第8話:ダンジョンで塩を干す男
パチパチと、小気味よい薪の爆ぜる音が薄暗い洞窟に響いていた。
「……ねえ。本当にこれで塩ができるの? 私の貴重な火魔法をこんなことに使わせておいて、ただの黒コゲの泥水になったら承知しないわよ?」
不満げに唇を尖らせているのは、大精霊ルミナだ。 彼女の退屈そうな視線の先では、アキトがダンジョンの入り口から拾ってきた手頃な平たい岩を並べ、その上にブリキのバケツから注いだ「死海トラップの塩水」を薄く広げて熱していた。
前世における「平釜製塩法」の簡易再現だ。
「心配しなさんなルミナさん。システムが作ったあの水たまりは、ただの海水じゃない。限界まで塩分が飽和した超濃縮液だ。普通なら何日も天日干ししなきゃいけない工程を、最初からスキップできてるんだよ。だから、こうして少し熱を加えて水分を飛ばしてやれば──ほら、見てみろ」
アキトが小枝で岩の上の水分を優しくかき混ぜる。 すると、またたく間に液体の縁から、粉雪のような真っ白な結晶がシャリシャリと音を立てて浮き上がり始めた。
「わっ、すごい……! 本当に白い砂みたいに固まってきた!」
ルミナが目を輝かせて身を乗り出す。 アキトは熟練の手つきで結晶をすくい上げ、余分な苦味成分が含まれた水分を器用に弾きながら、丁寧に乾燥させていく。
そうして完成したのは、一握りの「塩」だった。
それは、この世界に流通している、泥や砂が混じって灰色や茶色に濁った粗悪な岩塩とは根本から違っていた。 まるで新雪のようにどこまでも白く、一粒一粒が熱を帯びた岩の上で陽の光を反射し、さながらダイヤモンドのように煌めく、純度100%のサラサラな極上白塩だ。
「よし、完璧だ。前世の日本の塩に近いクオリティだな」
アキトは満足げに頷くと、出来上がった数キログラムの白塩を丁寧に木箱に収め、使い古した麻袋へと詰めた。そして、その上から今日採取したわずかな『魔除け草』を被せ、完全に隠匿する。
「それじゃ、ちょっと街のギルドまで一稼ぎに行ってくる」
「いってらっしゃいアキト。安く買い叩かれちゃダメよ!」
いつの間にか完全に応援モードに入っているルミナに見送られ、アキトは五年通い慣れた内陸都市の冒険者ギルドへと向かった。
昼下がりの冒険者ギルド。
いつも通り、荒くれ者たちの怒号と酒の匂いが立ち込めるその一角で、アキトはなじみの受付嬢、サトラの前へ並んだ。サトラは今日も、山積みの書類を前に死んだ魚のような目をしている。
「次の方どうぞー……。あ、アキトさん。お疲れ様です。今日も魔除け草の納品ですか?」
「お疲れ様です、サトラさん。ええ、これ、今日の分の魔除け草です。……それと、ちょっと個人的にギルドに『買取査定』をお願いしたいものがありまして」
アキトは周囲を見回し、他の冒険者に聞こえないよう、声を一段と潜めて言った。
「査定、ですか? Fランクの採取依頼で珍しい魔石でも見つけました? もしそうなら、数枚の銅貨には──」
「いや、これなんですけど」
アキトは麻袋の底から、小さな木箱を取り出し、サトラの目の前でそっと蓋を開けた。
「……っえ?」
サトラの言葉がピタリと止まった。 限界を迎えて光を失っていた彼女の瞳が、一瞬で色を取り戻し、こぼれ落ちそうなほどに見開かれる。
木箱の中に収まっていたのは、眩いばかりの純白の粉末。 サトラは震える手で備え付けの小さな匙を取り、その粉をほんのひとなめした。直後、彼女の端正な顔が劇的に引きつる。
「な、ななな……何ですかこれ!? 苦味が、えぐみが全くない……っ!? 驚くほど直球で、尖りのない、洗練された塩味……!! これ、塩、ですよね!? 岩塩特有の泥臭さを微塵も感じない、一粒たりとも不純物が混ざっていない……!」
「声が大きいです、サトラさん」
アキトが苦笑いして宥めるが、時すでに遅し。 サトラの悲鳴に近い声を聞きつけ、奥のオフィスから「なんだなんだ!?」と鑑定士の老職員たちが血相を変えて飛び出してきた。
「おい、サトラ! 今『塩』と言ったか!? どれ、ワシに見せてみろ!」
鑑定士の一人が木箱をひったくるように奪い、専用の魔導具(拡大レンズ)を片目に押し当てて覗き込む。その瞬間、老鑑定士の顎が外れんばかりに下がった。
「な、なんという結晶の美しさじゃ……! 雑味が完全にゼロだと!? おい、王都の宮廷料理人が使う最高級の『白の妖精塩』ですら、ここまで白くはないぞ! これはいったいどこで手に入れた! 密輸か!? それとも未発見の伝説の塩湖でも掘り当てたのか!?」
「おいおい、あの薬草拾いのアキトが、なんかとんでもねえもん持ち込んだらしいぞ……!」
周囲の脳筋冒険者たちまでが殺気立ったようにざわざわと騒ぎ出し、ギルド内はまたたく間に蜂の巣をつついたような大パニックに陥った。
職員たちが目を剥き、周りがお祭り騒ぎの喧騒に包まれる中。 アキトは帽子を目深に被り直し、誰も気づかないように、唇の端を不敵につり上げたのだった。




