八十三、隕石
「うーん……やっぱこの格好のまま神殿に行くのはマズイよなぁ。その辺で服買ってくべきか……」
透明化の魔術で気配を消した僕は、冒険者や商人たちで賑わう北ギルドをするりと脱出。正門脇の石柱の陰に半身を隠したまま、周囲をきょろきょろと見渡した。
ゴールドラッシュの影響で景気が良くなった北エリアの繁華街は、今日も買い物客でごった返している。
いつもは地元住民と冒険者がうろついているだけの、大通りから一本裏にあるこの道も、すれ違う相手と肩がぶつかるほどの混み具合。そろそろお昼時だし、屋台の店主たちもランチの準備に追われていることだろう。
当然、天気は快晴。じっとしていても軽く汗ばむくらいのポカポカ陽気だ。
しかし、さすがに街中をマッパで歩いている人はいない。
魔術で隠しているとはいえ、古傷だらけの細マッチョボディを晒している今の僕は、かなりのワイルドキャラというか、悪い言い方をすれば立派な『露出狂』ということになる。
でもこの格好は風がすーすーして気持ちいい。
全裸になればもっと――
「……いやいや、僕はマルコさんみたいなヘンタイじゃないし! こうなったのは不可抗力だし!」
三ヶ月に渡るぼっち旅の癖で、ついセルフツッコミが激しくなってしまう。
そもそも愛用していた黒いローブを、未来樹のところへ行く途中で「走るのに邪魔だから」と脱ぎ捨ててしまったのが失敗だった。面倒くさがらず荷袋に移せば良かった。
というか、さっき話をする前に着替えをもらえば良かった。皆の迫力に押されて、そういう常識的な方向への配慮を欠いてしまった。
最大の問題は、いつもストッパーの役目を担っていたはずのお姉さんが、誰よりも暴走していたこと。
アレはやはり受付嬢から“女戦士”にジョブチェンジした影響だろう。死の霧で襲いかかってきたときは、若干“狂戦士”っぽくなってたし。
他の皆もヤバかった。一番冷静なのが最年少のノエルってあたり、どうかと思う。
そんな大人げないメンバーを、危険な『暴露話』で煙に巻いて逃げてきただけに、今さら引き返して「服貸してください」って言うのもナンだし……。
「つーか、今持ってる唯一の着替えが“白いロングスカート”って……」
上半身裸のままと、これをポンチョみたいに被るの、どっちが服屋の店員さんを引かせないだろうか……と、どうでもいいことを考えつつ荷袋の中を漁っていると。
――ドゴッ!
突然、空から隕石が落下!
斜め前につんのめった僕は、目の前の柱にタックル!
「うう……痛い……」
厚さ一メートルの石柱にヘッドバットをかました僕は、頭を抱えてうずくまる。強化しまくった頭がい骨は無傷だけど、痛いものは痛い。
すぐに治癒魔術をかけたい、けど……。
チラッ。
と、背後をうかがうまでもなく、僕は“隕石”の正体を把握した。
ソイツはごつごつした岩じゃなく、むしろ柔らかくて温かいモノだ。
天空から音もなく急降下し、死角からの攻撃で僕に大ダメージを与えたことなんて一ミリも気づいていない、その物体の第一声は。
「――お帰りなさい、ユウ!」
うんこ座りする僕を背後から抱きしめたアリスは、ぎゅううううっとヘッドロックをかましながら、興奮しきりでマシンガントーク。
「さっき『ユウが帰ってきた』って精霊が教えてくれて、私もう待ちきれなくて飛んできちゃった! 今までで最高速度が出たわ!」
「うう……苦し……」
「ユウにいっぱい話したいことがあるのよ! 私、すごく高く飛べるようになったの! それでユウが教えてくれたとおり、あの霧の中に行ってねっ」
