テロ対策特殊訓練
警視庁には、表に出ない部署が存在する。
様々な凶悪事件に対し霊的アプローチを用いた捜査を行う――刑事部 霊事課 通称 霊事警察。
捜査一課の刑事・八神恭史郎は、ある日、霊が見える刑事「本条ひなた」とコンビを組まされる。
だが八神は、極度の怖がりだった。
人面犬事件、猟奇殺人、犯罪組織の暗躍
そして都市の闇で進む謎の薬物実験。
人間の犯罪と怪異が交差する事件に、凸凹コンビの捜査が始まる。
※ この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
「テロ対策特殊訓練? なんで俺が」
八神が鬼塚課長から呼ばれたのは、復帰後の書類仕事が一段落ついて間もない時だった。
「お前さんがビル工事現場で臓器売買の連中と1対6の射撃戦やっただろ?
あれがSATや自衛隊で話題になってるらしくてな。
CQB(Close Quarters Batlle :近接戦闘 )の実戦データとして貴重だということで、ぜひテロ対策特殊訓練に実戦経験者として参加してほしいそうだ」
「いやあれはかなり追い込まれての苦し紛れで、後で過剰防衛だって怒られること覚悟してやりましたよ」
「それは問題ない。あっちはバカすか撃ってきてたからな。そしてあの動画配信者の奴らがやってた指示とか情報提供があっただろ? あの音声記録がやたら評価されていてな、霊事課のあの樹里って若い娘、あいつも情報支援とナビゲート訓練で参加することになったらしい」
「ハルとカズ、すごかったんだな。FPS相当やりこんでたからって本人たちは言ってましたけど」
「え、えふぴー? なんだそりゃ」
「あとで佐々木にでも聞いてみてください。ゲームですよゲーム」
「そ、そうか、そういうのはわからん」
ということで八神は警察や自衛隊が参加するテロ対策の合同特殊訓練に参加するため、本条ひなたは書類関連の仕事が終わってからは、射撃訓練や犯人の制圧逮捕訓練を自ら志願してこなしていた。
元々運動神経は良く合気道を習っていたので捕り物は女性でも優秀な成績ではあった。
だがここ最近、八神に負担ばかりかけているという負い目、罪悪感、自分自身の不甲斐なさから黒瀬課長に頼んで再訓練を許可してもらっていた。
樹里もナビゲートなどのいわゆる ”椅子の人”サポートには憧れがあったらしく、ノリノリで訓練に参加していった。
そして訓練が終わり、霊事課の掃除をしていたある日の午後。
鬼塚課長経由で刑事部長室へ来るようにとの連絡があった。
ひなたが捜査一課の近くを通り鬼塚課長へ先に声をかけてから向かおうと思ったところ、妙な声が聴こえてきた。
捜査一課の班長猪狩の怒鳴り声が聴こえてくる。
「あほか忠夫! 日本の警察がデザートイーグル使えるわきゃねえだろ!」
「だって班長~ 八神ばっかりずるいですぜ?
俺だってかっこいい拳銃装備したいですって。
ってそれよりも、班長俺の名前は伊集院です伊集院!」
「忠夫先輩、さすがにデザートイーグルの50AE弾は、かすめただけで犯人死んじゃいますって」
「黙ってろ村上! って誰? あのかわいこちゃん? あんなかわいい娘うちにいたっけ?」
まずいとひなたが構えを取る。
伊集院と呼ばれていたのは、捜査一課の問題児である 伊集院忠夫 と村上のコンビだった。
伊集院はぽっこり出た腹が何かのキャラクターを彷彿とさせるが、ぼさぼさの髪と無精ひげのため清潔感は乏しい。
村上のほうは眼鏡をかけた温厚そうな保育士さんのような印象を持つ小柄な男性だった。
「あの、お嬢さん、捜査一課に何か御用ですか? なんでしたら、捜査一課NO1の逮捕数を誇るこの伊集院がお話をうかがいますが」
(うっざ)
「いえ、間に合っていますので」
「先輩、この方はたしか情報支援室の刑事さんですよ」
「その若さで刑事とはかなり優秀なんですね、だったら逮捕数検挙数No1のこの伊集院! とお茶でもいかがでしょう?」
「だから」
「おい忠夫! さっさとカンドリ行ってこい! 捜査本部からどこで油売ってるんだって苦情きてるぞ!」
「へいへい、仕方ねえさっさと行くぞ村上。じゃあお嬢さん、後ほど」と名刺を強引に手渡してきた。
ひなたは苦々しい顔で仕方がなく受け取ると、そこには伊集院と仰々しい書体で書かれている。
「本条、すまなかったな。それ捨てとくわ」
「あ、すいません」
とあっさり猪狩へ手渡すぐらいには嫌だったようだ。
「あいつはな、いわば捜査一課の恥部だ。恥部ではあるが、まあ結果を出すんでなクビにもできん」
「あの本当なんですか? 逮捕数とか検挙数とか」
「ああ、本当というか、たしかに逮捕数 検挙数 がトップになった月もあった。なんというかな、けったいな男でな。
確実に捜査一課刑事の中でNo1の無能と断言できる。あの通り横柄で女性に、特に美人にはとことん弱い。
さらに上にはすり寄り下には威張る。
だがな、とにかく運がいい。運だけ、あいつには運しかないと言っていい。
やる気がないから聞き込み言ってこいと怒鳴ると、近くにいた人に聞き込みしたらそいつが犯人でもうだめだと諦めてすぐ自供したというエピソードがいくつかある」
「なんですかそれ。でもたしかに奇妙な存在感がありました」
「ああ忘れてくれていい。で何のようだ?
