ラーメンの行方
警視庁には、表に出ない部署が存在する。
様々な凶悪事件に対し霊的アプローチを用いた捜査を行う――刑事部 霊事課 通称 霊事警察。
捜査一課の刑事・八神恭史郎は、ある日、霊が見える刑事「本条ひなた」とコンビを組まされる。
だが八神は、極度の怖がりだった。
人面犬事件、猟奇殺人、犯罪組織の暗躍
そして都市の闇で進む謎の薬物実験。
人間の犯罪と怪異が交差する事件に、凸凹コンビの捜査が始まる。
※ この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
「こ、こいつまさか!?」
ひなたには見えていた。
犯人の背中にとても黒く、黒く、悪いものの存在が。
それは今までひなたが見たことがないほどに、悪いもの。
邪悪というカテゴリーに入れてしまいたくなるほどの、おぞましいナニカ。
あまりの黒くほとばしる憎悪と殺意の念にひなたは吐き気を抑えながら、立ち上がる。
守らなければならない。
このままでは八神も。
ひなたはポケットに入っていた小袋を思い切り犯人の背中に投げつけた。
「うがああああああああ!」
『ぎいいいいいいい! ぎゃあああああああ! ぐぞがああああああ!』
手錠を引き千切ろうとする挙動が少し収まった。そこでひなたは内ポケットに入れて置いた穢れ祓いのお守りを犯人の後頭部へと押し付ける。
「うっ!」
犯人の放つあまりにも禍々しい念に突き出した右手に激痛が走る。
「本条!」
八神はうめくひなたが犯人をおさえるような行動をしていると察し、彼女の腰から手錠を取り出すとすかさずもう一度手錠をかける。
二重にして強度をあげようとしたのだ。
だが犯人はひなたをふりほどくと、そのまま立ち上がった。
「ふぅ~ふぅ」
『ゴミどもがあああああ おれを誰だと思ってるぅぅう』
痛む右手をおさえる本条を立ち上がらせ八神はかばうように立つ。
「最近こんなんばっかだな!」
「ほんと、厄介な犯人ばっかり!」
それでも手錠を引きちぎろうとする犯人。既に手錠の鎖が悲鳴を上げ始めている。
「だったらこうするしかない。本条、そのライトで目を照らして一瞬でいいから視界を奪え」
「はい、いきますよ 3,2,1 0!」
即座に行動へ移してくれたひなたに感謝しつつ八神は一気に飛び込み距離を詰める。
「ぐお!」
『いぎいいいいい!』
突然のライトで怯んだ犯人に対し、八神は躊躇せず顎先にクリーンヒットさせる。
打ち抜くというよりは、確実にフックを当てた状態だった。
頭が揺れ、数秒そのままの状態で止まった犯人はゆっくりと屋上に倒れていく。
そして遠くからパトカーのサイレンが聴こえてくる。
「なんとかなったか、本条、これでも安心できないから拘束できそうな何かを探してきてくれ」
「はい!」
規制用に置いてあったロープで犯人の体をぐるぐる巻きにしているところへ警官たちが駆け付けてきた。
「八神さん本条さん無事ですか!?」
「白石さん!? 助かったよ、こいつが犯人だ。恐らくな」
「!? こ、これは……」
状況が掴めずにいる白石環だったが、八神の説明で状況を把握する。
「薬物検査を必ずしてくれ、それとあいつらは無事か?」
「はい、警察が保護して救急車で搬送予定ですって八神さんも負傷してるじゃないですか!」
「ナイフで2,3箇所やられただけだ。傷は浅い」
「だめですよ早く! 負傷者一名!」
右手を痛めていたひなたも、同様に救急車で運ばれることになる。
一応、犯人は無事霧ケ崎警察署へ連行されたのだった。
◇◇◇
白石環刑事が八神達の異変を察知したのは様子を見に来た際、駐車していた覆面パトカーのタイヤが全てパンクしていたからだったという。
八神の怪我は縫うほどの傷ではなかったため入院もなく帰宅。
所轄の霧ケ崎警察署から茨城県警に移送された犯人。
名前は 山崎信彦 38歳。
DNA鑑定で確定され、10年前に連続婦女暴行殺人犯として指名手配されていた男だった。
逃亡の末、あの廃中学校のボイラー室へ潜み暮らしていたという。
そして、あの大学生3人を殺したのも山崎信彦の犯行であることが立証された。
県警本部は当初からその疑いを強め、なんとしても証拠を探そうと本腰を入れようとしていたが、証拠はあっさりと見つかった。
奴の潜伏先の私物の中に、大学生3人のものと一致する 眼球 指 が保存液で満たされた瓶の中に浮かんでいたのだ。
やはり犯行は肝試しで山崎信彦の姿を目撃してしまったために殺害。自殺に偽装するために屋上から投げ捨てた。
これにて犯人は逮捕され、起訴に必要な供述証拠も集まった。
山崎は、取り調べでは落ち着いた口調で、淡々と己の所業と犯行を自供した。
