ペロ
警視庁には、表に出ない部署が存在する。
様々な凶悪事件に対し霊的アプローチを用いた捜査を行う――刑事部 霊事課 通称 霊事警察。
捜査一課の刑事・八神恭史郎は、ある日、霊が見える刑事「本条ひなた」とコンビを組まされる。
だが八神は、極度の怖がりだった。
人面犬事件、猟奇殺人、犯罪組織の暗躍
そして都市の闇で進む謎の薬物実験。
人間の犯罪と怪異が交差する事件に、凸凹コンビの捜査が始まる。
※ この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
八神が負傷し病院へ緊急搬送されという情報は、捜査一課だけでなく多くの刑事たちが衝撃を受けた。
「八神のやつ大丈夫なんですか!? なんとか言ってくださいよ課長!」
捜一の刑事たちが課長に詰め寄っているが、班長の猪狩が宥めにかかる。
「問題ない、負傷もただのかすり傷だ。ナイフで切られたが命に別状はない」
「切られたんですか! やっぱり八神の指摘した可能性を俺たちはもっと考えるべきだったんだ!」
「絶対に仇討ってやるからな八神!」
課長が呆れながら皆を宥める。
「八神は無事で入院してるが疲れて眠ってるだけだ。それに事件は一応解決に向かっている。
明日から確保した男、自称:水沢の取り調べを徹底的に行うから解散!」
「なあな無事っぽいじゃん」
「八神先輩、よかったぁ」
刑事たちが戻っていく中、猪狩班長を課長室へ招く。
「今鑑識が徹底的に調べているが、被害男性の胴体と犬の頭が見つかったそうだ。現状では単独犯であるという可能性が高そうではある」
「それに警察だと分かっていながら八神と本条さんを襲うことに躊躇なかったのも、気になります。奇襲を受けたようですがそのまま隠れていれば、逃走に専念することできたはずです」
「どちらにしても、精神鑑定が必要になるケースだろう。
薬物検査も含め慎重に捜査を進めてくれ。八神が言っていた矛盾点も気になるが、猪狩はあの2人どう思う?」
「中々にうまく立ちまわっているようです。情報支援室、いえ霊事課の黒瀬課長も八神を高く評価してくれていました。何より本条さんを守ったことをとても感謝してます」
「猪狩、あれの申請出しておいてくれ。準機捜扱いなら問題ないだろう」
「了解しました」
◇
あれから一週間。
数日前には、後遺症もなく復帰した八神は、多くの同僚たちに迎えられもみくちゃにされ既に現場を走り回っていた。
そんな時、ある人物が訪ねてきたことに八神は戦慄が走った。
「八神さん、久しぶりです」
「ほ、本条ひなた……何のようだ」
捜査一課の椅子の後ろに隠れようとする八神を見て、ひなたは呆れ気味に言う。
「そんな構えないでくださいよ。今日はある場所に一緒に行ってもらおうと思って」
「ある場所って」
「関口さんのお家です。鬼塚課長の許可もらってますから」
「……なら仕方がないか」
覆面パトカーで江戸川区に向かう途中、ひなたはあれこれと話題を振ってくる。
「犠牲になった男性って、お医者さんでしね」
「お前の見立て、推理! どおりだな」
「はい 霊視の通りでしたね」
「くっ!」
「医療過誤で訴えられてたけど、かなり無理筋な訴えだったみたいです。それでも責任感じてやけ酒してた時にトラブルに巻き込まれて拉致。
その時に、楽しそうに散歩してる犬を見て、犬になりたいなぁなんて呟いたとかなんとか。ついてなさすぎてかわいそう。知り合いのお寺に供養を頼んだので迷わないでくれたらうれしい」
「犬になりたいなんて言葉を待っていたわけじゃないだろう、ターゲットになりそうなら誰でも良かったんだろうか。
気になるのは篠崎さんを加害しようとした理由だ」
「え?」
「たまたまなんだろうか。被害者を選んだ可能性はまだ不明な要素が多すぎるし、何より俺たちが捕まえたあの水沢も、取り調べでは人が変わったように淡々と大人しく、分かることだけ答えているようだ。
もしかしたら薬物の影響……まあ今は地道に捜査を進めるしかないな」
一応、八神と本条ひなたは、数日間の休みを与えられ、襲撃後のPTSDの有無や防止のためのカウンセリングも受けさせられている。
そのため、今回ひなたが出した申請も無事に受理され今に至っていた。
以前利用したコインパーキングから関口家へ向かう。
チャイムを押すと、少し落ち着いた様子の関口さんが出てきた。
そしてあの猫や犬たちが八神に飛び掛かって祝福する。
「おい、ちょっと、挨拶もなしにお前ら」
「こんにちは、今日はお時間作ってもらいましてありがとうございます」
「いえ、わざわざすいません どうぞ」
関口家のリビングには火葬されたペロちゃんの小さな骨壺が専用の祭壇に置かれていた。
ひなたの膝に乗ってきた子猫が背中を撫でてと手をぺしぺし叩く。
「やっぱり八神さんと本条さん以外には懐かないんですよね」
「八神さんの場合は同レベルかそれ以下のおもちゃ、遊び相手って感じに見えますね」
「お二人とも優しいから、みんな分かるんですよ」
「今日はこちらをお返しにきました」
紙袋から取り出したのは、ペロが好きだったあの小さなぬいぐるみだった。
「ありがとうございます。ほらペロちゃん、おもちゃを返しにきてくれたわよ」
そこから八神とひなたはペロのために線香を上げ手を合わせる。
なぜかその時だけは、犬猫たちは八神から離れじっと見守っているように見えた。
お茶やケーキを頂いた後、八神があることを口にした。
それは意を決した覚悟とも呼べるような、八神自身にも意外な告白だった。
「あのこういうことは初めてで、えっと、どう伝えればいいか分かりませんが……結論から言うと俺たちは犯行現場に踏み込んだとき、犯人に襲われたんです」
「え! そんなことが!?」
関口さんは驚き、そんな怯えた表情の飼い主が心配なのか犬猫たちが集まってくる。
「気のせい、なのかもしれません。
ですが物陰から隠れた犯人が俺を襲おうとしとき、いきなり背中を強い力で引っ張られて、後ろに倒されたんです。そのおかげで俺は鉄パイプで殴られずに済みました」
「無事で本当によかったです!」
関口さんは心優しい人なのだろう、既に泣き始めている。
「あの怖がらせるつもりはないんですが、そのときにえっと、聴こえた気がしたんです。なんというか犬の鳴き声が」
「え?」
「これなんですけど、見てもらえますか?」
八神が紙袋から取り出したのは、切られて左袖が破けているあの時来ていたスーツだった。
「この背中のところに、その、跡があるんですが、犬が噛んで引っ張ったときのような噛み痕というか歯形のような穴が……」
「!」
関口さんは声をあげて泣いた。
そのスーツを抱きしめ、おいおいと。
「ペロは命の恩人、じゃなくて恩犬? なんだと思います。ありがとうございました」
そう言って立ち上がった八神は、ペロの祭壇の前に犬用のおやつを供える。
ひなたには見えていた。スーツを抱きしめて泣く関口さんに寄り添い穏やかな表情をするペロの姿が。
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