八十四、贈物
アリスのリクエストしてくれた『小川のある遊歩道でのんびりデート』……それは儚い夢だった。
「――待て、ヘンタイ男!」
「なんてすばしっこいヤツだ!」
「ここは二手に分かれるぞ!」
……という罵声が、人気のない裏道に響き渡る。
僕は“エア彼女”のアリスを肩車したまま、街の警備兵から逃げ回っていた。
あまりスピードを出しすぎると『黒くてすばしっこい魔物』扱いされかねない。しかし手を抜くとすぐに回り込まれてしまう。
複雑に入り組んだ裏道に逃げ込んだのは失敗だった。どう考えたって地の利は彼らにあるのだ。
こんなときこそ伝家の宝刀である『透明化の魔術』をかけたいところ、なのだが。
「――ユウ、もっと速く! 兵士さんに捕まっちゃうわ!」
……と、僕の上でキャッキャとはしゃぐ天使のせいで、魔術がうまく発動しない。魔力を放出しようとしても、アリスの守護精霊によって打ち消されてしまう。
魔術と精霊術が、相容れない力だってことは分かる。
だけどこの現象、なんとなく精霊さんの嫌がらせ的なモノを感じなくもない。
僕が魔術を使えないようにわざと邪魔してるというか、ご主人様の望みを叶えようとしてるというか……。
「あのー、アリスさん。ちょっとだけ僕から離れて、自力で飛んでくれたらありがたいんですが……」
「大丈夫、私の指示どおりに走ってれば絶対逃げ切れるわ! ほら、その道を右に!」
「あっ、はい……」
ロボだ。僕はロボなんだ。
幼い頃、父親のボディを使って似たようなことをやったなぁと若干センチメンタルな気分に浸りつつ、僕は北の街をぐるぐると逃げ回った。
そして、最終的にたどり着いたのは。
「ふぅ……ここまで来れば、さすがにもう追いかけてこないわねっ」
ロボの操縦席からぴょんと飛び降りたアリスが、満足げに微笑みながら北の方角を見やる。上から指示を出していただけのくせに、なぜか一仕事を終えたサラリーマンのような空気を醸し出しつつ。
「……ああそうだね、なんせここは彼らの管轄外の“西地区”だし。途中で『立ち入り禁止』の看板があっただろ?」
魔力に頼らず逃げ回ったおかげでへろへろになった僕は、道端に生えている街路樹の根っこにへたり込む。
このダメージ、肉体面というより精神面にズシンときているようだ。ヘンタイ呼ばわりされるくらいなら、いっそゴブリン呼ばわりの方がマシって気がしないでもない……。
落ち込む僕とは対照的に、元気いっぱいのアリスはいつにも増して饒舌なトークを。
「そうなの? ちっとも気づかなかったわ。ただ私は風の精霊さんに、なるべく人がいない場所を探してってお願いしただけなのよ。この街にも、こんなに静かな場所があったなんて知らなかったわ」
「元々この辺りは特別なエリアで、普通の人が入っちゃいけない場所らしいよ。まあ今はゴーストタウンになってるし、私設の警備兵もいないっぽいけど……うん、まったく人気がないな。ここらの貴族は全員王都に逃げたのかも」
「それならちょうどいいわね。ここでお話しましょ? こんなに素敵な樹が生えているのに、誰も見てあげないなんて可哀相」
クスクスと笑いながら、アリスは豊かな緑の髪へと手を添える。その髪の中にくぐりこむ風の精霊を労わっているんだろう。ロボの僕にも癒しをください。
「ていうか、先に服着る。ちょっと裏ワザ使うけど、見ないフリしといて」
僕は背負っていた荷袋の中から、例の白いロングスカートを取り出した。
ドレープが多めのヒラヒラしたスカートは可愛らしいデザインで、ちょっともったいない気がするけれど、糸を解いてただの布に戻す。
引き抜いた糸と布に強化の魔術をかけた後、愛用の『黒くて尖った石』で裁断し、同じく『限界まで細く削った木の枝』でチクチクと縫い上げる。
魔力を集中させた指先は、全自動ミシンのようにサクサクと動く。
「すごいわ! あっという間に服ができちゃうなんて、魔法みたい!」
「うん、魔法っていうか魔術だけどね。裁縫魔術」
「裁縫魔術……! ねぇ精霊さん、あなたたちにも同じことができる? できないの? そう……」
なぜかしょんぼりとうつむいてしまうアリスを横目に、僕は完成したチュニックを試着する。
兵士服とは違って繊細で柔らかな綿の肌触り。着心地は上々だ。
「はぁ……億劫がらずに、最初からこうしてれば良かったな。ていうか、この布見ると“アレ”を思い出すから嫌だったんだけど」
