自慢の騎士団が守ってくれない町『メタルガング』
まだ日が昇る少し前。船内は既に明るく活気で満ちていた。最初こそ、古祠へ向かうから士気が上がっているのかと思っていたのだが、どうやら様子が違っていて。
「おはよう」
賑やかだった甲板が一瞬にして静かになる。
「……あれ?」
俺に視線が集まっているという事は、多分何かをしている。……問題は何が原因か明確ではないこと。うっかり心当たりを言って違った日には目も当てられない。
「どうしたの?」
「ねぇ、サクリ……」
「何でしょう、クレアさん?」
「昨日、ユミリアさんやカエディステラさんと3人でお風呂に入ったというのは事実?」
「それ、不可抗力」
……やっぱソレか。いや、あの2人が率先して誰かに話すとは思えなかったんだけど……。
「聞いてる。先に入っていたとも、札も掛かっていたとも。……でも、追い出すでも自分が出ていくでもなく、一緒に入っちゃったんでしょ?」
「いや、俺も入ったばかりだったし、俺がいると言っても出て行かないし……」
「入ったんだよね?」
「……入りました」
多分理屈じゃないんだよね。感情的な怒りを制御していないのだと思う。
「もう、混浴で良いんじゃない?」
「ちょっ、一緒に入りたくない人への配慮も大事でしょ!」
あーだこーだと女子だけで議論が進む中、俺への配慮は全く無かった事を俺は忘れない。
「じゃあ、サクリの風呂時間は変わらず。ただし、あたし達が入る分には問題なし。間違って入って全裸を見られたとしてもサクリに罪や罰はなし……自業自得ということで。何等かの事情でサクリが入る時間がずれてしまった場合はみんなの後に入る事もあるだろうけど、サクリが入る条件は風呂場に誰も居ない時に限るということで……みんな、良いよね?」
……いや、今までと変わりなくないか?
「そういう訳だから、今後は入浴中に誰か入ってきてもサクリに拒否権はないからね」
「あ、あぁ」
支度を終えた俺達は遺跡『金霊王の古祠』に向けて出発するが、大切な権利を失った事に気付くのは出発して少し経った後だった。
今回のメンバーは、ほぼノーマル職、オートマタ、未成年者以外だ。例外はコテージ管理をするシオリエルと荷物を管理するミナコールが同行する。代わりにサティシヤ、ハルチェルカ、カナディアラ、サオリスローゼ、ソラナディアの5人は行く意味が無いので留守番することになった。
今まではそれでも戦力的に一緒に来て欲しいとお願いしたが、俺達も人数が増えたからね。
合計34人とルリーシュを含む官職6人で40人の馬車での移動となった。目的地は一旦メタルガングを目指すことになるが、今回はベルクミネラーネを通り抜ける事ができるため、前回よりは早く到着できるだろう。
ビジュペが言うには『金霊王の古祠』の中は妖魔を含む敵は現れないらしい。ただ、場所が遺跡『メタールム武闘劇場』より北、国境ギリギリの山の中腹ということで、着くまでの道の方が危険なのだという。
キャンプとしてコテージを設置してシオリエルを留守番させるより、一緒に付いて来て貰った方が安全だという助言も貰い、その意見に従うことになった。
オーアホージャを出発して5日目にはメタルガングに到着できる。実際、もうその町は遠目に確認できる……。
「何? あの黒い煙」
マオルクスが俺と同じタイミングで町の異変に気づく。
「少し、スピードを上げようか?」
「わかりました」
先頭を走るリンクルムが御者をする馬車が速度を上げると、他の馬車3台も速度を上げる。多分、何も言わなくても速度を上げた理由くらい察してくれるだろう。
「……ひどい……」
町に近づいた事で詳細が判ってきて、思わずサキマイールも本音が漏れる。
町を囲う外壁は所々破損し、建物のいくつかから黒煙が発生している。火災が発生しているわけではないので深刻ではないのかもしれないが、建物の一部が壊れているようにも見える。
町の入り口が見えてくると多くの人の姿が見え、前に来た時とは様子が大きく違っていた。
「どうしました?」
町の入り口に到着して、直ぐにリリアンナが馬車から降りると近くにいた武装した男性に声を掛けた。
「様子のおかしい野獣達が町を襲って来たんだ」
「様子のおかしい?」
「少し前に倒し終えたんだが、俺達は死体を処理していない。それなのに、見当たらないだろう? それに野獣は複数種居たが、共通して皮膚から露出した歯車や刃があったんだ」
「それって、魔法生物的な?」
「……わからない。判っているのは、普通の野獣とは比較にならない程強く、誰もあんな獣達を見たことがないという事だ」
ざっくりと周囲を見てみると、多くの武装した人達が外壁を背に動かない。怪我をしている人も多く、明らかに治療する人員が足りてないように見えた。
「あんた等、冒険者だろう? 治癒系のスキルがある人達はいないか? 人手が足りなくて困っているんだ」
リリアンナは返答に困って俺を見る。
「どうしますか?」
「決まっている。応急処置を手伝います」
即答。俺達は基本、無償奉仕はしないという方針で活動している。それでも例外はある。職業云々ではなくて、動けずに放置すれば死ぬ存在を見殺しにしてはいけない。それはこの世界で生きる人としての矜持である。
「リリア、サキチは範囲系のHP回復系の歌を。他の応急処置系スキル持ちはヨシノノアさんの指示に従って!」
「そ、そうですよね。わ、わたしがしっかりしないと……」
