八十五、兄弟
……オカシイ、こんなの絶対オカシすぎる。
だって僕は普通のニンゲンなんだ。ちょっと手先が器用で女子力高めで、チートな魔術が使える『魔術技師』ってだけで。
実際、今作ったモノはただのコサージュだ。
綺麗だけど飾り気のないアリスの髪の緑に、やわらかなコットンの白が映えるだろうなぁと思って、ヘアピン代わりの小枝もつけておいた。
アリスが喜んでくれたら――少し恥ずかしそうに微笑みながら「ありがとう、大事にするね」と言ってくれたら、僕は死ぬほどハッピーな気分になれると思った。
「まあ、確かにその望みは叶ったんだけど……なんかあんまり幸せじゃないっていうか……」
ゴーストタウンの片隅に生える、立派な楠の根っこに腰かけたまま、僕はぼんやりと目の前の光景を眺める。
木陰から少し離れた日向の道では、無邪気な天使に戻ったアリスが「もー、待ってよ!」と叫びながら、くるくると一人でダンスを踊る。どうやら精霊さんと追いかけっこをしているらしい。
僕の目にはまったく映らない“エア友達”――そいつは僕の造った花から生まれたくせに、めちゃめちゃ強欲だ。アリスの笑顔も愛情もキスも、僕が欲しいものすべてを奪っていった。
……なんてことはたいした問題じゃない。
この脳みそをフリーズさせる、目下最大の問題は――
「僕の造った花から生まれた精霊、か……ファンタジーの世界だし、そんなことも起こりうるのかな……」
ため息の数が増えるごとに、達観レベルが上がっていく。
そもそも精霊および精霊術師は、僕にとって謎の生命体。ニンゲンの常識で理解しようとしちゃいけないんだ。
僕は精霊を生んだ。アリスは喜んでくれた。
それでいい。
問題なんて何もない。
……という思考遍歴を経て、ついには悟りの境地へと至った僕が、ヨガでいう達人座のポーズをとりながら瞑想修行していると。
「あー楽しかった! 待たせてごめんね、ユウ。可愛い精霊さんにすっかり夢中になっちゃって」
「……」
「え、眠っちゃったの? そんな変な格好で?」
「……」
「ユウ……」
「いや、ちょっと瞑想してただけ」
一呼吸置いてからパチッと目を開くと、アリスは思ったより僕の近くにいた。
「なんだ、起きてたのね。じゃあ約束通りお話しましょ!」
照れ笑いを浮かべながら、パッと身を離したアリス。僕は頭の中が真っ白になる。
今チラッと見えたアリスの唇はツンと尖っていて、今にも僕の頬に触れそうな位置まで接近していた。
これってもしかして……。
……。
……。
――うあぁぁぁぁぁ僕のバカぁぁぁぁぁ!
こんなときくらい空気読めっつーの!
あのまま寝たフリしとけば、アリスが僕に何かしてくれたかもしれないのに――!
「……まあいい、この作戦はまた次回ってことで」
「作戦?」
「いえ、ナンデモアリマセン。それでアリスの話……を聴く前に、僕の疑問を一つ解決してくれないかな。そこをクリアしないと心がぴょんぴょんして落ち着かないんだ」
「何かしら?」
軽く小首を傾げながら、アリスが僕の右隣に腰かける。
ふわふわ飛んでいないときは意外と重量があるアリスのボディにのしかかられて、立派な楠の根っこがミシッと音を立てる。
後で“樹木のお医者さん”をやってあげようとか、どうでもいいことを考えようとするポンコツな脳みそをグイッと現実に引き戻し、僕はつとめて冷静な口調で尋ねた。
「単刀直入に訊くけど……さっき生まれた精霊って、本当に僕の子なの?」
……。
……。
……うん、直訳するとかなりの語弊がある。
でもまあ、アリスには直球な方がいいだろう。チート翻訳機能は便利だけど、未知の生命体と交流するときはシンプルな方がいい。「月が綺麗ですね」より「アイラブユー」だ。
僕がドキドキしつつ返事を待っていると、アリスはきょとんとした顔で僕を見つめて。
「どうしてそんなことを訊くの? どこからどう見てもユウの子よ?」
「うう……」
ドバッ、と大量の冷や汗が流れる。
無意識に土下座しようとする身体を理性で引き留めて、僕は言葉を重ねる。
「えっと、別に言い訳するつもりじゃないんだけど、僕的にはそういう意図はまったくなかったんだ。ただ僕は花のコサージュを造ろうとしただけで」
「ええ、知ってるわ。さっき精霊さんがそう言ってたもの」
「あ、そーなんだ……?」
「ユウは何も考えない方が、すごいことができるんだって。考えすぎると失敗するって心配そうにしていたから、『大丈夫、私がちゃんと見ていてあげる』って言っておいたわ」
クスクスという可愛らしい笑い声が僕の耳朶をくすぐるけれど、このときばかりはちっともドキドキしなかった。
アリスの指摘が、僕の心の柔らかい部分にグサッと突き刺さる。
確かに僕は、考えすぎると空回りするタイプかもしれない。
しかし、そのことを僕が生んだと思われる精霊に見抜かれるとは!
