。
優輝も最初から他人事だったわけじゃない。……こればかりはわたしが悪いので彼の心が癒えるように努力するしかない。
……まぁ、彼がやる気になっても今の実力じゃ厳しいし、間に合うかも怪しい。
「大変だよぉ。せめて【剣の乙女】を授けた子がもう少し積極的だったら……」
ムッチミラ=アルディオン。前世の名は御剣 聖華。彼女は転生する際に英雄願望が確かにあった。むしろ、「異世界転生できる!」と喜んでいた節がある。
「転生したら何をしたい?」って尋ねたら、「世界を救いたい」って間髪いれずに答えた子だった。だからこそ、期待していたんだけどね。
「きっと思っていたのと違ったんだよ」
「思っていたのと?」
「……例えば、最初から最強とか?」
「そんなもの、わたしが認めるわけがないでしょ!」
わたしは運が良かったというだけで優遇されるような人生が嫌いだ。もちろん、『人類皆平等』とは言わない。性別差や育った環境差、遺伝による才能差は存在する。それでも、その差は努力によって覆せる。……そんな世界であることをわたしは定めている。
「知ってるよ」
「……まぁ、彼女が期待外れだった以上、サクリウスさんに期待するしかないかな」
……何故なら彼には〈女難の呪詛〉と〈女運の加護〉がある。
これは、他の転生者には無い大きすぎる力。その力があれば……と期待していた。
「サクリウス君がダメだったら?」
「うーん。この世界は滅んじゃうね」
そのぐらい追い詰められている。優輝には話せないけれど、この世界は既に10や20で利かないくらいやり直している。正確に言うと未来への分岐をやり直し続けている。
だから、世界は何度も既に滅んでいて、それを観測している。その全てを記憶しているのはわたしだけだろうけど。
「大変だね」
「ううん。みんなの存在が消滅するだけ。わたしは無害よ?」
……嘘。そんなに簡単な話ではない。けれど、こう言えば優輝も使命感に目覚めてくれるのでは……いや、難しいか。まずは彼に「生きたい」って思わせないと……。
「僕は元の世界に帰れる?」
「滅んだら無理かと」
……滅ぶ前に帰すけどね。
「……マジか……でも、そんなに繰り返しているのだから魔王も余程世界を壊したいんだね」
「彼女はわたしが気に入らないだけよ」
これだけは断言する。多分、わたしが滅んだら彼女は絶対魔王を辞める。……根拠はない。
「そんなに嫌われているんだ……」
「単なる逆恨みよ」
……本当にやり口が陰湿。
彼女はわたしのできる事が出来る。だから、絶対に未来も見ている。だから的確に邪魔をしてくる。一見関係ないような事も後になって繋がって来る。
「その魔王っていうのは何がしたいんだろ?」
「さぁ?」
……何が……か。多分、彼女の目的は未来の消失。または世界の耐久値を0にする事。
未来の分岐は無限にある。世界を滅ぼせば分岐は止まる。1つずつ可能性を潰して行けば全ての未来を潰す事は不可能でも、少しずつ暗い未来を増やす事ができる。そうなれば、勝手に滅んでいくでしょう。
一方、世界の耐久値を0にするのも大変な作業。厳密には違うけれど、世界はハードディスクのようなもの。限られた容量に存在するモノを保存。複製を作って時を進ませ、失敗したら削除し、保存した世界を複製して、違うルートで時を進ませる。やがてハードディスクの容量はいっぱいになった状態で酷使……またはプラッタや磁気ヘッド等の劣化によりハードディスクの耐久値は削れ、やがて世界の複製は不可能になる。
……魔王による本命の企みは多分コレ。そして、この例えで言うハードディスクとはわたしの事。……だからこその断言なんだけどねぇ。
「把握してないの? じゃあ、今はどんな事をされているの?」
「邪竜王及び各竜王の復活、妖魔達の本能を刺激、魔人族の再配置、冥職を授けるとか……」
「冥職って?」
……あれ? 教えて無かったかな?
