被害者の側に立つこと
警視庁には、表に出ない部署が存在する。
様々な凶悪事件に対し霊的アプローチを用いた捜査を行う――刑事部 霊事課 通称 霊事警察。
捜査一課の刑事・八神恭史郎は、ある日、霊が見える刑事「本条ひなた」とコンビを組まされる。
だが八神は、極度の怖がりだった。
人面犬事件、猟奇殺人、犯罪組織の暗躍
そして都市の闇で進む謎の薬物実験。
人間の犯罪と怪異が交差する事件に、凸凹コンビの捜査が始まる。
※ この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
◇◇
「ということで意気揚々と覆面パトカー走らせて豊洲方面に走行中のところ悪いんですけど、いろんな市場だと結構ターレ使われてるらしいですね」
「しょうがないだろ。俺たちぐらいしか動ける人員がいないんだ。可能性一つ潰すと思って行くしかない。それに本条だってありえるって思ってるんだろ?」
「半々ってとこかな。この人、穏やかな人で感情の浮き沈みがあまりないんですよ。無感情っていうんじゃなくて、生来穏やかな人柄だったんですね」
「そういう人が犠牲になるなんて、不条理がすぎる」
「……」
ひなたは改めて気づいた。
この人はいつも、被害者側に立つことを忘れない。
逆にひなたは被害者の側に近づきすぎることをかなり警戒していた。
引き込まれてしまう恐ろしさを知っているから。
「臓器売買ってそんなに広がってたんですね」
「日本人の臓器は きれい だと評判で人気らしいんだよ」
「きれいって何? 見た目とか気にしちゃうんですか?」
「いや、栄養と健康状態が良く、衛生環境も整っている日本で育つと、臓器がきれいなんだとさ」
「ひ、ひどすぎる」
「人を物やパーツとしか思っていない連中だ。恐ろしく冷酷で人の命などなんとも思っていない、そういう奴らが相手だ。
だから西園寺部長は全捜査員に拳銃携帯命令を発令したんだろう」
「本条、一つだけ約束してくれ」
「はい? エビアンはよう」
「お前な……まあ、それぐらいの冗談が言えるなら大丈夫だろうが、霊視とかいう現象な、俺にはまったく分からない。
怖いから分かりたくもないが。
だから疲労してたり、休みがほしいときは言え」
「あ、そこのスタバでやすみたーい。――て本当に入るんですか?」
「休みたいって言っただろう。それに顔色があまりよくない」
「そ、そうですか」
結局ひなたはトッピング盛り盛りで頼んだドリンクをおいしそうに食べる? 飲んでいる。
「八神さんはコーヒーブラック? かっこつけちゃって」
「甘いのは好きなんだよ。だが、この事件終わるまでは断つ」
「それじゃ私が節操ないみたいじゃないですか」
「お前はいいんだよ。身を削ってるだろ」
「えっと、そういう気遣いできる人ってあまりいないので、ちょっとだけうれしいかも」
「そうなのか?」
「私のこと知ってる人はみんな霊視してとか、何か変なのついてないとか? 見てあげても気にいらない結果だと話聞かないしって、震えるてるじゃないですか!」
「怖いんだから仕方ないだろ! お前が遺体と向き合ってるときもあそこに霊がいるかもしれないって思うともうちびりそうだったんだぞ!」
「実は少しちびってたりして」
「なぜわかった?」
「え? ちょ 汚いってえんがちょ!」
「嘘だ、冗談だ」
「ああなるほど、冗談ってことにしときます。はい、えっとコンビニでパンツ買ってきてあげましょうか?」
「くそ、下手な冗談も言えないなこいつの前じゃ」
ひなたはからからと笑った。
少しだけ、顔色がよくなっているのを見て安堵するひなた。
「ところで、豊洲って、うまいものたくさんありますよね」
「……」
「うに丼 めっちゃ食べたい」
「俺はネギとろ丼が食いたい」
2人は視線を合わせると同時に頷き車を発進させる。
昼時になり市場関係者の姿はまばらであったが、八神の聞き込みは慣れたもので要点を伝えると、何人かの卸売り業者が思い当たることがあると口にし始めた。
菊原水産という仲卸業者の若い社員が飛んだと一ヵ月ぐらい前に一時話題になったという。
飛ぶ とは、突然いなくなる、つまり仕事が嫌で逃げ出したとされる行動だ。
「その飛んだとされる人の名前、分かりますか?」
「たしか大出だったような気がする。社長は周一ってよくかわいがってたなぁ」
「飛ぶのは最近じゃ特に多いからな、他探すか?」
「ちょっと気になるかもです。行きましょう」
八神もそのルートを潰す予定ではいたが、ひなたは何かを感じているようだ。
それが霊かもしれないと想像すると、思わず背後を振り返りきょどる八神。
