霊が見える刑事
警視庁には、表に出ない部署が存在する。
様々な凶悪事件に対し霊的アプローチを用いた捜査を行う――刑事部 霊事課 通称 霊事警察。
捜査一課の刑事・八神恭史郎は、ある日、霊が見える刑事「本条ひなた」とコンビを組まされる。
だが八神は、極度の怖がりだった。
人面犬事件、猟奇殺人、犯罪組織の暗躍
そして都市の闇で進む謎の薬物実験。
人間の犯罪と怪異が交差する事件に、凸凹コンビの捜査が始まる。
※ この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
「どうした? 大丈夫か?」
「はい、えっと、お散歩中に迷子になった迷子犬で探してみてはどうでしょうか?」
「確かに、所轄への問い合わせ履歴とSNSで迷子犬情報も知らべてもらうか」
八神は男性遺体の頭部からどれだけ情報を取れるかを考えていたが、迷子犬情報はなるほどと思った。
だが、気になるワードがいくつか出ていた。
「本条、お前はさっき水辺とか言ってなかったか?
「ああ、それはですね、なんとなく、お散歩コースって公園もですけど、土手とか河川敷とかもあるなぁって」
「まあ犬が迷子になる状況はいくつもあるだろ。リード外れたらどこだって逃げるかもだし、一戸建てでも施錠されてないかったとか、ドアが開いていたとか」
「それもそうですね」
目撃情報を集めてはいるが、被害男性に関する情報は皆無に近い。
歳は中年ぐらい、髪をバリカンで5分刈りぐらいにされてしまっているため、身元の特定に時間を擁するだろう。
「検視待ちだな、そろそろジドリ(地取り:事件現場周辺の聞き込み)の割り振りが決まるだろう、身元がこの状況じゃカンドリ(鑑取り・関取り:被害者の交遊関係周辺人物などの捜査)どころじゃないからな」
さすがにジドリは本条とは別に所轄の刑事と一緒になるだろうと思っていたし、八神も土地勘のある所轄刑事から情報を聞きたいと考えていた。
しかし、猪狩班長からもたらされたのは意外な指示だった。
「八神はそのまま本条刑事と好きに動け。捜査会議の情報はあのなんだ、お前らが好きなスマホのアプリそう 捜査情報共有アプリにあげておくから特記事項があれば俺に報告してくれ、以上!」
「……」
捜査情報共有システム 略称 ISS とは、捜査関係者であれば誰でもいつでもアクセスでき閲覧データアップロードが可能なリアルタイム捜査情報の共有アプリだ。
ベテラン昭和勢からの評判はすこぶる悪いが、若手からの評判は良い。
現場で捜査情報を紙でペラペラめくることなくすぐに閲覧確認でき、リアルタイムで現場写真のアップロードや証拠物の3次元データもコツを掴めばすぐに鑑識・科捜研にデータとして送れる。
プロレスラーのような体躯で昭和勢の猪狩班長も使い方に四苦八苦しているが、実用性は認めていた。
「というこで行きましょう八神さん」
「ってどこに?」
「えっとISSで検索かけたら、ここ一週間ほどの犬の迷子情報、ゴールデンレトリバーに関する情報は4件。
国立、阿佐ヶ谷、祖師ヶ谷大蔵、そして江戸川区ちょうど江戸川沿いのエリアになります」
「ようやく情報支援室らしいサポートが得られたな。行ってみるか」
「はい」
覆面パトカーの中で八神は考え込んでいた。
この女は何者だ?
情報支援室とはいったい何だ?
