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第32話:んまああああーい!!神のローリング完全陥落

「よし……。泣いても笑っても、これが俺たちのできるすべてだ。天界への『お取り寄せシステム(DP物資変換)』を起動するぞ」


 アキトの厳かな声が、静まり返った管理人室に響いた。 目の前の漆黒の盆の上には、美しく磨き上げられた青磁の徳利と、一対の硝子製お猪口。その中に満たされているのは、先ほど完成したばかりの、世界の理すら揺るがす奇跡の純米大吟醸『神殺し』だ。


「うう、本当に大丈夫なんでしょうね……。もし駄神の口に合わなかったら、明日からここは血湧き肉躍るディストピア迷宮になっちゃうのよ……?」


 ルミナが震える手でアキトの袖を掴み、涙目で画面を凝視する。ガルバもまた無言で腕を組み、髭を硬くこわばらせてコアを見つめていた。


「大丈夫さ。この酒で落ちない奴は、この世界には存在しない。──システム、天界・最上層の神座へ、この物資を強制転送!」


 ピキィィィィィン……ッ!


 アキトが画面のエンターキーを叩いた瞬間、盆の上の徳利とグラスが眩い光の粒子となり、虚空へと消え去った。 数秒の、心臓が止まるような沈黙。そして──。


『ビギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!!』


 ダンジョンコアが、鼓膜が破れんばかりの爆音で発光し、天界からの『直接通信』が狂ったように繋がり直した。あまりの音量に、ルミナが「ひゃんっ!」と短い悲鳴をあげて畳の上を転がる。


『な、なななな、何よこれええええええええええええ!!!???』


 創造神の声は、すでに理性の欠片も残っていない絶叫と化していた。


『最初さぁ! 「ふん、下界の泥ネズミが作った酒ねぇ」とか思って、ちょっと一口ペロッと舐めただけなのよ!? そしたら何!? 意味が分からない! 口に含んだ瞬間、天界の最高級の白桃を一千個同時に叩き潰して、そこに神聖な花の蜜を混ぜて流し込まれたみたいな香りが頭蓋骨の裏で大爆発したんだけど!!』


「お、おい、駄神の様子が変だぞ……?」


 アキトが呆然とする中、コアの向こうからは「ゴロゴロ、ズサァー!」「ドッタンバッタン!」という、天界の最高神にあるまじき凄まじい大騒ぎの物音が響いてくる。


『んまああああーい!!! 美味すぎるぅぅぅぅ!! 何これお米!? お米って、あの人間たちが泥にまみれて作ってるあの地味な草の実のことでしょ!? なんでそれがこんなにシルクみたいに滑らかで、甘くて、それでいて喉を通った瞬間にチリ一つ残さず綺麗に消え去るのよ!? 奇跡!? これが奇跡なのね!!』


『神殺し』の圧倒的な芳醇さと、一滴の雑味もない究極の並行複発酵。その破壊力は、何百年も薄い水と乾燥果物だけで生きてきた駄神の脳髄を、一撃で完全にドロドロに溶かし尽くしていた。


『あぁぁぁ、もう止まらない! お猪口で飲むなんてじれったいわ! 徳利ごと一気飲みよ、ゴクゴク、ぷはぁぁぁぁ! んまああああーい!! 脳みそが、私の全知全能の脳みそが蕩けちゃうぅぅぅ!!』


 ドスッ、ゴロゴログパァーーン!


「ちょっとアキト、画面モニターを見て!」


 ルミナが指差すシステムウィンドウの神界中継映像(音声同期仕様)には、信じられない光景が映し出されていた。


 天界の、神々しく真っ白な大理石の床の上。 最高神であるはずの存在が、全裸に近い格好で、涙と鼻水をボロボロと流しながら、右へ左へと豪快にのたうち回り、ゴロゴロとローリングしていたのだ。床に頭を擦り付け、あまりの美味さに手足をバタバタと悶絶させている。


『おかわり! おかわり持ってきなさいアキトくん!! これがないと私、明日から生きていけない! 世界の管理とか全部どうでもよくなっちゃう!! 頼むから、その琥珀色のウイスキーってやつも、その白いお米の神の汁も、毎日私に送りなさいよぉぉぉ!!』


 大号泣しながらコアに向かって必死に懇願してくる創造神。 その完全なる「陥落」の有様を見届けた瞬間──。


「よしっ……!!!」

「やったあああああああああああ!!!」

「がはははは! 見たか、これがドワーフの職人の力だ!!」


 アキト、ルミナ、ガルバの三人は、お互いにガッツポーズをキメてハイタッチを交わした。 世界を滅ぼすこともできる超越者を、ただの「美味い酒」だけで床に転がし、大号泣のジャンキーへと変えてみせたのだ。


 アキトは、未だに画面の向こうでゴロゴロと転がっている駄神を見下ろし、過去最高に深く、邪悪で、そして完全なる勝利を確信した「ダンジョンマスターとして最高の笑顔」を浮かべるのだった。

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