突入
警視庁には、表に出ない部署が存在する。
様々な凶悪事件に対し霊的アプローチを用いた捜査を行う――刑事部 霊事課 通称 霊事警察。
捜査一課の刑事・八神恭史郎は、ある日、霊が見える刑事「本条ひなた」とコンビを組まされる。
だが八神は、極度の怖がりだった。
人面犬事件、猟奇殺人、犯罪組織の暗躍
そして都市の闇で進む謎の薬物実験。
人間の犯罪と怪異が交差する事件に、凸凹コンビの捜査が始まる。
※ この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
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ひどく疲れていたから、海の底に沈むような眠気に抗うことなどできるはずもなかった。
何度も起こされたような気がする
男の声、女の声。
何か手足に巻き付いているのはなんだろう、それを考える余力さえないほどに眠い。
護がまた悪戯をしてるのかな、そう早瀬香澄は思うことにしてまた眠りにつく。
だから、自分が誰かにお姫様だっこされていることに気付いても
「まだ寝かせて あと10分……」と再び眠りにつこうとする始末。
「暢気なのは、この際いいことだろう」
「外の気配が」
倉庫の正門を開け、車が敷地内に乗り入れてくる。
「本条はこのコンテナの陰に隠れていろ、俺が対応する」
慎重に早瀬香澄を降ろしひなたに託す。
「八神さん!」
「大丈夫だ、幽霊相手にするよりは楽だ」
だがひなたは言えなかった。
この倉庫内には数多くの霊が蠢き、虚ろな目で生命力のある八神に近づこうとしているのを。
倉庫のドアが開く。
中に入ってきたのは屈強そうな男だった。パチパチパチと照明が点灯していく。
「ネズミが入り込んでるのは分かってんだよ、殺されたくなかったら出て来い」
浅黒い肌をした短髪の男が手にマチェットのような刃物を持って立っている。
使い慣れた武器という印象が強い。
ひなたは思わず投降をしようと八神に提案しかかっていた。
それは、この倉庫内にいる不浄霊たちが放つ負の念が影響していることもひなたには分かっていた。
八神はその身を晒しながら、警察手帳を提示する。
「警察だ、拉致監禁並びに殺人の容疑で逮捕する」
「令状はあんのかよ?」
「ここで行方不明の女性を保護した。今さら言い訳をするつもりか?」
「知ってんだぜ、お前時間稼ぎしてるだろ」
「いや、正式な手続きを踏むのが警察官ってもんだろ」
「まあいい、雇い主にバレたら俺も消されかねないんでな、口封じはさせてもらう」
浅黒い男はマチェットで切りかかると思いきや、ふりかぶったモーションからいきなりぶん投げてきたのだ。
だが八神はその動きを察知し半身でかわすと一気に踏み込んで奴の左腕を掴んでひねり上げようとするが、慌てて手を払い、いつのまにか右手に持ったナイフで切り付けてきたのだ。
八神は豪胆にも懐に潜り込むようにしてナイフの軌道を逸らしながらローリングしたことで回避に成功する。
「最初にマチェット投げた段階で8割は死亡コースなんだがな、ここまで避けられたのは初めてだ」
「ついでに銃刀法違反。大人しく逮捕されろ」
「今のサツは手ごわいな、めんどくせえ」
ゆっくりと腰に手を当てた浅黒い男が新たな武器を手にし、それを八神に向けて突き出した。
だが八神はスライディングしながら浅黒男に足払いをしかけると、ドサッ! と転倒し強かに頭を打ってしまう。
「ぐへ!」
鈍い音が倉庫に響くも、八神は取り押さえることなく右に向かって横っ飛びする。
それと同時に倉庫内に響き渡る轟音が銃であった。
「助かった本条!」
ひなたが戦闘開始前に、小声で外にもう一人いると伝えていたのだ。
「今の避けるの!? まったく、どうやってここを突き止めたのよ! 提出しなくちゃいけないデータがまだ12項目も残ってるのに!」
12項目? データ?
