FILE1 人面犬殺人事件
警視庁には、表に出ない部署が存在する。
様々な凶悪事件に対し霊的アプローチを用いた捜査を行う――刑事部 霊事課 通称 霊事警察。
捜査一課の刑事・八神恭史郎は、
ある日、霊が見える刑事「本条ひなた」とコンビを組まされる。
だが八神は、極度の怖がりだった。
人面犬事件、猟奇殺人、犯罪組織の暗躍
そして都市の闇で進む謎の薬物実験。
人間の犯罪と怪異が交差する事件に、
凸凹コンビの捜査が始まる。
※ この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
秋の入口にしてはまだ夏の余韻が強すぎる気もする10月上旬。
早朝ウォーキングで体脂肪率を落そうとしていた主婦は、朝露で濡れる公園をぐるりと回ってから帰宅する予定だった。
この公園の遊具で遊ぶこともなくなった中学生の息子の成長に、どこかうれしさと寂しさを味わっていたとき、視界にとらえた景色に違和感を感じた。
「ん?」
主婦が視線を落したのは、数m先にある砂場。
誰かが忘れていった砂場遊び用のおもちゃとスコップが転がるそこに、横たわっている何かがいる。
「わんちゃん? あら迷子かしら」
主婦が迷子犬なら保護してあげなくてはと、早足で近づいた時に感じていた違和感が爆発的に脳を埋め尽くす。
「!?」
茶色の毛と体躯からある程度犬種は絞られそうとさらに近づくも、目に飛び込んでくる頭の形状に思わず足が止まった。
頭部は毛というより、つるりとしており、犬にしては平べったい。
そして、その目は 暗い 黒い穴が開いているのみ。
主婦はしばらく動けなかった。そしてぼそっと呟いた。
「人の、あたま……」
◇
文京区 第七公園周辺には多くのパトカーが放つ赤色灯が揺らめいてる。
警察官により規制線が貼られ、紺色の制服を着た鑑識がブルーシートで覆われた砂場エリアに入っていく。
既に何人かの刑事や警察官が植え込みで嘔吐しており、ただならぬ雰囲気であることを野次馬たちは遠目で感じていた。
「捜査一課の八神です」
敬礼しながら規制線の中に入っていく男性刑事。
すらりとした長身に鍛えられた引き締まった肉体をしている。
「八神、こいつはかなりきついぞ。若いのが何人かあっちでゲロってるぜ」
ベテランの機動捜査隊 山下刑事が同情気味に部下を見守っている。
八神は敬礼し挨拶すると、ブルーシートで覆われたエリアへ入る。
中にいる鑑識たちの中で若い女性が必死に吐き気と戦っているようで、目には涙が浮かんでいる。
そしてその涙の正体を八神は知ることになった。
あまりにも異常すぎる遺体に、ベテランの刑事たちですら動揺が隠せていない。
「ああ八神ちゃん、ある程度分かったから報告するよ」
「お願いします」
所轄の鑑識班で八神と顔なじみだった。
「被害者は男性で30代から40代。
頭部を頸部から切断されて、見ての通り…… 犬の体に人の頭が縫い付けられている。
死因や薬物は検視に回す予定だ。
歯は全て抜かれた上に歯型照合を妨害するつもりなんだろう、口腔内が焼かれている」
「犬種はゴールデンレトリバーですか?」
「おそらくそうだろう」
ここまでの猟奇殺人事件は久しぶりだった。
八神はしゃがみ遺体に手を合わせてから、入念に観察を始める。
いくつか気になる箇所がある。
頭部の切断面は鮮やかな手並みなのに、縫い方が雑すぎる。糸が足りずに途中で太さや色が変わるものに変更しているだけではなく、縫い幅も乱雑で素人感丸出しだ。
さらに、恐らくだが男性の死因は頭部を鈍器で殴られた可能性が高そうだと。
頭が僅かに歪み、そこか赤くなっていたからだ。
直後に死亡したので腫れが少ないためだろうと八神は理解した。
犬に関しては、目立った外傷はなく薬物毒物検査を待たなければならない。
他の警官や刑事たちから情報を漁ろうとした矢先のこと、所轄警官が申し訳なさそうに声をかけてきた。
「捜査一課の八神刑事でよろしいですか?」
「はい、八神ですがどうしましたか?」
八神は所轄や機捜に対していつも丁寧で穏やかな対応をするので、慕われている。