急な出番でテンパっているが【治療官】の彼女が率先して動いた方が統率はとれるだろう。ヨシノノアさんに続いてユイディアやアッツミュ、レイアーナやユッカンヒルデはもちろん、応急処置スキルのあるアミュアルナやメアリヤッカ、ワカナディアなど多くが応急処置をする。
「亡くなった方の埋葬は?」
「まだ、そこまで手が回らず……」
「では、それはわたしが引き受けます」
【魂葬官】のミユルシアさんは応急処置スキルの無い人達を数名つれて墓地を確認する。
「わたし、町の様子を見てきます」
アグリシアさんが町へ入って行くとアオランレイアとエルミスリーも一緒に付いて行った。
「リンク、イクミタン、ミボリンは周囲を警戒していて。今、話に出た野獣が現れたら壊滅する可能性もあるから、頼むね」
とりあえず、立て直すための指示出しを終えて。
「さて、貴方は王国兵?」
「いや、自警団の者だ」
「……王国兵……騎士団は動いていない?」
「動くわけがない……」
……やっぱり、そこも『竜騎幻想』のままか。ただ気になるとしたら、襲撃してくる敵が違う事。ちなみに『竜騎幻想』では襲撃してくるのはオークである。
「……動かないのはどうしようもない。自警団の代表者を紹介してほしい」
俺は俺のやるべき事をしないと。
彼の後に付いて町の中に入って行く。表通りにある店は若干被害があるようだけど、外壁のような目立った場所に傷跡は少なかった。……無くはないけど。
連れて来られた場所は治療院。そこには多くの人達がベッドに寝かされていた。1部屋8人くらいで3部屋分が満室。廊下にはベッドを使えない怪我人が座り込んでいた。
「自分で動ける人。今、町の入り口で漏れなく治療をしている。動けるなら行ってくれ。指示に従っていれば絶対無料で治療することを約束する。指示を守れない奴は知らん」
俺が大きな声でそう言うと、聞いた人達がゾロゾロと治療院を出ていく。
「申し訳ないけど、動けない人は後回しだな……」
「すみません、こっちです」
階段を昇って2階に上がる。すると、2階は元々入院させるための部屋のようで部屋数も少なく部屋も1人か2人用の部屋ばかりだった。
一番奥の部屋まで連れて行かれると、そこには女性が横になっていた。
年齢は40歳くらいだろうか? 赤髪でセミロングの女性。肌が白いのは元からではなく、出血のせいだと判る。何故なら右腕が肘から先を欠損しているから。止血しているのだろうけど、止まり切っていない。回復魔法を使える人材がいないのかもしれない。
「話……できないか」
「あの、彼女を助けて頂けませんか? 町にとって重要な人なんです」
「……助けるよ。でも、頼みがある。2人にしてほしい。部屋を覗かない、話しかけない、触らない。治療が終わったら声を掛ける。約束守れる?」
彼は頷くと外へ出る……多分、馬鹿正直な人なのだろう。普通、冒険者なんて警戒して当たり前で重要な人物と2人きりにさせるとかありえない。それでも、今回に限って彼は正しい事をした。
……〈サイコヒール〉。
恩は売っておくに限る。彼女が良い人であれば、何かあるかもしれない。……まぁ、何も無くとも良いんだけどね。「情けは人の為ならず」という奴だ。
「……んっ……」
彼女の腕が再生されていき、少なくとも外傷は治療を終えた。
「……んんっ……はっ!」
女性がガバッと上半身を起こす。
「治療終わったよ」
部屋の外に聞こえるように言うと、彼が部屋に入ってきた。
「団長……全て治ってる……ありがとうございました!」
本人がポカーンとしている中、彼は俺に向かって頭を下げる。彼女も自分の腕が復元されている事に驚いているようだ。
「貴方が助けてくれたんですね。ありがとうございました」
目を瞑っていて判らなかったが、彼女の瞳は茶色。肌の色も少しずつ血色が良くなっているように見えるけれど、そんな直ぐに回復するわけではないので動かないように制止する。
「初めまして。俺はシルバー級冒険者チーム“サクリウスファミリア”のリーダーでサクリウス=サイファリオです。仲間達が他の方々も可能な限りの治療をしていますが、一体何があったのですか?」
ただの団員では知らない情報があるかもしれない。
「わたしはこのメタルガング自警団の団長でアリッサ=ドローフォードです。実は、ここより北にあるシャドウ樹海から歯車付きの野獣が現れたんです」
「今まで現れた事は?」
「無いです。何とか撃退したんですが……ごらんの有り様で守り切ったとは言い切れない」
……うーん。ほぼレア職だろうから、そのメンバーで謎の野獣を討伐しきったのは有能と言っても良いのではないだろうか?
でも、シャドウ樹海から来ているのならば、より国境に近い村は壊滅しているという事か。
可能な限りの治療を施し終えた頃には、すっかり日も暮れてしまった。病室で動けなかった連中は骨折や大きな傷で身体に欠損が無かったため、メディスによって治療をして患者を完治させたが、礼代わりに泊まっていくよう言われた。
高級宿を用意すると言われたが丁重に断り、代わりに町中にコテージを展開する許可を貰って一泊する事になった。
「どうしても行かれてしまいますか? 次の防衛戦を共に戦って貰えると心強いのですが……」
「すみません。治療は人道的観点からさせて貰いましたが、それ以上は仕事になってしまうので。それに、俺達も目的があって立ち寄っただけなので」
何度か引き留められて断りつつ、俺達は再び遺跡『金霊王の古祠』へ向けて出発する。
『竜騎幻想』に出て来ない敵の存在は気になったが、今は上位精霊に会う事が先決だった。
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