奇襲
警視庁には、表に出ない部署が存在する。
様々な凶悪事件に対し霊的アプローチを用いた捜査を行う――刑事部 霊事課 通称 霊事警察。
捜査一課の刑事・八神恭史郎は、ある日、霊が見える刑事「本条ひなた」とコンビを組まされる。
だが八神は、極度の怖がりだった。
人面犬事件、猟奇殺人、犯罪組織の暗躍
そして都市の闇で進む謎の薬物実験。
人間の犯罪と怪異が交差する事件に、凸凹コンビの捜査が始まる。
※ この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
目的の廃ビルには10分後に到着した。
周辺に路駐すると、本部に報告。
各班もジドリの流れから、塗装工場のリストアップと聞き込みに向かっているらしい。
「何か手掛かりがあればいいが、いやなくていい」
「どっちなんですかもう」
廃ビルの表玄関は施錠されていが、裏口に回ってみるとドアが半開きになっている。
裏口にはフロアごとの郵便受けがあり、国府田塗装工房 という企業名が記載されている。
「4階のようだ」
もちろんエレベーターは動いておらず、階段を上っていく。
「待て」
「はい?」
「階段にはほこりがうっすら積もっているが、足跡がある。何回も往復している。犬の足跡はないように見えるが。本条、記録を」
「はい」
スマホで足跡を撮影しながらひなたは八神の後ろをついていく。
「すごく嫌な臭い」
「……塗料の容器が倒れているのか? 俺はあまり感じないが」
「もしかして霊臭!? 八神さんいると現実の情報なのか、霊的情報かの区別がつくからいいかも」
「だからそういうのやめろ」
「えっとちなみにですがこれって不法侵入です?」
「いや、異臭がしたので倒れている人間がいないかと緊急措置だ」
「ああそういうの好きです」
ほこりを踏みしめた足跡は、4階でフロアに入っていた。
八神はフロアの防火扉を開けると、そこには放棄された機材やテーブル、事務机、作業台などがそのままだった。
カーテンが取り払われているので、ライトをつけなくてもそれなりの明るさだ。
「ほら、何も証拠なさそうじゃないか」
「いえこれを見てください」
ひなたは横を見て頷くと、そこには首輪が落ちている。
「犬の首輪か……だが、ペロのものとは」
しゃがみこんでハンカチで首輪を掴むと、そこには ペロ と連絡先などが書かれたプレートが見える。
「連絡先がある、090ー23………… 」
「はい、関口さんの携帯番号です」
「くそ、当たりかよ」
ひなたが他の証拠を探そうと離れ、八神はさらなる物的な証拠を確認するために机の奥にある赤い布を手に取ろうとした。
急に背中を強い力で引っ張られると、そのまま後ろ向きに転倒してしまう。
ガキィン!
八神の目の前には、鉄パイプが叩きつけられリノリウムの床を叩き割っている。
すぐさま距離をとって後方にジャンプした八神は、目の前にいた存在に驚きを隠せなかった。
八神の目の前にいたのは鉄パイプを肩にかついだ180cmほどの男だった。
体格的にいえば、八神は細マッチョ、この男は中年太りが目立つのっぺりとした顔立ちに眼鏡をかけている。
八神にとって無表情で見つめてくる鉄パイプの男の周囲に、濃密な湿度がまとわりついているかのような感覚を受けていた。
それでも怯むことなく、八神は警察手帳を突き出した。
「警察だ! 武器を捨てなさい」
「きょきょきょきょきょ あれはなぁ、いぬになりたいって いったんだぁ」
ひどく抑揚のないこもった声が作業室に響く。
ひなたが飛び込んできたものの、現れた男の異質さに悲鳴にならない声をあげた。
「警察だ! 大人しく武器を捨てなさい! 公務執行妨害で逮捕する!」
「いぬいぬ、いぬぅううううう! おちこんでたんだって、うったえ いぬううううううう! きょきょきょきょきょおおおおおおおおお!」
突如奇声を上げながら奴はいつの間にか取り出したナイフを左手に、右手に鉄パイプを振り回しながら飛び掛かってきた。
「本条は離れて応援を呼べ!」
八神は半身でナイフと鉄パイプを避けながら、ひなたから距離を取るように移動していく。
ひなたは動揺しながらも、すぐに捜査本部へ連絡し応援を要請する。
「急いでください、八神さんが応戦していますが、犯人と思われる男の様子が尋常じゃありません、薬物使用の疑いが」