あまりにあっさりすぎて、嘘の自供ではとの疑いたくなるほど。
そして八神とひなたの2人は、犠牲となった大学生3人の実家を訪れていた。
3人目 高瀬陸の実家を訪れ仏壇で線香を上げさせてもらった。
「刑事さん、ありがとうございます。息子が死んだとは今でも信じられません。今でも二階から減らず口を言って降りてくるんじゃないかと」
父親は憔悴していたが、少しだけ安堵したような笑みを浮かべる。
「陸……刑事さんが逮捕してくれたからね、大丈夫だからね」
八神は多くを語らない。
それはひなたもであったし、今回の犠牲者の実家を回りたいと言ったのには線香とは別の理由があった。
「これで3人全員を家に帰してあげることができました。八神さん、運転ありがとうございます」
「……き、気のせいだからな、霊とかそういうの! でも、でもだ、もしそういうのがあるとしたら、良かったんじゃないか――」
「殺された霊だから、学校内を逃げ回っていたんですよ。怖くて。でももう大丈夫です、家族の元へ送ったからきっと成仏してくれると思います」
「……なあ、変なこと聞いていいか?」
「変なら嫌です」
「おい」
「嘘ですよ、どうぞ」
国道6号を東京方面に走りながら八神は疑問に思ったことを口にした。
「れ、霊が見えてその話とかお祓いとかできるなら、SNSとかで有名になれるだろうし金かなり稼げるんじゃないか? なんでわざわざ警察選んだ?」
「まあ疑問に思いますよね。
うちの家は代々霊能の家系なんですよ。そういうお祓いとか霊視とかを生業にしている一族の人も多いですけど、私は―― 警察官になろうって決めたんです」
「言いたくなければいいが、理由に興味はある。少しだけだけどな」
「素直じゃないんだから、いいですよ教えてあげます。
そんな大層な理由じゃないですけど。
中学生の時、実家の近くで事件があったんです。
でも犯人見つからなくて、犠牲者の人はずっとその現場に縛られて苦しんでいて……
うちでも対応したほうがいいかという話になっていたんですけど、そんなとき犯人が捕まったんです。
逮捕、されたんです。
そしたらその霊、姿が消えたんです。おばあちゃんの話だと成仏できたんだろうって。
逮捕することで、救われる霊もある。とても辛い目にあったんだから、迷うことなく上がってほしい。
それは霊能の力を使うことで、逮捕に近づければ供養になることもできるのかなって。
だから、私は警察官として犯人を逮捕することで、苦しんでいる人達の魂を供養する手助けがしたいって思ったんです」
「……」
八神が鼻をすする音が聴こえる。
「え? もしかして八神さん泣いてます? うそ?」
「うるせえ! これは花粉症だ! ああ、鼻水でちゃうなああああ!」
ひなたは久々に大笑いした。
やはり若い命が失われるのは悲しい。
彼らは痛がり苦しんでいた。
慰め声をかけ、落ち着かせてからついてくるように説得し家族の元へ送ったことでかなり消耗していたのは事実だ。
八神はそんな苦労も知らないが、その涙が労いのようにも感じられすーっと心が軽くなる。
「って、あああああああ! あそこあそこ! あったぞあった! 佐野ラーメン!」
「え?」
「松戸にあったのか。食うぞ、食って帰るぞ!」
「ええ、私は次郎系のがいいな」
「うるせえ 俺が奢るから食え! 食ってみろ 食ってみせろ!」
「分かりましたよ しょうがないなぁ 私はラーメン好きだけど他のラーメンをディスったりはしませんから!」
「覚悟しておけよ」
・
・
・
そして現在、八神とひなたの前には空になったラーメンどんぶりがある。
「あれ? 八神さん、私の佐野ラーメン食べました?」
「食うはずないだろ」
「おかしいな、気付いたらどんぶり空になってるんですけど」
「お前が夢中で食ってたよ」
「え? そんなことって、気付いたらラーメンがなくなってる」
「おい本条、これが 佐野ラーメンだ」
「!! ま、まじか! たしかにおいしい! さっぱりとして透き通ったスープで、でも食った記憶は強烈に残ってる やば、これはやばい」
この時八神が見せたドヤ顔を見て、ひなたは一気に現実に意識が引き戻される。
「どうでもいいけど、そのドヤ顔むかつくから殴っていいですか? いいですよね、分かりました殴ります」
「殴るな!」
「ちっ たしかにナンバー1を決めるのは無粋ですね。皆、至高なり」
「お前こそ名言 決めたみたいなドヤ顔してんじゃねえぞ」
「こいつまじでうざいな……並みだったからおかわりする」
「俺も」
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