「夏休みの自由研究にしちゃお痛が過ぎたようだ」
「サツに踏みこまれるとは予想外だった。ここは安全って言ってたじゃねえかよ」
「うるさいわね、あんたが死体の処理を雑にしたんじゃないの!?」
もう一人は中年で眼鏡をかけたきつそうな女性だった。
手には八神が視界に入った印象を分析すると、38口径のリボルバー型拳銃であると推測する。
「お前らのクライアントはあの事件と関わりがあるのか?」
「あの事件って何よ、あんたどこまで知ってるっていうの? まさかあの呪詛シールに干渉できる霊媒!?」
「呪詛シールですって!?」
ここでひなたが頭をあげたことに八神はここ最近で一番の恐怖を味わったかもしれない。
あの中年女が反射的に撃たなかったとことに安堵するも、肝が冷える。
何より八神のブラフに中年女が引っ掛かってくれたことにも驚きがあった。
「本条なぜ出てきた!?」
「あら、ビジュいいわね、黒田、この子は生かしておいて。あとでデータ取りたいから」
そのときだった。
「うるさいなぁ、気持よく寝てたのに ふぁ~あ」
いきなり早瀬香澄が起きてきたのだ。
「ちょっと! 拘束してたのに! 点滴まで外しちゃったの!? なんで不安症状出てないのよ、おかしいじゃない!って あっ!」
その虚を見逃す八神ではなかった。銃を突きつけるという圧倒的優位に立った状態に慢心したのか、黒田と呼ばれた浅黒い男の鳩尾に八神の拳が見事に決まっていた。
「っぐごっげぇ!」
「こ、この!」
中年女が八神を銃で狙おうとした瞬間、白い何かが顔にぶつかり悲鳴を上げて倒れこんでしまう。ひなたが投げた清めの塩、それの塊だった。
「本条確保だ!」
八神が女の手から拳銃を蹴り飛ばしすと、くるりと背中に回って手錠をかける。
ひなたも床で倒れる黒田の手にあっさり手錠をかけて拘束に成功したのだった。
「ふぅ、間一髪だった」
そのときひなたは驚きを持って八神を見ていた。八神というよりもその周囲で漂う浮遊霊たちが、八神に救いを求めててすがりつこうとしても跳ね飛ばされてしまう状況を。
何かが、何かが八神恭史郎という男を守っている。
ファンファンファンファン…… ピーポーピーポー……
『ひなた! あと1,2分で到着するから! 今までのやりとり全部録音して動画も録画済みだから! 怪我はないよね?』
「大丈夫だよ樹里ちゃん、サポートありがとう」
「あの、何が起きて……」
そこにはぐっすり寝たことで体調が良くなってさえいる、早瀬香澄の姿があった。
「警察です、拉致されたあなたを救出に来ましたが、助けられました」
「け、警察、拉致って……ああああああ! そっか、あのとき道を聞かれて変な薬かがされて」
「無事でよかった。そうだこれを」
八神のポケットから出てきたのは、へもっちのぬいぐるみだった。
「へもっち! ってこれどうして!?」
「弟の護君に頼まれたんです、お姉ちゃんを助けてって」
「ま、護ぅ」
ここでようやく事態が飲み込めたのか、へもっちのぬいぐるみを抱いて泣きだした。
「八神さん、こちらの女性を最優先で」
「ああ」
八神は上着をぐったりとした女性にかけると、呆然としている中年女性に詰め寄った。
「人面犬事件にお前は関わっているのか?」
「し、知らないわよ! 私はデータ収集頼まれただけ!」
中年女は取り乱し近づいてくるパトカーのサイレンに怯え始めている
「お前たちは少なくとも二人の若者の未来を奪った」
黒田という浅黒い男は鳩尾を殴られた痛みで未だに動けずにいるが、内臓は破裂していないだろう。
そしてバタバタと警官たちが駆けこんでくる。
警察手帳を見せながら、確保した黒田と中年女を引き渡す。
消耗していた女性を救急隊が至急搬送を開始する。
遅れて早瀬香澄がへもっちのぬいぐるみを大事に抱きながら、八神とひなたへ改めて頭をさげた。
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