精霊さんパネェっす!
……ていうか、僕のテンションがそろそろヤバイ。乱高下が激しすぎる。脳みそがへろへろを通り越してトロトロだ。
アリスから「一日一緒にいて」とお願いされたことだし、今日はゆっくりのんびりしよう、そうしよう。
と、軟弱者っぽい結論を導き出した結果、僕はわずかながらヒットポイントを回復。
ファンタジックなこの状況を、あらためて冷静に俯瞰する。
「はぁ……しかし、世の中ってホント広いなぁ。まだまだ僕の知らないことがいっぱいあるもんだ」
「私も本当に驚いたわ。ただの布きれを精霊にしちゃう人がいるなんて。やっぱりユウは神様なんじゃない?」
「まさか。僕の方こそ信じられないよ。アリスは嘘をつかないって分かってるけど、本当はアリスの力で精霊になったって可能性も微粒子レベルで存在するんじゃないかと疑ってる」
「私にそんな力はないわ。だって精霊が生まれるのは、その魂が女神様の定められた輪廻の道から外れたときだもの。女神様の意志に逆らわせるなんて絶対無理。そんなことをするくらいなら、精霊になった魂を説得して冥府へ送り出す方がまだ早いわ」
「ふーん、輪廻の道を外れた魂、ね……」
また中二っぽい設定が出てきたなと思いつつ、僕は十年前のマック並みにポンコツな脳みそをかろうじて動かし、シンプルな結論を導き出す。
――この世界における『精霊』とは、いわゆる幽霊のことなんだろう。
もう少し細かく分類すると、精霊は善良な霊で、魔物は悪霊。
つまり僕は、寿命を迎えて生まれ変わるはずだった『布の魂』を、無理やりこっちの世界に引きとめてしまったというわけか。
「今さらだけど、そんなことして大丈夫なのかな。あの布、ちゃんと成仏させた方がよかったんじゃ……」
「全然平気よ! だって精霊になるってことは、魂そのものが強い力を持つってことだもの。この精霊さんも、来世ではきっと植物じゃなくて人に生まれ変わるんだわ。それで私と同い年の女の子になって、本当の友達になるの」
斜めに差し込むやわらかな木漏れ日に目を細めながら「楽しみだなぁ」と囁くアリスを見て、僕もホッとため息を。
なぜ僕が精霊を生んでしまったか、という最大の疑問はさておき、あの布にとってもアリスにとっても、今回の件はラッキーな出来事だったらしい。
よかったよかった。
……。
……。
しかし、なぜ僕が精霊なんてモノを生んだのか……。
もしや、本来なら捨てるはずだった“はぎれ”を、立派なアイテムに変身させたから?
元の世界で染みついたリサイクル精神に、布の魂が感銘を受けた結果、精霊にジョブチェンジした、とか?
だとしたら、布さんスゲー。
もちろん僕もチートだ。名付けて、魂再生チート!
……。
……。
……うん、コレはさすがにマズイ気がする。
このチート能力のことを、何の前置きもなく隊長たちに暴露したら、今度こそ魂を冥府に飛ばしてしまいそうだ。
とりあえず後でマルコさんにこっそり相談しよう、彼なら僕が何をしようが絶対に死なないし……。
と、若干鬼っぽいことを考えながら一人うなずいている間、ふわりと飛び上がったアリスは木漏れ日の差し込むポジションへ移動し、またもや精霊さんとテレパシートーク。
その後、僕の隣に戻ってきたアリスは、興奮のせいかちょっと鼻息を荒くして。
「大変よ、ユウ! 他にも兄弟がいるみたい!」
「へー、兄弟ねー。何の兄弟? カラマーゾフ?」
「違うわ、花の精霊さんの兄弟よ! ユウが生んだ精霊が他にもいるってこと!」
つまらないボケを華麗にスルーしたアリスが、僕の鼻先にビシッと人差し指を突きつける。
当然僕は、ぽかーん状態に。
……いったい何のことだろう。まったく身に覚えがない。
さすがにそれは精霊さんの思い違いじゃないか、とあくまでクールに否定しようとしたところ、木漏れ日の方を見つめたアリスは再度ひそひそ話をして。
「分かったわ、花の精霊のお兄さんは、『猫の精霊』ですって!」
興奮マックスのアリスが真っ赤な顔で叫んだ瞬間……僕の脳裏に思い浮かぶ物体があった。