教えてもらった仲卸業者は仕入れた魚を仕分けし配送処理を終えたところで、マグロなどをさばいていた作業台の清掃を行っている。
ホースで水を流しながらエプロンに長靴で作業する60代の社長はさすがのベテランといったたたずまいだ。
「お忙しいところすいません、警察なのですが大出周一さんについてお話を伺えませんか?」
「しゅ、周一が、何かしやがったのか!? おい、刑事さん!」
社長は石倉と名乗った。
大出周一に対する態度は、怒りというよりは心配で仕方がないという気持が痛いほど伝わっている。
もう一人の社員に後を頼むと、石倉社長は外へ2人を連れ出した。
「あの、周一の奴が何かしでかしたんなら、責任は俺にあります。申し訳ございません!」
90度腰を曲げて頭を下げる姿に八神は慌てて止めに入る。
「いえ、そういうことじゃなく、いなくなった時のことと彼の情報を聞きたいんです」
「ど、どういうことですか!? そんなん気にせず戻ってくればいいって伝言してやってくれないですか! ちょっと残業が続いたんで、ああなんてこった俺はよぉ すまねえ周一」
「落ち着いてください」
八神はひなたに座って話せる海沿いベンチを探してもらい、そこで話をすることにした。
どう切り出してよいか、ひなたが迷っていると八神は一切の躊躇なく話を切り出す。
「大出周一さんの情報を確認したいので、あれば住所と社員証などがあればお借りできませんか?」
「あの、周一に、何かあったんですね?」
「まだ分かりません。ですが落ち着いて聞いてください、本条」
八神は石倉社長を支えるようにひなたへ視線を飛ばす。
こくりと頷くひなた。
「先日発見された身元不明遺体について、大出周一さんの可能性が浮上しています。そのために情報を頂きたいのです」
「ま、まさかしゅ、周一!? 周一が!?」
「可能性を否定するためです。石倉さん落ち着いてください。お気持ちはお察しします」
「わ、分かりました。す、すぐに準備させます」
石倉社長が事務所へ弱弱しい足取りで向かう後ろ姿を見て、思わずひなたが声を震わせた。
「当たりです。当たりですけど、当たってほしくなかった。大出さんで間違いないです。だって石倉社長の前で頭を下げてましから。とても穏やかな顔をしてました」
「そ、そうか……だが、まだお前の感覚がずれてた可能性だって……」
八神はそれ以上は言えなかった。
あの社長の様子を見ればかわいがっていた新人の失踪で相当堪えていたが分かる。
そしてもう一人の社員に支えられるように石倉社長が現れた。
ベンチにかけるように伝え社長が出してきたのは住所が書かれたメモと社員証、それに契約書などだった。
八神は社員証を見て、あの遺体が大出周一であることを確信した。
「お預かりします。それで大出さんについてお人柄や趣味、ご家族などについて教えてもらえますか?」
石倉社長ともう一人の社員は最初は淡々と、やがて涙ぐみながら話してくれた。
「あいつはよぉ、高校生の頃に両親が事故で他界してな、高校卒業から知り合いの伝手でうちに来たが真面目で穏やかな奴でなぁ……困ってる人がいるとつい助けて遅刻したりなんてこともあったなぁ」
聞く限り、皆に好かれる好青年であったという情報ばかりだ。馴染みの定食屋のおばちゃんにも好かれており、若いのに礼儀正しく悪く言う人などいないような状況。
義理などで言っている雰囲気ではないことがよくわかる。
八神は借りた証拠を含め捜査本部に連絡すると、大出周一の自宅アパートに鑑識が入る。
そして……毛髪などから、あの遺体が大出周一さんのものであることが判明した。
結局、石倉社長の姿を見た後に豊洲で食事をすることもできずに帰った二人は、二日後に残った遺体の霊視を終えたひなたをうまいと評判の麻婆豆腐の専門店へと連れて行った。
「辛いけどやばいな」
「あれは麻婆豆腐の到達点ですね、やばい。辛いけど、めっちゃ辛いけど、辛いの苦手だけどあれはうまかった……」
ひなたが余韻に浸っており、午後にはもう一体霊視作業に向き合う気力が充填できたのかもしれない。
正直、八神はこれ以上ひなたに霊視してほしくはなかった。
怖い という理由ももちろんあるのだが、八神が思う以上に彼女が消耗していることが毎回わかるからだ。
捜査本部では大出周一周辺の動きを徹底的に捜査しているが、分かるのは彼がいたって真面目な好青年という情報ばかり。
被災地ボランティアにも足を運ぶような青年で、当然ながらカルト宗教や怪しいサークルなどに参加したこともない。
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