「わたしがイヴァルスフィアの人達に天職を授けるように、魔王は冥職を授ける。ただ、彼女も考えているようで授ける人は、殺人経験があって他責思考の人。世界を混乱に陥れる才能のある人にだけ授けているの。厄介なのは、冥職持ちは天職と兼用できる……だから、厄介な人なのよ」
「厄介だねぇ」
……のほほんと返事しているけれど、そんな魔王への切り札は君なんだけどねぇ。
本人に指摘するとまた機嫌を損ねてしまうので言わないけれど、魔王を再封印するには先代勇者の息子である優輝の力が必要なのよね。
何故なら、優輝は魔王の弱点だから。
優輝は魅志磨家の一人息子。父親は先代【勇者】。優輝の父はイヴァルスフィアの女神になる前から知っていて、過労死する運命だった事を女神になってから知り、彼が死ぬ前にイヴァルスフィアに連れてきた経緯がある。
その結果として優輝は両親を失っていて児童養護施設育ち。両親の愛を知らない彼は中学を卒業後にアルバイトを始め、ゲームソフトメーカーを起業する予定ではあったが招く前は上手く行かない運命を背負っていた。
「随分と他人事な……」
「だって、他人事だよ」
こういった環境から優輝は周囲に対し無関心になっている。
身内のいない家庭環境から性格はかなり内向的になった。見た目からも体格の良い男子から嫌がらせもされ続け、会話も下手な事から誰かと関わる事が煩わしいと考えている。
そんな彼を支えたのは恵まれた試験勉強に特化された頭脳と美しい容姿。彼のアルバイトは読者モデル。コミュニケーション能力に乏しい優輝でもモデルで稼いだお金は生活費と学費、起業支度金の貯蓄に回していた。
そんな運命になった責任はわたしにもあると感じ、本来【勇者】を授ける適性が無いけれど、こちらに招いて【勇者】の天職を授けてしまった。
……幸いにも、優輝は魔王の弱点でもあるんだけどね。
「他人事じゃないよ? 優輝が育てた家畜や農作物、ブレーダ、マイシェ、ヴァリエルだって滅んでしまう。みんなを守れるのは優輝だけよ?」
「解っているけどさ……」
そう言って優輝は視線を皿に逸らす。
……一番のネックは自分を捨てた父親と向き合う事なんだろうなぁ。
もちろん、こっちに来たばかりの頃に異世界生活に憧れて魔法を覚えたりしていた頃にRPGの中では最弱とされるモンスターのゴブリン、スライムを倒そうとして返り討ちにあってから、戦う事に拒絶反応を示している事もあるんだろうけど。
「ちゃんとブレーダ達の指導を聞かないで、いきなり戦って負けたから……怖いんでしょ?」
「怖いよ」
……実戦、早すぎたからね。でも、今なら……。
既に優輝のレベルは7になっていた。
【勇者】は普通のユニーク職とは仕様が違う。無双する事を前提に設計されたユニークスキル。日本人が異世界に勇者として召喚された際に持っているようなスキルを持っている。ただ、わたしの設計したスキルはステータスにかなり依存する。
ステータスの成長のしやすさは優遇されているけれど、初期値が赤ちゃん並みだから。
レベル7というとイヴァルスフィア人であれば11歳くらいの身体能力。今ならスライム相手であれば余裕で倒せると思う。……【学鍛童】と違ってスキルがあるしね。
「大丈夫。ちゃんと強くなっているよ?」
「……僕、何も実戦で倒していないけど」
「そんな事無いよ」
彼が倒していないモノとは、モンスター……魔獣や妖魔の存在。確かにゴブリンであっても今の優輝には倒すのは難しい。
優輝の経験値の糧になったのは、そんな強い存在ではなかった。
「「「「「ご馳走様」」」」」
食べ終わると優輝が率先して食器を下げていく。
「優輝様。お風呂の準備ができるまでの間、稽古をしましょう」
「うん、片付け終わったらね」
ブレーダの提案に優輝は素直に応じる。
……そう、稽古は素直に取り組んでくれる。それは適当ではなく客観的に見ても真剣である事は伝わっている。
でも、実戦に関しては拒否をする。……これはトラウマかなぁ。
「片づけなら代わりますよ?」
「ううん。これは僕が好きでやっている仕事だから」
マイシェが代わりを申し出ても、彼はそれを断った。
食器を洗い終えると、次はブレーダから剣術を学んで貰う。初めは見れたものでは無かったけれど、少しずつ形になってきている。これだけ動ければ本当にスライムくらいなら倒せると思うんだけど……。
ちなみに朝は牛や豚、鶏の世話をしてから、ヴァリエルの指導の下で魔法修行。その後マイシェと共に農作業。
今では、どちらかというとスローライフがメイン。とは言っても、彼がやっているのはサポート程度の作業だけど。
ただ、優輝がこのぬるま湯のような安全な環境から出て世界を知る旅に出るのはまだ当分先になりそうなんだよね。
お風呂の準備が終わると優輝は風呂に入る。
「……間に合うかしら?」
「どうでしょう? この生活を続けられるのも、残り僅かです」
ブレーダの答えに溜息が零れる。
この島での生活は優輝の保護施設。脅威となる魔物が現れない安全な場所で戦い方を訓練する場所として用意したモノであり、本来はスローライフのための場所で無かった。
今現在ここでも優輝は成長している。でも、もうそろそろ経験値を入手する事ができなくなる。【学鍛童】と違って何もしなくても経験値が入って来るという事はない。
「多分ギリギリまで……ううん、もしかしたら取得経験値が0になっても島から出ない可能性もある。【剣の乙女】にも期待できないし……」
……もうサクリウスさんに頑張って貰うしかないのかなぁ……。
翌朝。
魔法修行と農作業の後に朝食の準備を始める。ちなみに朝食は白米と焼き魚、卵焼きと納豆と味噌汁という、まだナッツリブア大陸では出回っていない食材も使用した和食。
……無い食材は日本の商品を複製しているのは内緒。
ちなみに朝食を作っているのは優輝なのだが、転移してきたばかりの頃はそこまで得意では無かったようで、時間が掛かっていたけれど……今では主婦もビックリな速度で食事を作っていく。
「……あっ」
「どうしたの?」
「うん……今、魚を〆たらレベルが8になったって……」
「あっ……そう、おめでとう……」
一応お祝いの言葉を贈ったけれど、多分苦笑しちゃったと思う。
……はたして、わたしの【勇者】様は役目を果たす事ができるのでしょうか?
「ありがと!」
自分が男子でもドキッとするような笑顔を向ける彼。その成長が間に合うのを心から願った。
大変お待たせしました! そして、読んで頂きありがとうございました。
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