最悪の相棒
警視庁には、表に出ない部署が存在する。
様々な凶悪事件に対し霊的アプローチを用いた捜査を行う――刑事部 霊事課 通称 霊事警察。
捜査一課の刑事・八神恭史郎は、ある日、霊が見える刑事「本条ひなた」とコンビを組まされる。
だが八神は、極度の怖がりだった。
人面犬事件、猟奇殺人、犯罪組織の暗躍
そして都市の闇で進む謎の薬物実験。
人間の犯罪と怪異が交差する事件に、凸凹コンビの捜査が始まる。
※ この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
翌日、捜査情報共有システム ISSにある情報が更新されていた。
・ 男性 遺体の身元不明。血液からフェンタニル検出。他、複数の化学物質検出 特定作業中。
DNAデータ照合中。
・ ゴールデンレトリバーの生体情報が判明。江戸川区関口家で飼われている
個体名:ペロ と判明。
八神は本条ひなたと捜査一課で合流したが、関口さんから渡されたペロが大好きなぬいぐるみを握りしめていた。
「八神、現状の暫定でいいのでプロファイリングで分かったことがあればお願いしたいが、頼めるか?」
今日のジドリの割り振りなどについて、猪狩班長から説明を受けていた捜一の刑事たちは一斉に八神へ視線を向けた。やってきた本条ひなたも興味津々で聞く姿勢に入っている。
「犯人の年齢予想は 20代後半から40代前半。男性の可能性が高い。職業は動物解体や縫製、医者、清掃など手を汚す仕事の経験者が考えられます。
前科があっても軽微なものもしくはない可能性も。
気になる点としては、技術レベルの矛盾です。
犬の解体、頭部の切断は素人では不可能な手際ですが、縫合については驚くほど雑です。
糸の選択が不適切、縫合位置が不均一、美的完成度をまったく気にしていません。
動機についても矛盾が認められます。
人の頭部を犬に縫い付けるのは、強烈な象徴性があるにもかかわらず、メッセージ性が弱い、声明文、犯行声明がない。
自己顕示欲がある犯人なら、こんな中途半端なことはしないでしょう。
しかも計画性と衝動性が同居しています。以上です、今後の情報次第で適宜修正していく事件だと思われます」
ひなたは思わず拍手しそうになっていた。この短時間でこれほどのプロファイリングをやってのけることに、戦慄すら覚えていた。
(やっぱり優秀なんだ、この人となら私は警察官でいられる)
「八神助かる。皆もこのプロファイリングは現段階での情報なので参考にしても新しい情報があればアップデートして対応しろ 以上解散」
「んでお前の見立てはどうなんだ? 推測憶測でもいいから教えてくれ」
八神と同じ捜査一課の刑事で同世代、ライバル心を持ちつつも八神を認めている角倉の質問だった。
「見立てって言ってもな……」
「なんだよもったいぶんなこのむっつりスケベが」
「おい、角倉てめえ、まあいいか。もしかしたら単独犯じゃない可能性も頭の隅に入れておいたほうがいいかもしれない。プロファイリングでは軽々に言うべきではないと思ったが、あの衝動性、次の事件はもちろん警戒すべきだろう。というか言いたいことは、二面性、なんか複数の意志が介在していそうな気配を感じたってことだ」
「おいこんな狂った犯罪をする奴が複数犯だって? まあお前の言うことだから心の隅に置いておいてやるよ」
そして先ほど科捜研から上がったのは、犬の肉球から特殊なプライマーという塗料の一部が検出されたという。
さっそく本条が関口家に問い合わせをするが、そういった塗料を使う機会や家で父親が趣味で利用したこともないという。近所の工事現場に立ち入ったことはないかとの問いにも、臭いを嫌がるので近づきもしないらしい。
「となると、ペロの殺害現場か縫い合わせた場所で付いた可能性が高いか。手詰まりだと思っていたが、ある程度の方向性は示されたな。今日は俺たちもジドリに協力するぞ」
「それなんですけど気になる場所が」
本条ひなたはタブレットPCの地図アプリを開くと、そこは江戸川区の地図だった。
「関口家に近いエリアに見えるが?」
「このエリアに廃業した塗装工場というか、倒産して間もない繊細な塗装を行う塗装会社みたい廃作業所みたいなビルがあるんです」
「……」
八神の鋭い視線が続けろと圧をかけてくる。
