第34話:酒好き種族と、大富豪の大殺到
「一泊、金貨五十枚だと……!? ふざけるな、俺はこれでも隣国の伯爵だぞ! 金ならいくらでも払う、今すぐその『神の酒』とやらが飲める最上級の部屋を開けろ!」
「うるせえ、お貴族様なら大人しく王都の宮殿に引きこもってやがれ! ドワーフのエルド大鉱脈から来た職人頭をなめんじゃねえ! 俺たちはな、その『カミゴロシ』って酒を一口煽るためなら、全財産をここに置いてったって構わねえんだよ!」
『極楽亭』の入り口に新設された広大な受付ロビーは、連日、世界中から集まった権力者や荒くれ者たちによる、凄まじい怒号と熱気に包まれていた。
【天国ダンジョンで、神を泣かせた至高の銘酒が飲める】
その噂が大陸全土を駆け巡るのに、三日もかからなかった。
特に「酒」に対して並々ならぬ執念を持つドワーフ族や、美味いものに飢えている王族・大富豪たちが、血眼になってこの第4階層へと大殺到したのだ。宿泊予約を表示するアキトのシステム画面は、フリーズ寸前のパニック状態に陥っていた。
「管理人さん! 大国の特使と名乗る男が、『今すぐ宿を全館貸し切りにしなければ、我が国の軍隊が動くことになる』と裏手で脅しをかけてきています!」
アルバイトの元冒険者が青い顔をしてアキトに駆け寄る。普通の宿なら、国家規模の脅迫を受けた時点で腰を抜かして平伏するところだろう。
だが、アキトは「へえ、軍隊ねぇ」と、のんびりとお茶をすすりながら、これ以上ないほど冷ややかな「悪い笑顔」を浮かべた。
「いいよ、放っておいて。……あ、でも一応、忠告だけはしておいてあげて。『うちの敷地内で武器を抜いたり、脅迫じみた真似をすると、空から面白いものが降ってきますよ』ってね」
「え? 面白いもの……?」
その直後だった。
宿の裏手、私兵を威圧的に整列させていた特使の男が、「たかがFランクの泥ネズミめ、力ずくで──」と剣を半分ほど引き抜いた、まさにその瞬間。
──カッ!!!!
雲一つない第4階層の疑似天空から、突如として極大の「黄金の雷撃(神罰)」が音もなく垂直に降り注いだ。
「ぎゃあああああああああああッ!?!?」
直撃ではない。だが、特使の目の前の地面が直径数メートルにわたって完全に消し炭になり、その凄まじい衝撃波と神の威圧だけで、特使も私兵も白目を剥いてその場に卒倒、失禁した。
【神の絶対不可侵加護】──神が直々に施したシステムは伊達ではない。このリゾート内でアキトたちに牙を剥く者は、いかなる大国の王だろうが、伝説の英雄だろうが、システムが自動的に「神罰」で消し炭にする。
この圧倒的な「立場逆転」の現実を前に、世界中の権力者たちはすぐに理解した。
この温泉宿では、地上の権力も、暴力も、金の力も一切通用しない。ここでは、しがない風を装っているあの黒髪の管理人こそが、絶対の法なのだと。
「ア、アキト殿……! 先ほどの無礼、どうか我が国に免じてお許しを! ほら、これが我が国が誇る最高級の魔結晶です! これを差し上げますから、どうか、どうか一晩だけでも『Bar・極楽』の席を……!」
さっきまで威張っていた他国の王族が、今やアキトの前で揉み手をしながら、涙目で媚びへつらっていた。
「うーん、そう言われましてもねぇ。うちは完全予約制なんですよ」
アキトは困ったように眉を下げながらも、彼らが差し出すお詫びの貢ぎ物(超高額ゴールドや国宝級のレアアイテム)を、ちゃっかりと受付の裏へと回収していく。
どれほど大金を持った大富豪が札束で頬を叩いてこようとも、アキトは決して「一般枠」を潰さなかった。いつも怪我だらけでやってくる地元の貧乏冒険者仲間たちが、変わらず銅貨数枚で温泉に入り、ガルバの飯を美味そうに食えるスペースを絶対に残し続けたのだ。
どんな大物も、ここでは一人の「客」として規律を守り、静かに温泉に浸かり、ウイスキーや日本酒に涙を流して感動するしかない。
「くっくっく、痛快ねアキト! 世界中の偉いおじさんたちが、あんたの顔色一つで一喜一憂してるわ!」
ロビーの特等席で、最高級のビールを喉鳴らしながら見下ろすルミナが、実におんぶにだっこな笑みを浮かべる。
最強の利権と、誰も手を出せない絶対の武力(神罰)。それらを温泉と酒という名の「快楽の罠」で手に入れたアキトは、群がる世界の権力者たちを手のひらで転がしながら、これ以上ないほど充実した「最強の引きこもりリゾート経営」を加速させていくのだった。