捜査一課の課長だけではなく、猪狩班長までが何かを知っている。もしくは情報支援室との関係を粗末にしたくないと考えている。
助手席をちらりと見ると、本条ひなたはその端正な顔立ちでこちらを見返すと柔らかな笑みをしてくる。
掴めない。
「八神さん、はい飴ちゃん」
「お、おう」
それは黒飴ののど飴タイプで、気の利くことに包みを剥くと赤信号のときにさっと手渡してくれた。
ある程度気の利くタイプの人間。
疑問がつきない。
あの現場でもそうだった。
あれほどの遺体を目にして嘔吐するなら分かるし、むしろ正常の範囲だと八神は思う。
本条ひなたは現場に入ってすぐ吐いてしまった。
しかも、遺体を前にしてはやけに冷静に観察し、5分以上も手を合わせてぶつぶつ言っている。
詮索すべきか、この一回限りを無難に乗り切るために面倒ごとはスルーすべきか。
「ああそうか、そういうこと、やっぱり耳の裏にあるこすれた痕って、マスクずっとしてる痕だったんですよ、医療関係者とか」
「ISSに鑑識からの報告が上がったのか?」
「いえ、おしえて、えっとなんとなく思いついたので」
「医療関係者っていう想像は悪くないが、それは確定情報ではなく可能性の問題だ。お前の部署のやり方は知らないが、ここは現場だ。
人と犬の命が奪われた事件だ、軽はずみに思い付きで捜査をかく乱するようなことは言うなよ」
「ここでわんちゃんのことをちゃんと考えている八神さん、さすがですね」
「話を逸らすな」
「一応、ISSに可能性を指摘する報告上がってます。手術用マスクの場合こう、二か所で結ぶんですよね、しかも手術中ずっと外せないから大変そう」
「ちゃんと根拠になる想定があるなら先に言え。いきなり江戸川とか水辺とか言ってるからこっちは振り回されたくないぞ」
そうこうしてるうちに江戸川の住宅街近くのコインパーキングに到着する。
「江戸川区だとコインパーキングの値段も安いですね、1時間300円ですって」
「新宿渋谷あたりが高すぎるんだよ、異常事態だなまったく」
「そうだそうだ」
本条ひなたが器用にスマホの地図アプリを参考に迷子情報者と電話をしながら家までたどりつく。
こういう時、女性警官のほうが安心してもらいやすいというのは八神にとっても助かる。
迷子犬情報をSNSで求めていたのは、関口さんという主婦の方だった。
30代前半、落ち着いた雰囲気ではあるが愛犬がいなくなった不安で少しやつれて見える。
一戸建てで花壇には季節の花が植えられ、犬を飼えるような経済レベルであると十分判断できそうに見える。
「あのわざわざ刑事さんが来てくれたんですか?」
「警視庁の八神です」
「同じく警視庁の本条です」
2人が警察手帳を見せると、関口さんは愛犬の行方が不穏なものになったと気付いたようではある。
「じゃあ着信があってスマホを手に取ったときに、愛犬のペロちゃんがさっと走って行ってしまったと」
「はい、あの時手を離さないでおけば……でもペロちゃんは、こちらがリードを離すと、咥えて持ってきて、ほら早くお散歩続けるよってそんな感じの穏やかな子だったんです」
「穏やかな性格、リードを咥えて持ってきてくれる……って、あのこの子たちは……」
本条ひなたは目の前で起きている状況に、吹き出しそうになっていた。
関口家で飼われている猫や他の犬たちが、我先にと八神の足に抱き着いたり、子猫は器用によじのぼって肩へ乗ったり頭に乗ったり。
その姿に関口さんも穏やかにほほ笑んでくれているが、少し不思議そうにしている。
「うちの子たち、神経質で知らない人に懐くことなんて今まで一回もなかったんですけどね、八神さんのことが気に入っちゃったんですね うふふ」
「こら、それペンは危ないから、えっと関口さん助けて」
関口さんも犬と猫がわんさか懐いている状況を見てすっかり信用してくれたようだ。
「あ、本条さん、頼まれていたこれどうぞ」
関口さんが小さな紙袋に入れてくれたのは、ペロちゃんの毛と避妊手術時の記録。手術痕の写真や成長の記録だった。
そこから伝わるペロちゃんへの愛情に、思わずひなたはぐっとそれを抱きしめた。
何かを感じるようにうんうんと頷いている。
「あの刑事さんてもっとドライな方ばかりなのかと思っていたんですけど、お二人とも色々とありがとうございます」
それと、とスマホデータを転送してもらったひなた。
「へぇ今こういうのがあるんですね」
「なんだそれは?」
「鼻紋です。わんちゃんの肉球は指紋がないので、鼻紋で個体識別をするそうなんです」
「ペロちゃん、臆病なくせにどこかで泣いてる子犬や子猫見つけると連れてきちゃう癖があるんですよ。もし迷子になったら大変だと思って登録しておいたんです……」
「関口さんありがとうございます」
「あの、どんな事件に巻き込まれたとか――」
関口家は国家公務員の家なので、守秘義務などについては理解してくれている。だがそれでも愛犬が心配なのだろう。
「あの、すいません」
八神が深く頭を下げたことで、関口さんは涙を拭いながら小さなぬいぐるみを手渡してきた。
「ペロちゃんがもし見つかったらこれを」
それは昨年亡くなった先輩猫に似た小さなぬいぐるみで、寝る時も一緒なのだという。
「お借りします」
帰り道、本条ひなたは八神が何か背中を気にしている様子を見て思わず微笑んだ。
「ペロちゃん、心配でついてきちゃったんだね」
「何か言ったか?」
「いえ、ペロちゃんの毛を科捜研に届けるんですよね? 沢口靖子いるかな?」
コインパーキングまでの道すがら、本条ひなたは好きな警察ドラマを片っ端からあげていくというゲームを八神に持ち掛けていた。
ひなたには見えていた。八神について尻尾を振って歩くペロちゃんの姿が。
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