8つの遺体袋
警視庁には、表に出ない部署が存在する。
様々な凶悪事件に対し霊的アプローチを用いた捜査を行う――刑事部 霊事課 通称 霊事警察。
捜査一課の刑事・八神恭史郎は、ある日、霊が見える刑事「本条ひなた」とコンビを組まされる。
だが八神は、極度の怖がりだった。
人面犬事件、猟奇殺人、犯罪組織の暗躍
そして都市の闇で進む謎の薬物実験。
人間の犯罪と怪異が交差する事件に、凸凹コンビの捜査が始まる。
※ この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
◇
警視庁のある応接室で捜査一課長の鬼塚課長が対面しているのは、久しぶりに警視庁を訪れたマトリの真壁だった。
「いやあ先日送ってくれた資料助かりました」
「八神に作らせたが問題はなかったか?」
「いやあほんとに八神さん、うちにくれません?」
「断わる」
「まあそうなりますよね」
真壁の足元には厳重に施錠されたジェラルミンケースが置かれており、鬼塚課長はこの中身について頭を悩ませていた。
もしかしたら警視庁の弱みをついて、あれこれ要求してくるつもりなのかなど。
「やっぱり出ましたな。犯人逮捕後すぐに八神さんが血液検査の精査を指示したことですぐに距離的に近い科警研で対応してもらったのが功を奏しましたよ」
「…… N-β ついてまわりやがる」
「問題は山崎がどうやってN-βを入手したのか。そしてその反応が今までと異なっている」
「いわゆる 狂暴化 八神によると手錠を引き千切りそうな勢いだったというから相当なものだな」
「……うちらが掴んでる情報ですから当然鬼塚さんは把握してると思いますが、組対 動いてますね」
「うちの組織犯罪対策課では、表立った動きを見せていないから公安含みかもしれん」
「公安さんですか、まあ対応しないよりは100億倍ましでしょう。それよりも、私が気になってるのは、八神さんとあの本条さんのコンビ、あれで終わりなんです? もったいないな」
「いや、西園寺刑事部長が判断されたよ。しばらくあの二人にはコンビで行動してもらうことが決定した」
「あら、それは」
「八神は嫌がっていたがな、準機捜扱いになるらしく、俺や西園寺部長、そして黒瀬課長からの指示を受けて捜査を行うことになる」
「ほほぉ! それは好都合でした、実は八神さんが丁寧な資料を作ってくれたことでうちの案件がいくつか進みましてね、上司が非常に感謝しております。これはつまらないものですが」
そう真壁が床に置かれたジェラルミンケースをテーブルにどかっと置くと、厳重に施錠された鍵を開けキーナンバーを打ち込んでいく。
「やけに厳重だな、嚇しの証拠でも入っているのか?」
「いえいえ、これは課長からの気持です。準機動捜査隊なら、当然出ますよねあれ」
「あれ? おいまさか!」
「はい、まさかのあれです」
ジェラルミンケースから出てきたのはさらにロックがかかったケースだった。
慣れた手つきで開錠され開かれたケースの中身。
「いやあ実はですね、次期装備選定用の現物品取り寄せの際、誤って発注して予算オーバーしてしまったのがありまして……これ八神さん用にどうです?」
くるりと向きを変えて鬼塚に提示されたそれは……
「TTI COMBAT MASTER !? しかもSTIか! おいマトリは頭狂ってるのか?」
「狂ってません、だから引き取ってくれませんかねぇ、警視庁さんのほうでなんとか。150万の間違って買っちゃったんですよ、今さら返品できませんし」
「30万なら引き取ってもいい」
「そんなぁ。じゃあこれつけますからぁ」
真壁がおどけながら出してきたのは、ある封筒だった。
鬼塚は怪訝そうにその封筒を受け取ると中の書類をちら見する。
「おい」
「気に入っていただけました?」
「……お前ら、何を追っている?」
「そんな当たり前のことを……違法薬物とそれを売りさばく非合法組織ですよ」
真壁の声が低く、そして圧を放っていた。
まるで猟犬のような鋭い目を睨み返した鬼塚。
「様々な企業が出資している犯罪被害者の支援団体として俺は把握していた」
「隠れ蓑なんですよ。多分支援担当の職員たちはほぼ何も知らないでしょう」
「なるほど、Strategic Allocation for Future Evolution 通称 SAFEか、医療・再生・健康データ管理に投資する先進的ファンドと。最近では社会貢献を行うことで企業イメージアップに繋がるとされ、参画することが企業のステータスとさえ言われ始めている……ふむふむちょっと前にはやったなんだ、SDGs って奴に似てるな」
「さすが鬼塚課長、元組対だけのことはある。限られた資源を価値ある者へ再分配する という理念もあるらしいですが」
「真壁、お前、SAFEとN-βが繋がってると言いたいのか?」
「いえ、言えません。言いたいですけど言えません、それは想定であって事実ではない。証拠がないんですよまったく」
「分かった。言い値で引き取る。どうせ八神はいっつも凶悪犯と遭遇して怪我ばかりしてるんだ、これぐらいはもたせてやりたいって親心もあるさ」
「きっと似合いますよ ジョンウィック」
◇
10月下旬 15時にさしかかろうという時分。両国橋から続く京葉道路14号線 沿いの緑一丁目付近交差点では、朝と昼の混雑がやや緩和してきた頃のことだった。
対向車線をはみ出したダンプカーが避けきれなかったトラックと正面衝突。
トラックは横転し荷物が荷台から飛び出してしまっていた。
ダンプカーは近くの電柱に激突。
当たりは騒然となり道行く人々が、スマホで写真を撮り始めていた。
それでも生存者の救助を試みる勇敢な人々もおり、運転席に対して声かけをしながら119へ通報している。
スマホで撮影していた野次馬が異変に気付き始めていた。
金髪のチャラそうな男が撮影した写真を見て「え? え? なにあれ?」
その異変は瞬く間に野次馬へ伝播していく。
彼らが注目していたのは、横転したトラックは冷凍トラックであったが、内部の荷物が複数飛び出してしまっており問題はその荷物であった。
霜が張り付いた大きく黒い袋が8個。
だが一部が裂け、中からあってはいけないものが飛び出している。
それは――
「人の手……じゃね あれって」
まるで何かに救いを求めるかのような手が黒い袋から飛び出し、また別の袋からは衝撃でまがった足。
周囲は騒然というよりも、理解できないものを見てしまった人たちの呆然とした空気が広がっていた。
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