マトリ
警視庁には、表に出ない部署が存在する。
様々な凶悪事件に対し霊的アプローチを用いた捜査を行う――刑事部 霊事課 通称 霊事警察。
捜査一課の刑事・八神恭史郎は、ある日、霊が見える刑事「本条ひなた」とコンビを組まされる。
だが八神は、極度の怖がりだった。
人面犬事件、猟奇殺人、犯罪組織の暗躍
そして都市の闇で進む謎の薬物実験。
人間の犯罪と怪異が交差する事件に、凸凹コンビの捜査が始まる。
※ この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
「助かります」
1人目の遺体、もしくは被害者
佐久間光一 大学2年生 建築学科 突如学校にこなくなったが、常々ふらっと旅行に行きたいという話もしていたため、通報が遅れた。一週間後に捜索願。その三日後工事現場内のブルーシートにくるまった状態で死体発見、死後二日。
三枝里穂 大学2年生 私立女子大英文学科 連絡が取れなくなった翌日に捜索願。その二日後にゴミ捨て場にて遺体を発見。死後一日。
八神と本条はカンドリ担当した刑事や警察官に印象を聞いてみる。
「同級生や友達は本当にショックを受けていたよ。友人関係は本物って感じがしたな」
それは佐久間光一、三枝里穂 2人ともに共通していた。
「八神さん、なんで改めて印象を聞いてみたんですか?」
「日本人にありがちなんだが、死者に鞭打たない文化ってのあるだろ?」
「そうですね、死んだ人のことを悪く言うってあまりしないですね」
「だからさ、その地域では評判の性悪ジジイが殺された事件で近所の人たちが口をそろえて言うんだよ、良い人だった。恨まれるような人じゃないって」
「ああ、なるほど」
「だから何回も聴きとりしていくと、実は死んだ人のこと悪く言うのはあれだけどって、本性を教えてくれたりするんだ」
「じゃあ今回は本当に慕われてるっていうか、友人関係や学校の人間関係も良かったってことですよね?」
「ああ、カンドリが友人関連も調べてくれたみたいだが薬物関連の影も形もないってことだ。SNSなどを通じたオーバードーズ関連の取引やネットショッピングでの購入履歴も見つかっていない」
「……なんか引っ掛かるんだよなぁ」
「おい、言ってもいいが、言ってもいいけど、そのソフトに言え。あそこにいるとかそういうことは言うなよ」
「それが霊的感覚じゃないんですよ」
「そっか、じゃあ存分に引っ掛かって悩め」
「ひどい……」
「八神! ちょっと頼めるか? カンドリ関連で人手が足りなくてな、この件でマトリが情報をよこせと言ってきている。
捜一ならマトリとも交流あるだろ、ちょっと対応してくれないか? 判断に困ることがあれば俺に連絡をくれ」
本部長の杉沢がやっかい事を押し付けてきた、と他の刑事たちなら思うだろうが八神は違った。
「分かりました、どこにいます?」
「応接室で待ってもらっている。俺はいないことにしてくれ」
「まあ、いいですけど」
八神は本条を連れて行くか迷ったが、これも経験だと思い署長室へ赴く。
入ってみるとそこは微妙な空気が流れる空間だった。
「空気わる」
思わずひなたが漏らすほどに、張りつめているというか居心地の悪さが振り切っているような雰囲気だった。
「捜査一課の八神です」
本条ひなたの紹介はいいかと思ったが、彼女は臆せずに敬礼する。
「情報支援室の本条です」
「これはご丁寧に、厚生労働省 麻薬取締部 麻薬取締官の真壁です」
真壁は40代の男性だが、目尻の下がった食えない男という印象だった。
握手をすると互いにソファーへ腰かける。この重圧から解放された署長がお茶を催促しに部屋を出ていった。
「さて、我々厚労省が求めているのは今回の犠牲者2名の薬物検査結果を含めた情報です」
「マトリはどう考えているですか?」
「ほう、八神さんはおもしろいお方だ」
「腹の探り合いや縄張り争いしたところで、犠牲者、もしくは被害者は報われない」
ここで真壁の目つきが変わった。
少しとぼけたような表情が張りつめた表情に変わる。
「そうですか、ならばあえて僕のほうから情報を出しましょう。こんなこと滅多にしないんですよ」
真壁はカバンからある書類を取り出し八神に手渡す。
「……K型精神攪乱剤……?」
「3か月前ぐらいか見つかり始めた違法、合法グレーゾーンの合成薬物です。極度の不安や恐怖心を煽り錯乱させ異常行動を誘発させる薬剤、と我々は定義していますがね、どうにも腑に落ちないんですよ」
「使用者に使うメリットが何もない」
「その通り、さすがクアンティコ帰りですね」
「クアンティコ?」
「あら、お連れさんは知らないのですか、まあいいですが、これは快楽も何もないただの精神毒物です。こんなものを好んで使う人などまずいません。相手を苦しめるためとかでなければね」
「しかし被害が増えている」
「そう、しかもこれらの流通に、反社や海外マフィアなどの動きはまったく見られません。彼らにしても使って興奮や快楽が得られず中毒性についても疑問な薬物など、興味の対象外なのでしょう」
ここで本条が一言。
「実験に使ってるんだ」
「「!?」」
思わず八神と真壁が目を合わせ、そして本条ひなたを見る。
「実験ってなんだ本条」
「やっと思い出したんですよ、引っ掛かってたこと」
「そういえばずっと言っていたな」
「思い出してください、あの人面犬事件の被害者」
「ああ、あれはひどい事件だった」
「あの犠牲者である篠崎さんの頭部と体からも、不安増幅成分が検出されてましたよね」
「ちょっと待った! その事件は我々も把握していない」
「後程説明しますよ」
「本当ですね」
この食いつき方に、真壁という人物が捜査に本気なのが感じられ、八神は少し視方が変わった気がした。
「ってことは、あの事件と今回も関連性があると?」
「私はそう感じます」
「ほう」
真壁がカバンから取り出したのは、一通の封筒だった。
「使うことはないと思っていたんですがね、ならこれを八神さんたちに預けましょう」
受け取った八神はその中身に眉をひそめる。
「我々が少なくと今の段階でK型精神攪乱剤の犠牲者として把握している人物の情報です。合計で12名」
「12名!?」
八神が驚くが、真壁は首を振った。
「それだけオーバードーズの自殺が多いんですよ、若けりゃ何度だってやり直せるってのによ」
その顔はとてもやるせなく、辛そうで八神にも胸の痛みが伝わるほどだった。
ひなたは胸を抑え、何かを噛みしめているようだ。
「これ捜査本部へ渡してもいいんですね?」
「構いませんよ。では人面犬事件の情報、頼みます、送信先はここで」
八神が名刺を受け取ると、裏にはちゃっかりQRコードが印刷されていた。
「しかし、噂以上でしたね、情報支援室さんとお呼びすればよかったですか」
「はい、それでお願いします」
ひなたは牽制なのかにっこり笑って返答する。
「真壁さん、参考にさせていただきます。ありがとうございました」
「……ところで八神さん、僕はね、ジョンウィックが好きなんですよ」
「あのキアヌ・リーブスの?」
「はい、かっこいいじゃないですか」
そう言って真壁は乾いた笑みを浮かべながら去っていった。
「よしこれを捜査本部に渡す、だがその前にコピーしておけ」
「私はタカとユージ派」
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