「分かったから、その手、ちょっと離して……」
「あっ、ごめんなさい。人と話すときは相手の目を見なきゃいけないのよね?」
そういう意味じゃない、というツッコミを入れる間もなく、アリスは瞬間移動で僕の正面へ。
髪の先が地面に触れてしまうのも構わず、同じようにうんこ座りになって、僕の顔を至近距離からジーッと覗き込んでくる。
そして、ほっそりとした指先を伸ばし、僕の頬へと無遠慮に触れて。
「ユウ……泣いてるの? それってもしかして、私と会えて嬉しいから?」
ニコニコしながら尋ねるアリスは、やはり幼い少女のままだ。
ぶつけられるのは、混じり気のない純粋な好意。
恋人との再会じゃなく、留守番していたリリアちゃんがユリアさんを出迎えたときみたいなリアクションだけど……この笑顔を見たら、多少の頭痛なんて吹き飛んでしまう。
「うん、アリスと会えて、泣きたくなるほど嬉しいよ」
苦笑しつつ答え、僕は頬に触れていたアリスの手に自分の手を重ね合わせた。喜びに高鳴る鼓動を、手のひらを通してダイレクトに伝える。
すると、アリスはエメラルドの瞳をぱちくりとさせて。
「……なんだかユウは変わったみたい。見た目は同じなのに、空気が違うわ」
「そりゃ三ヶ月も経てば変わるよ。僕の故郷には『男子三日会わざれば刮目して見よ』ってことわざがあるんだ。男は三日会わないと別人みたいに成長してるからよく見てください、って意味のね」
「ふぅん……でも、私だってユウに負けないくらい成長したんだからっ」
ふわり。
重力をまったく感じさせない動きで立ち上がったアリスは、僕が激突してヒビが入った門柱の上へ軽々と飛び乗って、くるりとターン。
高さ三メートル、幅一メートルのステージ上で無邪気にはしゃぐその姿は、“初デート”のときと同じく半透明。
純白の法衣の奥から放たれる光の礫は、人々が『奇跡』と呼ぶに相応しい、癒しのシャワーとなって僕の心へと降り注ぐ。
長い髪を風になびかせ、眩い光をキラキラと撒き散らしながら「ね、変わったでしょ?」と得意げに胸を張るアリスに、僕は「変わった変わった」と笑いかけた。
からかうような響きが気に入らなかったのか、ぷうっと頬を膨らませたアリスは、再び地上に舞い降りて僕の胸へポコポコと猫パンチ。それに飽きたらぴったりくっついて、スリスリ頬ずりでマーキング。
好き勝手に振る舞うアリスを、僕は丸ごと受け止める。
……今はこれでいい。普通の恋人みたいに、抱き合ったりキスしたりしなくても。
好きな子が最高の笑顔で出迎えてくれて、素直な気持ちをぶつけてくれる。それだけで僕は充分すぎるほど幸せだ。
でも、僕が裸だってこともまったく気にしないのはさすがにヤバイっていうか、ぴったりくっついてきたあげく『肩車』ポジションに収まるのはさすがに天使すぎて鼻血出そうなんですけど……。
「ねぇユウ、今日はずっと一緒にいてくれるんでしょ?」
「うん、いいよ」
「私、前に二人で行った綺麗な小川のある道に行きたいな。そこでユウの髪を撫でながら、いっぱい話をするの。もしユウが退屈で眠っちゃったら膝枕してあげるわ」
「さすがに今日は寝ないよ」
という感じで、僕が他の人には視えない“エア彼女”との逢瀬を満喫していると。
門柱の向こうから、ひゅうっと風が吹き込んだ。
僕の心を一瞬で凍りつかせる、冷たい風が。
「――あそこです兵士さん! あの柱の陰に裸のヘンタイがいます!」
……。
……。
……どうやら隕石激突のショックで、透明化の魔術が解けていたらしい。
――勇者は天使を肩車したまま、脱兎のごとく逃げ出した!