「きょひいいいいいいいい! あぎゃあああああああぎゃぎゃぎゃ! 手術しゅじゅちゅううううううう!」
次々と破壊されていく作業部屋の備品。
八神は豪胆にも鉄パイプの大仰な一撃を避けつつ懐に潜り込むと、作業着の襟首をつかんで一気に背負い投げを決める。
リノリウムの床に受け身も取らずに叩きつけられれば、受け身を取れなかった成人男性ならば立ち上がることすらできない。
だがそれでも警戒を緩めなかった八神に対し、作業着姿の男は眼鏡を吹き飛ばしながら立ち上がる。
それはまるで、マリオネットのような不自然さを感じる動き。
「こいつ!?」
「ててててててて てつだってええええええええ! きょきょきょ! 犬になりたいって言ってたから きぃきょおおおおおおおおお!」
落していた鉄パイプを後方に投げ捨てると、八神は負傷覚悟で作業着男の制圧にかかった。
振り下ろされるナイフを手を払いながら関節を決めて取り押さえようとするも、体格が近い八神を軽々と振り回してしまう。
机に叩きつけられ思わず呻く八神に作業着男が馬乗りになってしまう。
この時、ナイフが八神の左上腕を切り付けており血が滲んでいる。
「八神さん!」
ひなたの悲鳴が響くが、作業着男は錯乱が進行したのか咆哮しつつナイフを捨て両手で八神の首を締めようと掴みかかる。
八神は耐えつつもこの状況をどう乗り切るか、対応しようか頭を回転させようとしていたが目の前の男のあまりにも空虚で無表情な顔面に、恐怖を感じていた。
ひなたも感じていた恐怖だったが、彼女にとってはその意味が違った。
奴の上半身に黒い霧のようなナニカが纏わりついている。
いや本条ひなたが認識していたのは、複数の顔の崩れた、手足の千切れた人であったモノたちが男の体に入っては出て、入っては出てを繰り返しながら絶叫し、叫び、呻き、負の言葉を吐き捨て続けている。
八神の首に手がかかりそうになる。それがひなたを反射的に行動させた。
右手に念を込めながら、作業着姿の男の背中へ渾身の力で叩きつけた。
「出てけや ボケがあああああああ!」
「「「 ごぎゃ! ぎゃひい ぎひいいいいいい! ががっがが! 」」」
複数の声がミキシングされたような不快な音が作業室に響き渡る。
その一瞬、あの有象無象の霊体であろう存在が息を吹きかけられた煙のように霧散してしまう。
そして八神は足と膝で作業着男を蹴り飛ばすと、机を蹴って背後に回り込んで右腕を捩じ上げる
「ががががぎゃぎゃや! ききょおおおおおおおおお!」
喚き散らす声にさえ、感情がない。八神はそんな違和感を投げ捨て、今は制圧し逮捕することを最優先にしていた。
「暴行、公務執行妨害! 並びに遺体遺棄の容疑で逮捕する!」
だがねじ上げられた右腕の関節が嫌な音を立てても尚、奴は悲鳴を上げながら動きを止めない。
八神は右ひざで奴の右手を押さえつけながら、ばたつくは左手へ器用に手錠をかけると一気に右手にもかけてしまう。
「すごい!」その手並みはひなたを唸らせるものであり、八神はすぐに男を立ち上がらせようとするが、既に意識を失い白目を剥いている。
「呼吸は!? ……はあ、無事か」
さすがにぐったりと倒れこむ八神。
「八神さん、怪我は!?」
「大丈夫だ、それより応援の手配は」
「してます、そしてこの状況もできるだけ撮影しておきました」
「本条、良い判断だ」
少しだけ頭に手を触れた八神は、男が逃げ出さないように注意しながら周囲を調べ始める。
落ちていたロープで足を縛り上げてから近くの配管へ結びつける。
これぐらいしないと安心できないとは。
そしてひなたが見付けた。
「ここにいたのねペロちゃん……そして篠崎さん」
それは薬品保存用の大型冷蔵庫であり、中の仕切りが外されビニール袋に入れられたペロの頭と、篠崎の身体が押し込められていた。
さらに、いわゆる 処理 を行った痕跡が奥の作業台から見つかった。
恐らくここの関係者で、あの作業着姿の男が犯人で間違いないだろう。
「今日は助かった本条。それにお前の……言う通りだった。それにしてもあの時、何かが俺の背中を思い切り引っ張ってくれたんだ。あれがなければ俺の頭は鉄パイプで……まさか」
「はい、ペロちゃんが助てくれたんです」
「……」
「そんなに感動しなくても、って八神さんまた気絶してます!? ねえ? ちょっと!」
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