公安
警視庁には、表に出ない部署が存在する。
様々な凶悪事件に対し霊的アプローチを用いた捜査を行う――刑事部 霊事課 通称 霊事警察。
捜査一課の刑事・八神恭史郎は、ある日、霊が見える刑事「本条ひなた」とコンビを組まされる。
だが八神は、極度の怖がりだった。
人面犬事件、猟奇殺人、犯罪組織の暗躍
そして都市の闇で進む謎の薬物実験。
人間の犯罪と怪異が交差する事件に、凸凹コンビの捜査が始まる。
※ この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
科捜研へ向かう廊下、突然立ち止まる八神。
「八神さん? 怖いから嫌になった?」
「いや、お客さんのようだ」
すると脇の小部屋や角からぞろぞろと人が溢れてくる。
「そろそろ来る頃だと思ってたよ。いきなり取り調べではないんだろ? 快適な部屋を頼む」
「捜一の八神と、情報支援室の本条ひなた 両名に事情を聞きたい。同行してもらおう」
「はいはい」
「ちょっと何なの」
「本条、ここは大人しく従ってくれ。くれぐれも大人しくな」
「分かりましたよ、って触らないで。セクハラで訴えるよ? 覚悟できてんの?」
「それは」
ひなたほどの美貌の持ち主にセクハラと言われることがどんな意味を持つのか、それを瞬時に理解した背広姿の警察官たちはすっと引く。
こうして連れてこられたのはある会議室だった。
このためにわざわざ予約までしてくれているらしい。
「というか、松村、お前やっぱり公安に配属されてたんだな久しぶり」
「ああ。久しぶりだな。八神、お前は少し立場を考えたほうがいい。とりあえず銃を出してくれないか?」
「なんとなく察しているよ。じゃあさっさと済まそう」
八神が銃を松村へ手渡すと、ひなたも近くの男性刑事に渡そうとしたが強引に奪い取られる。
「態度わるっ! 私たちに何か用?」
公安の刑事たちは6人。男性5名に女性1名。
女性はひなたの対応で隣に座っている。
そしてリーダーらしき50代後半の男が隣にいた40代の部下に取り調べを進めるように指示を出す。
「君たちにはある嫌疑がかけられている。理解しているかね?」
「想像はつく。さあ進めてくれ」
「……まったく。先日、臓器売買の被害者であると想定される遺体の一つが大出周一のものであると判明した訳だが、身元特定に君たちが大きく関与しているとの報告が上がっている。
どういった経緯でこの情報に辿り着いたかを教えてくれたまえ」
「まず最初に、大出周一さんは被害者だ。ちゃんと「さん」などの敬称をつけろいいな?」
八神のすごんだ気迫、思わず担当の刑事は怯んだが上司に促され渋々了承する。
「それで説明してもらおうか? なぜ大出周一……さんの身元を特定できた?」
隣に座っている本条ひなたの機嫌が秒刻みで悪くなっていることのほうが、八神にとっては恐怖でもあった。
「まず西園寺刑事部長と捜査一課の鬼塚課長、並びに情報支援室の黒瀬課長にこの件について問い合わせをしてくれ。これは要請だ。
身元特定に関しては、この3名からの指示で動いた。
すぐに確認の連絡をしてもらおうか?」
「おい、取り調べを受ける立場ってことを忘れてないか? お前たちには臓器売買ネットワークに情報を流し実行犯と繋がっている可能性が指摘されている」
ひなたが切れそうになっているのであえて八神が矢面に立つことにする。
それでも年配の公安刑事がどこかへ連絡を取っているようだ。
「それが公安の仕事だからな。よく調べてるじゃないか」
「他にも事情を聴きたい事件はある。あの人面犬殺人事件において、どうやって犯人の潜伏先を突き止めた? 知っていたんじゃないのか? 唐突すぎるんだ」
「あれはなんだっけ、たまたま関口さんの家の近くにある塗装関連業者を調べて立ち寄ったらあいつらと鉢合わせたという感じだ」
「たまたま? じゃあ例の連続拉致監禁殺人事件のことだ。
どうやって大田区の倉庫を特定した?