八神はまだテロ対策合同訓練から戻ってないが」
「いえ鬼塚課長いらっしゃるかと」
「ああボスなら西園寺刑事部長のところへ行ったぞ」
「分かりました、ありがとうございます」
「おい本条、伊集院がまたちょっかいかけてきたらすぐに言え。次は締め落としてやる」
「了解です、秒速で報告します」
「ははは! それでこそ本条だ」
刑事部長室へ向かう間にも黒瀬課長が不気味に笑っていたことを思い出したので、碌な話じゃないと覚悟しながら西園寺刑事部長の部屋へ向かうとそこには鬼塚課長が待っていてくれていた。
「あ、課長……」
「なんだ本条、そのもう銃のメンテは結構ですって顔して」
「えっとその、もう自分で覚えたので」
「それは結構。本条、今回の件は警察庁絡みだから迷うぐらいなら受けてくれ。接待とかそういう話じゃないはずだ」
「はぁ」
もちろん接待だったら即断るが、西園寺刑事部長からであればそういう指示はこないはずという確信もある。
鬼塚課長に連れられて入ると、西園寺刑事部長はやたら畏まってソファへかけるように進めてくる。
既にお茶の準備がされていて、綺麗な紅茶セットとお茶菓子にバームクーヘンが添えられている。恐らくだが評判のいい店を鬼塚課長から聞いてそのまま採用したのだということが丸わかりだった。
「冷めるから気にせず飲んでくれ。これは妻がおすすめのダージリンらしくてね、私はまあそういったことはよく分からん。それより最近はどうだね本条さん」
「えっと、皆さんに良くして頂いて充実した日々を送らせてもらっています」
「うむ、何よりだ。さあバームクーヘンもどうぞどうぞ」
笑顔が怖い。
絶対に裏がある。
それは何か厄介事を押し付けようとしている顔だ。
ひなたの微妙な表情を見て少しずつ焦りが見え始める西園寺刑事部長に対し、鬼塚課長は二つ目のバームクーヘンを食べて満面を笑みを浮かべている。
「ほら部長、やっぱり俺の進めた店で間違いなかったでしょう」
「あ、ああそうだな。それでだね、本条君、実は君に頼みたい事があってだね」
「……ということは心霊関連ってことなんですよね? いいですよお話聞きましょうか」
ひなたの放つ圧に対し、西園寺刑事部長はバームクーヘンの包みをさらにひなたの皿へそっと乗せる。
「ごほん……
実は、警察庁の警備局 安西審議官から相談されたんだがね。
警察庁でもかなり上のほうな、お方だ。
その安西審議官の大学時代の同期で、経産省の大臣官房審議官をしている御堂審議官から相談を受けたというんだ。
新築の戸建て住宅へ転居してから一ヵ月ほどらしいんだが、そのおかしな事が続くというんだ。
夜中に謎の足音、廊下の壁に様々な大きさの手形が突然現れる。
えっと他には」
西園寺部部長はメモを見ながら読み上げていく。
「夜中に壁やドアを叩く音……こわっ!
二階の窓ガラスをノックされる、ひぃ!
悪夢を見る、金縛りにあう、家族に怪我や体調不良が現れている。
子供の声が聴こえるとか、男の呻き声が聴こえるとか、まあ色々起こってるらしい」
ひなたは落ち着いた様子で紅茶を飲んでいるが、鬼塚は縮こまって怯えていた。
「えっと、本条君、これは特別研修とかいう名目にするので、急ぎ御堂さんの家に行って調査してもらえないだろうか?
情報支援室として盗聴やストーカー相談にのったという感じにごまかしてもらって」
「いいですよ」
「さすがに1人じゃあれだよね……え?」
「住所下さい。都内ですよね? 今から行ってきますよ」
「い、行ってくれるのか! 良かった! 断られたら安西審議官に何言われるか……ごほん、とりあえずだ、次期事務次官候補だから、恩を売っておいて損はないから、くれぐれも失礼のないようにね? ね?」
「失礼って言っても、普通に対応すればいいんですよね?」
「あの本条さん。君はどうしてそんなに落ち着いているんでしょう? 怖くないの?」
「はい
「こ、これは頼もしい」
「ということで行ってきます、これに残りのバームクーヘン入れて」
ひなたはスマホで何かをチェックしながらポケットに入っていた折り畳み式のエコバックを取り出した。
「は、はい! どうぞお持ちください! ほら、鬼塚早く手伝え!」
「はい!」
「……気配がする。本命、あの引き出しに隠してるやろ? これ……虎屋の気配やな」
「なんで分かるの! ってもういいよ、これも全部あげるから! お願いします、まじでお願いします!」
「はい、丁寧な対応心がけますね」
本条ひなたは満面の笑顔でいっぱいになったエコバックを見てうきうきで帰っていく。
「……なあ鬼塚、あの本条さん、やばいな」
「はいやばいです。色んな意味でやばいです。マル暴にもいた私が思わずちびりそうになったあの威圧感はなんだ……八神、お前、毎日こんな思いしてるんか……」
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