「アレって何?」
「女そ……ううん、ナンデモナイ」
やっぱり後でいつもの兵士服をもらおうと心に決めつつ、僕はチクチクと裁縫の続きを。
いつ背が伸びてもいいようにと少し大きめに裁断したものの、余り布が出てしまった。薄く繊細なレースの部分も残っている。
それらの“はぎれ”を小さな花びら形にカットして、幾重にも重ねていくと。
「はい、完成。白バラのコサージュ」
ふんわりと優しく咲き誇る白バラは、アリスのイメージにぴったりだ。
それを、ぼんやりと立ち尽くすアリスの手のひらにぽとんと落とす。
今にも零れ落ちそうなほどに瞳を見開いたアリスは、手の中の花を見つめたまましばしフリーズ。
「どーしたの、アリス?」
……返事がない。
普通の女子なら「可愛い」とか「ありがとう」とか、「むかつく!」とか「女子力高杉!」とか、そんな感じのリアクションが返ってくると思われるものの、アリスに限ってはどんな反応をされるか未知数。
今のアリスに物欲がまったく無いのは知ってるし、「要らない」と突っ返されてもしょうがないと覚悟しつつ、一分ほど待つと。
ピキッと固まっていたアリスは、いつしか蕩けるような笑みを浮かべ、ほぅっと甘いため息を漏らして。
「……ユウ、すごいわ。アナタって何者? もしかして本物の神様なの? “オガミサマ”なの?」
「は?」
アリスの発言を受けて、今度はこっちが固まる番。
まあ、イメージどおりに小物が作れる『裁縫魔術』はチートかもしれないけど……さすがにアリスから『オガミサマ』呼ばわりされるとは、想定外すぎる。
「いや、僕は普通のニンゲンだけど」
「私は普通のひとたちが使う『魔術』のことをあまり知らないのよ。もしユウの魔術が普通だっていうのなら、この布が特別なのかしら? でもユウの着ている服と同じ布なのに……」
あたかも高価なガラス細工を扱うかのように、両手でふわんとコサージュを包みこんだアリスは、僕の傍へ寄り添って作りたてのチュニックに鼻先を近づける。
僕が「汗臭いかも」と身を引いたところで、おかまいなし。アリスは思う存分くんかくんかして……。
キリッと顔を上げると、僕に一つの質問を投げかけた。
「もしかして、ユウはこの花を造りながら、何かを願った?」
とまどいと興奮が混ざり合ったような熱い掠れ声。薄紅色に上気した頬と、涙で潤んだエメラルドの瞳。
アリスの向けてくる眼差しが、ハートの矢となって僕の胸を射抜く。
ようやく“恋人モード”になれそうな気配を感じて、僕はコクンと生唾を飲んだ。
「うん……願ったよ。アリスがこの花を受け取って、喜んでくれたらいいなって」
所詮ははぎれだけど、アリスにふさわしい花になるようにと願いを込めた。物欲の無いアリスが、僕からの贈り物だけは受け取ってくれるなんて、最高だ。
コレがOKなら、次はアクセ屋のお姉さんから貰ったあのネックレスをあげよう。その後もいっぱい貢ぎまくって、どんどん僕色に染めて……。
という邪な妄想に対し、アリスの返してくれた答えは。
「ありがとう、すごく嬉しい……!」
――よしゃっ!
と、心の中でガッツポーズをしつつ、表向きは平静を装って僕はさらりと告げる。
「こんなもので良ければ、いくらでも作ってあげるよ。あと他にも」
「――ええっ、いくらでもッ?」
という叫び声を耳にしたとき、僕はようやく違和感に気づいた。
アリスの瞳は涙が溜まりまくって、もはや決壊寸前。全身をぷるぷると震わせながら、手にしたコサージュをガン見している。
いくら贈り物に慣れていないとはいえ、ただのコサージュ一つでこの興奮っぷりは、さすがにオカシイんじゃなかろうか。
「本当に嬉しい……信じられない。夢みたい。ユウってばマジ神様……」
「あの、アリスさん?」
「私、生まれたての“精霊”をもらうなんて初めてよ……」
……。
……。
……は?
ピキッとフリーズする僕に頓着せず、まさしく恋する乙女といった面持ちのアリスは、手にしたコサージュをすっと持ち上げ、光に掲げて。
「ユウから生まれたお花の精霊さん、よかったら私と契約してね。一生大事にしてあげるわ」
そう囁いて、少し恥じらいながら柔らかな花弁にキスをする。
その刹那――白バラのコサージュは、キラキラと輝く光の中に溶けてしまった。