被害者女性に投与されていたN-βは人面犬殺人事件でも確認された薬物だ。
お前たちはN-βの売人もしくは関係者じゃないのか?」
「すごい想像力だ。関係者ならそもそも犯行現場を特定されないように動くと思うんだが」
「ふん、その口調は関係を認めるものか?」
「いや、これらについてはだな、本条が説明したほういいか?」
「そうですね、言っちゃっていいの八神さん?」
「好きにしろ」
松村がまさかという顔をしたが、八神が手振りで落ち着けと促す。
「結論から言っちゃうと、霊視して得た情報を元に八神さんが推理して意見出し合って突き止めたの」
「れ、れいし とはなんだ!?」
「霊視 はい こうやって書く…… はい、霊視」
あえてメモを見せると、公安の刑事たちが失笑を浮かべている。
「さすがにおふざけが過ぎる。これは一応記録として残るんだよお嬢ちゃん」
「あっ」
八神思わず声をあげてしまい、おそるおそるひなたを見る。
「情報支援室ってあなたたちは聞いてるの? 本当だったら公安の情報調査能力ってかなりしょぼいんじゃない? まじ? 笑っちゃう、本当の名前知らないの?」
「おい、あまり舐めた態度をとるならこちらにも考えがあるんだぞ」
「私は情報支援室の本当の部署名を知らないのかって聞いてるの?」
立ち上がって公安刑事を睨みつけるひなた。一瞬気圧されるが、やはり百戦錬磨の公安刑事だ引き下がることはない。
「そんなもん知るか! 地下の閑職部署だろどうせ!」
「あら知らないのね、じゃあ教えてあげる。情報支援室は一般向けの名称、本当の名前は、 刑事部 霊事課。あ、そうそうこういう字を書くのよ?」
ひなたが見せた部署名を見た刑事たちはまさか、といった表情でひなたを見ている。
だがその時、ひなたは予想外の行動を取った。
一番奥で立っていた松村より若干年上の刑事に近づく。
「おい、座れ!」
「ねえ、ここに座って、大丈夫だから」
公安刑事たちはひなたの行動に虚を突かれ、事態を把握できずにいた。
冷や汗で真っ青の刑事は相当に具合が悪そうで、ひなたに支えられて椅子に座るとぐったりと呻きだす。
「おい古賀!? なんだ体調不良か?」
上司が思わず声をかけ近寄るがひなたが手を払いのけて追い払う。
「離れてなさい。もう大丈夫、これは辛かったでしょ」
「うっ……頭が 、頭痛がひどく、体が、お、重くて」
ひなたはポケットに手をつっこむと白い粉のようなものを取り出す。
「おいなんだそれは! ってえ?」
近づいてきた松村の手にそれを乗せる。
「お塩よ、清めの塩、舐めてみなさい」
ひなたはその清めの塩をぐったりした古賀の首筋に力強くすりこむ。
さらに左手で前頭部を包み込むようにしながら、小さく何かを呟いていた。
松村は舐めてみた感想をその表情で頷いて皆に見せている。
「とりあえず一時的に処置したから」
「あっ…… 重さが取れました。頭痛も大分軽く、あ、ありがとうございます!」
古賀の豹変に皆が驚いて声も出せない。
「は? さっきまで威勢よく絡んでたのに何それ? この人、すっごい霊媒体質で憑りつかれやすいから注意したほうがいいよ」
「霊媒体質? わ、私が?」
「事件現場行くと体調悪くなること多かったでしょ? しかも色んなの拾ってきたりよってきたりで10体以上憑いてたから、そりゃ体調も悪くなるわよ」
「な、なんでそれを」
「あなたはとっても優しいから、みんな頼ってきちゃうのよ。後で知り合いの神社を紹介するから一度徹底的にお祓いしてもらったほうがいいわ」
「お、お願いします! ずっと困ってたんです!」
古賀はさっきまでの体調不良が嘘のように元気を取り戻している。
