刑事部 霊事課
警視庁には、表に出ない部署が存在する。
様々な凶悪事件に対し霊的アプローチを用いた捜査を行う――刑事部 霊事課 通称 霊事警察。
捜査一課の刑事・八神恭史郎は、ある日、霊が見える刑事「本条ひなた」とコンビを組まされる。
だが八神は、極度の怖がりだった。
人面犬事件、猟奇殺人、犯罪組織の暗躍
そして都市の闇で進む謎の薬物実験。
人間の犯罪と怪異が交差する事件に、凸凹コンビの捜査が始まる。
※ この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
江東区で起きた殺人事件は発生間もなく犯人が出頭し、すぐにカンドリなどの裏どり捜査へと変更になったため一気に緊張感から解放されることになった。
機動捜査隊の面々も次の被害者が出ないと分かったことで安心した様子だ。
「八神、課長が呼んでるぞ」
猪狩班長からの連絡に、八神は嫌な予感しかしないと気が重くなっていた。
警視庁捜査一課 課長室
「わざわざすまないな。八神にはしばらく連携強化の件でここに行ってもらいたい」
課長から手渡されたのは、ある部署の場所が記載された地図だった。
「あのここって」
「そう、このあいだの本条ひなた巡査部長とまた組んで捜査に当たってくれ。あちらで頼みたい事件があるそうだ」
「嫌です」
「じゃあ頼んだぞ。お前の所属は捜査一課のままだから安心しろ」
「嫌です」
「そうだ、あっちの黒瀬課長によろしく言っておいてくれ。こないだの京都土産の和菓子がうまくてな、嫁がご機嫌になってくれて助かった」
「……課長、他の奴に頼んでください。佐々木とか本条のことを気に入ってたようですし、うまくやるでしょう」
「おい八神、俺はお前に行けと言ったんだ。それにあちらからのご指名だ」
「嫌がらせかよ」
「じゃあな俺は刑事部長に用事があるんで、さっさと行け」
「……」
あの事件以来すっかり傷も癒え、その後のカウンセリングも順調なため仕事復帰したはいいが、また本条ひなたと組むということに八神は気が重かった。
あれから部屋では毎日明かりを煌々とつけて寝るしかなく、慢性的な寝不足。
あいつのせいでという思いが強かった。
それでも仕事だと、地下二階にある通信設備室という部屋を目指す。
どうやら通信技術の進歩により、旧通信設備機材が不要になったことで空いたスペースを新たに情報支援室のオフィスにしたという流れらしいが。
地下二階は暗く、ただでさえ陰鬱な気分に拍車をかける。
情報支援室と書かれたドアをノックし入室する。
「……」
そこは地下二階とは思えないような明るく、奇妙な部屋だった。
神棚があり、観葉植物や綺麗な織物のような布が壁にかけられている。
どこぞのおしゃれなベンチャー企業かとつっこみたくなるような雰囲気ださえする。
すると奥のいわゆるお誕生席にいた人物の眼光に思わず八神は身震いがした。
ヤクザの大幹部も真っ青なほどの迫力を放つ、細身で眼光鋭い40代後半ぐらいで痩躯な男がそこにいた。
「捜査一課から来ました八神です」」
敬礼するとすぐに立ち上がり返礼してくれた。
「わざわざすいません、私が課長の黒瀬です」
ほっとした。迫力にしては穏やかな声と言葉遣いだ。
「あ、八神さんお久しぶりです。って言っても一週間ぶりですね」
いやがった。と八神は表情を顔に出さないように苦労する。
「ああ」
「さっそくだがそこにかけてくれたまえ。資料を」
黒瀬が本条に指示をするが、さっそく呆れられている。
「資料ならさっそくISSにあげておきました。課長はほんとうに機械音痴ですよね」
「あんなものを使いこなせるお前たちがおかしい。こっちはWindows95で精一杯だ」
「95とかどんな古代遺物ですか。八神さんのISSフォルダに直接送っておいたので」
「ああ、助かる」
本条が入れてくれたお茶を飲みながら、八神は捜査を頼みたいと言われた事件の資料を閲覧していく。
それにしてもお茶がうまい。
いつも捜査本部で所轄が用意してくれるお茶は、出涸らしの薄い白湯のようなものが多いので濃いめだけでうれしいのにひどくうまい。
黒瀬課長はタブレットPCの操作に苦戦していたが、すぐに諦めて紙資料を取り出した。
「八神君、率直な感想を聞きたい」
「一見すると、2人の大学生がオーバードーズで死亡した不幸な事故ですが、遺体発見現場はそれぞれゴミ捨て場と、工事現場に入り込んでブルーシートにくるまっていた。ありえなくはない話です」
「最初はオーバードーズ ( 薬品を本来の用法容量を超えて過剰摂取すること )による事故と判断していたのだが、この死因となった薬物にマトリが絡んできたのだ」
(ああ、だからか)と八神は納得した。
マトリ とは、厚生労働省 麻薬取締部 の略称で、麻薬取引現場に乗り込むため、麻薬取締官はかなりの練度とオートマチック拳銃を運用する。