最近ではあまり露骨な特権意識は目立たなくなってきたが、やはり捜一(捜査一課)というプライドが先行し横柄な態度を隠しきれない刑事たちもいまだに存在することも確かだ。
「実は規制線の外で、警視庁の刑事だと名乗る若い女がいるのです。警察手帳も確認しましたが捜査の関係者として入れて良いものか判断に困っておりました。八神刑事に聞けば分かる、この現場で待ち合わせだと言っておりまして」
「ああ、情報支援室とかって名乗ってたか?」
「はい、たしかそうです。やはりご存じで?」
「はぁ、たしか他部署との連携強化で、俺がその情報支援室と連携して事件解決に当たれっていう指示をうけたよ」
「そうでしたか失礼しました! すぐにお連れします」
正直八神にとって面倒事でしかなかった。
現場を知らない女性警官に、あれこれ不備を突っつかれてやれ男女平等じゃないとか、ポリコレ的文句をつけるための邪魔でしかないと思っていた。
八神が初動で駆けつけた警官から事情を聴いていたときだった。
「八神刑事 お連れしました」
担当警官に連れられて来たのは、パンツスーツをびしっと着こなす若くて綺麗な女性刑事だった。
若いというのが八神の率直な感想だ。
警官が止めたのも分からなくはない。
身長は160cmちょい、スリムな体型で黒髪をポニーテールに結んでいる。結んだ髪は背中の中ほどに届くほどで長めだ。
さらにはその容貌がかなり整ったクールビューティーな美人だった。
八神にとっては同僚の美醜などはさして関心はないが、それでも目につくほどの容姿をしている。
大きく凛とした目とアンバーの瞳が放つ目力が八神を刺すように見つめていた。
「捜査一課の八神です。情報支援室の方ですか?」
その女性刑事は10秒ほど八神をじっと見つめた。
睨むでもなく、侮蔑でもなく、ただ見ているという不思議な行動をする女性だった。
「れい……じゃなかった 情報支援室から来ました 本条ひなた です。よろしくお願いします」
「課長からこの事件については君と行動するよに指示を受けている。その方向で話は通ってるか?」
「はい。こちらも捜査一課の八神刑事と共に捜査に当たれと」
「……分かった。じゃあ案内する。えっと現場経験はどんなもんだ?」
「複数回あります」
「そうか、だがベテランでもきつい遺体だ、無理そうならやめておけ。他の刑事たちも耐えられずにほれ、あそこで吐いてる」
「そうでしたか、私は血を見るのは平気です、おえええええええ!」
「遺体見る前に吐いた!」
思わず八神が突っ込むが、本条ひなたは植え込みでゲーゲー吐いている。
あのクールビューティー―がいきなり嘔吐とはかなり意外だった。
こんなこともあろうかと、八神は持っていたリュックからペットボトルの水とハンドタオル、そしてミント味のタブレット菓子 フリスケの入ったコンビニ袋を手渡す。
「これで整えてこい」
「あい、ずいまぜん」
10分ほどして、本条ひなたは最初の印象そのままに戻ってきた。
「八神さんすいませんでした。もしもの時のために揃えておいてくれたんですか?」
「なんとなくだ。俺にもフリスケくれ」
「あ、はい」
カランと出されたフリスケを口に放り込むと、清涼感でこの現場の凄惨さから少しだけ解放される気分だ。
近くにいた警官にもフリスケをおすそ分けする。
「いいのか? 相当きついぞ」
「大丈夫です、あれは気持ち悪くなった人のいろいなのが入ってきちゃ、えっともらっちゃって」
「まあそういうこともある、無理そうならすぐに離れていい」
「はい」
再びブルーシート内に入ると、鑑識が引き上げるところだった。
「八神ちゃん、その子にはきついんじゃないか?」
「本人が大丈夫って言ってるからさ」
本条ひなたはあの遺体の前でしゃがみこむと、5分以上手を合わせていた。
さすがに長すぎると思っていたが、何やらぶつぶつと独り言のようなことを口にしている。
「?」
「もう大丈夫。うん、迷子になったのね、お散歩、水辺……そう、分かったわ」
※ この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
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