「古賀、どういうことだ?」
上司の怪訝そうな声に思わず古賀も怯んだが、正直に話し始める。
「あの、殺人事件現場とか行くとよく体調崩して寝込むことがあったんです。それがずっと悩みでして。答えが出たような気がします」
「まさかな。おい小娘、こいつにいくら払って演技を頼んだ?」
「は?」
「これはまずい」八神が思わず反応してしまう。
一気に小会議室の空気が張りつめたものから、戦場のような空気へ一変する。
ひなたから発せられる圧は、彼女の霊能力が裏打ちしたような迫力を持って周囲を支配していく。思わず生唾を飲み込む松村や百戦錬磨の公安刑事たち。
「なんやお前、演技頼んだ? は? どこにそんな暇があんのじゃ」
「ま、前もって打合せをしていたとしか思えない!」
「知るかボケええええええ! お前らが今日いきなり来たんちゃうんか!? ああん?」
ひなたの迫力に、あの公安刑事たちが圧倒されている。八神でさえ敵わないと思うほどの圧だ。
これはたまらないだろう。反社10人に取り囲まれているほうがよほど生きた心地がする。
「言うたよな? 西園寺刑事部長に聞けって んで問い合わせしたんか? おいそこの薄らハゲ!」
「え、あの、と、問い合わせ中です!」
「だったら答え出てへんやろが? 違うんかわれ?」
「い、いえその」
「毎日、毎日 霊視続いてこっちはめっちゃ疲れてんねん! ここで苛立たせるようなことすんなドアホが!」
「だ、だが我々も仕事で」
ちょうど会話の隙間でスマホに着信があったようだ。
ひなたに薄らハゲと呼ばれた刑事が慌てた表情で上司にスマホを渡す。
「あ、はい! さ、西園寺刑事部長! は、はい! や、八神警部補と本条巡査部長の件ですが……はい、はい………… え? そ、それは本当なのですか? な、そんな、あったのですか、いえ、わ、分かりました。お時間を取らせまして申し訳ありません」
上司は10秒ほど沈黙してから、八神とひなたに対し立ち上がって頭を下げた。
「すまなかった。西園寺刑事部長から説明を受けた――どうやらお嬢さん、本条さんの言っていることは正しかったと」
「分かってくれたらええねん。みんなも仕事やもんな?」
いきなり明るい声で微笑むものだから、公安刑事たちが一斉に愛想笑いを始める始末。
「松村、後は任せるよ。新たな被害者の身元特定で、れ、れいし に付き合わないといけないんだ」
「まさか八神、お前も!?」
「安心しろ 俺はまったく見えないし聴こえない」
「そ、そうか」
「ほら本条、暴言については謝罪しておけ。公安部も仕事だから仕方なかったんだよ」
「まあそうですね、ちょっとだけ興奮しちゃいましてすいません」
上司はばつが悪そうに頷きながら答える。
「いやこちらこそ、失礼な態度をとって悪かった」
「なんや上司さんええ人やん、じゃあ一緒に、残虐非道な臓器売買組織見つけて絶対ぶっ潰しましょうね」
ひなたの笑顔に公安の刑事たちが一斉に見惚れているのが八神には伝わった。
あの笑顔は卑怯だ。
「ああ、我々なりに捜査を進めよう。縄張りとか細かいことを言っている場合じゃないからな」
「あ、そういうの素敵。お願いしますね」
ひなたに手を握られ、明らかに照れている上司。
ひなたは星月神社の住所と連絡先が書かれたメモを古賀に手渡すと、手を振って去っていく。
あの公安刑事たちがニコニコしながら手を振っている様に、八神は本条ひなたという女の怖ろしさをまた一つ痛感することになった。
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