「マトリが出張るほど重要な薬物なんですか?」
「科捜研からの報告によれば、精神に作用する薬物が混合されているらしいが、違法とするには少し微妙なラインらしい」
「課長はどうしてこの事件は気になるんですか? それこそマトリに捜査してもらえば薬物も取り締まれるんじゃないですか?」
「私が気になる。それではだめか?」
(それじゃだめだろう)
「ああ、ならしょうがないですね、八神さん捜査に行きましょう」
「ええ? なぜ?」
「課長のこういう感覚はまじで当たるので、まあだから霊事課の課長を任されてるんですかね」
「おい、今なんて言った?」
「ああ、霊事課」
「れい、じ か?」
「ああ八神君、君にはまだ言っていなかったね。ここが情報支援室というのは仮の姿、本当は刑事部 霊事課 つまり霊能力によって捜査を支援する部署ということだ」
「……まじか」
「ということです八神さん」
「霊なんていない霊なんていない霊なんていない!」
「うむ、いいねこういう感覚の人がいると我々も助かる」
「なんでですか! こわいです!」
「我々にとって霊とは、生きてる人間と同じに見えて認識することがほとんどでね、声とかも。だから君のように霊感がまったくない人間がいるとその差から心霊捜査がしやすいのだよ」
「れ、霊っていな、いない? え?」
「ということで行きましょう八神さん」
「え? うそだろ」
◇
目黒署の捜査本部に向かう道中、八神は事件捜査に集中することで恐怖を紛れさせるという方法に専念していた。
「検視報告書を読んでくれ」
「自分で見ればいいじゃないですか」
「運転してんだろ、協力しろ」
八神の作戦はこうだ。あそこに霊がいる、車に乗っているなどと口に出されたら怖すぎるので本条の口から捜査情報を読み上げさせればいいというせこい方法だった。
「えっと~ 薬物反応は主に不安や恐れを増幅させるような効果のある……そのような成分が複数見つかった。このことからオーバードーズによる複数の薬剤を大量に摂取したことが死因の一つと考えられる」
「一つとは」
「倒れた姿勢が悪くて呼吸困難になって死亡。もう一人は心臓発作の可能性が高いと。これもオーバードーズの可能性が」
「過去の薬物反応はどうだ? ヘアテストやってんだろ?」
「ヘアテスト(毛髪に残存する薬物の痕跡を確認する検査。2~3か月程度の薬物使用が分かる)からは特に反応はないようです。死亡直前に接種したオーバードーズ薬物以外は接種歴はないみたいですよ」
「身元のほうは?」
「ISSによれば、都内の建築学科に通う大学生で、授業の出席率はほぼ9割で体調不良による欠席以外はないそうです。真面目な学生でサークルは所属していませんが、同じゼミの学生と仲が良いようで旅行や遊びには行っていました。
人付き合いも良く、学生らしく夜は集まってゲームや麻雀をしていたようですが、酒やタバコはやらなかったとのこと」
「真面目な普通の大学生だな……課長が気になった点なのか?」
「分かりませんけど、何か引っかかるんですよね。
二人目も同じような感じです。英文学科に通う真面目な女子大生。同じように人付きあいも悪くなくて、友達と旅行に行ったりバイトもがんばる子でした。男女関係は特になく気ままに友達と遊ぶのが好きなタイプ。
同じく酒は付き合い程度、タバコはやりません」
「それがいきなりオーバードーズか」
「2人とも家族関係も良好というか、トラブルもなくたまに家族で外食に行くようなどこにでもありそうな、あったかい家庭に見えたという報告があります」
「犯人がいたとして、ターゲットを選んだ理由があるとすれば、健康状態の良い薬物依存ではない一般人。
そこにどんな意味がある?」
「……意味ですか」
その時ハンドルが切られ、覆面パトカーは目黒署へと入っていく。
八神が警官に警察手帳を見せると、話が通っていたのか駐車エリアを誘導してくれる。
ひなたは何かが引っ掛かっていた。
霊能力関係なのか、それとも警察官としての何かから来るものなのか?
それが分からぬまま、捜査本部へと案内された。
そこには本部長の杉沢が待っていてくれた。
「八神が来てくれたのか、助かるよ」
「杉沢さん、お久ぶりですよろしくお願いします」
「それでそちらのお嬢さんは?」
若い刑事たちが本条ひなたの容姿にざわつき始めている。
八神は思う。見た目だけならいいのだ。見た目だけなら。
「情報支援室の本条ひなたです よろしくお願いします」
「情報支援室か、八神と組むからには優秀なのだろう、ここは好きに使ってくれ。所轄署にも何かあれば協力するように言ってある」
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