「えっとうちの情報支援室で調べてもらったら、様々なインテリア用品とかそれこそでっかい人形に塗装するんでプライマーって塗料も使ってたみたいです。さきほど科捜研に問い合わせをしたら取引履歴で判明したプライマーのメーカーが一致しました」
「…… よくやったと言いたいとこだが、おかしいな」
ひなたはドヤ顔をして褒められるのを待っていたが、期待と違う反応に調子が狂い渋い表情をしている。
「おい、このデータを引っ張ってきたのは、どう考えても科捜研のデータがアップロードされた後じゃないと辻褄が合わないよな」
「ただの調べものですよ何言ってんですか? しばくぞこら」
「え?」
「いえなんでもないです! さあその塗装会社のビル 行ってみましょ」
「……」
結局、課長に許可をもらい八神とひなたは江戸川区の廃ビルへと向かうことになった。
「もしかして塗料の件、分かっていたってことか?」
「えっと、なんとなく」
「捜査になんとなくが通用すると思ってんのか? どうして塗料の件が分かった? 少なくとも昨日の時点では塗料に関しては関連ワードとして上がっていなかったはずだ」
「あーこれあかんやつや。課長は黙っとけって言ってたけどもうしゃーないわ。えっと言います言いますんでちと車止めてもらえます?」
本条ひなたに促され、八神は近くのコンビニ駐車場へ覆面パトカーを停車させた。
「止めたぞ、はっきりしてもらおう」
「優秀すぎるのも考えもんですね、そうですねはい。被害者の男の人、あの人が言うてたんですわ、シンナーくさい だから塗料関係かと思ったんです。
そしたらどうも塗装関連の会社があの近くにあってしかも廃ビルらしいって調べて分かったのと、ペロちゃんがそこも嫌な臭いがしたって」
「……お前、相当におかしいこと言ってる自覚はあるか?」
「あ、ないでーす。まあ八神さん、見えるもんはしゃーないと思います」
「み、見えるってなんだ? 何のことだ!」
「皆まで言わすなってとこですやんか。えっと霊が見えます、死んだ人の霊が」
その時の八神の反応に本条ひなたは逆に声をあげそうになった。
吹き出した冷や汗がだらだらと流れ、ガタガタと震え、周囲をきょろきょろと見回してはハンドルを握る手が小刻みに震えている。
車を止めてもらって正解だったと背筋が寒くなるひなただが、八神に至ってはそれどころではない。
「こ、ここに! 被害者の男性がいるのか?! いるってのか!? そんなのありえねえだろ! じゃあ本人は何を言ってんだよ!」
「それが歯を抜かれててよく分かんないんですよ、最近分かったのが医者やってたって。えっと ほいや? ああ、飲み屋ね 居酒屋で隣になった人と二軒目? 訴訟? いおうあほ?」
「それって医療過誤じゃないのか?」
「ああそれって、篠崎さん喜んでますよ」
「し、しのざき?」
「亡くなったこの人の名前、ようやく聴きとれるようになってきましたわ」
八神はしばらく下を向いてぶつぶつ言っていた。
「いやだもう逃げ出したい……ありえないありえない」
だが、突如ぱっと体を起こすと本条ひなたに向き直って冷静な対応を始めるのだった。
「本条、ちょっと頼みがある。こう両手を前に出してくれないか?」
「ああ、そんなんでええの? ほい」ガチャリ
「はへ?」
「午前9時23分 殺人並びに動物愛護法違反、遺体損壊、遺体遺棄の疑いで逮捕する」
本条ひなたの手には手錠がかっつりかけられていた。
「あほか! うちが犯人のわけないやろが!」
「犯人しか知り得ない情報をよくもべらべらと得意げに語ってくれたな。霊がいるなどと言ってごまかそうとしても俺に通じるものか! さっそく課長に連絡だ!」
「ちょっと待てや! うちが犯人ならそんなこと言う必要がどこにあんのじゃ!」
「……たしかにそれも一理ある。だが犯人しか知り得ない情報を知っているのは重要参考人としてきっちり取り調べを受ける必要があるからな!」
「もうやってられんわ。結構やばいんちゃうん?」
「やばいのはお前だ! ああ、もう霊とか言うから漏らすかと思ったぞ、まったくいるわけが (わんわん) ひぃ!」
「どしましたの?」
「今耳元で犬の鳴き声が」
「ああそりゃペロちゃん、八神さんのこと気に入ってずとついてきてますもん」
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