第30話:醸造の奥義、全解放
「……うう、もうおしまいよ。あの強欲引きこもり駄神、絶対に数日後にはこの宿を血みどろのバトルロイヤル会場へアップデートしちゃうんだわぁぁぁ!」
光を失ったダンジョンコアの前で、ルミナは再び畳に突っ伏してジタバタと足を暴れさせていた。最高位の大精霊としてのプライドなど、神の理不尽な脅迫(無茶振り)の前には一瞬で消し飛んでいた。
しかし、その横でアキトは怯えるどころか、静かに顎をさすりながら、唇の両端を吊り上げていた。その目は、かつて前世のブラック企業で数々の無理難題をシステム構築で捻り潰してきた男の「悪い笑顔」そのものだった。
「ルミナさん、泣くなよ。これは絶望じゃない。降って湧いた、人生最大の一攫千金のチャンスだ」
「はぁ!? あんた正気!? 満足させられなかったら世界がデスゲームになるのよ!?」
「だから、完璧に満足させて、胃袋ごとハメ落とすのさ」
アキトは立ち上がり、システムウィンドウを目の前に展開した。
「いいか、ルミナさん。これまでは神の目を盗むために、醤油や味噌、どぶろくの『醸造の奥義』を密かに部分開通させてきた。だが、あいつはシステムログを直接監視してることがバレた。なら、これ以上コソコソ隠す意味はない。ここで──我がダンジョンの『醸造の奥義』を、一気に全解放する」
アキトの指先が画面を激しくタップしていく。 これまで溜め込んできた数十万もの莫大なDP(軍資金)が、未解禁だった幾百もの生産・醸造レシピへと一気に投入されていく。
【アンロック:ビール醸造工程の最適化】
【アンロック:ワイン長期熟成セラー】
【アンロック:最高級酒米・山田錦の栽培コード】
【アンロック:並行複発酵の極致・純米大吟醸の概念】
ピコピコピコピコン!!! と、頭の中で技術ツリーが閃光を放ちながら末端まで開通していく。
「神様を中途半端なリピーターにするんじゃない。あいつが『この酒がないと明日から生きていけない!』と咽び泣くほどの銘酒を叩き込むんだ。そうすれば、マスター権の永久保証どころか、神の権力を使った『絶対不可侵の利権保護』を合法的に勝ち取れる。神を俺たちの引きこもりライフの最強の“パトロン”にするんだよ」
アキトの常軌を逸した経営者マインドに、ルミナは呆然と口を開けた。
「お、おもしろい……っ! おいアキト、その話、この俺も乗ったぞ!!」
厨房の奥から、愛用の大包丁をギラリと光らせて姿を現したのは、厨房長ガルバだった。その髭面は、恐怖ではなく、職人としての凄まじい歓喜と闘志で真っ赤に滾っていた。
「神へのお供え酒(御神酒)だと? 上等じゃねえか! 王宮のクソ貴族どもですら、俺の料理の前には跪いたんだ。天界の引きこもり神ごとき、ドワーフの職人の意地と、お前さんの前世の知識で、完全に骨抜きにしてやろうじゃねえか!」
「頼もしいね、ガルバ長。よし、まずは酒の命──『最高品質の酒米』の収穫からだ。第2階層へ行くぞ!」
三人はすぐさま、転送陣をくぐって第2階層の水田エリアへと跳んだ。
そこに広がりをみせていたのは、黄金色に輝く、一粒一粒が通常の米の倍近い大きさを持つ特製の酒米。
「ガルバさん、この米はな、外側を極限まで削り落として、中心にある純粋な澱粉(心白)だけを使うんだ。雑味を一切無くすために、贅沢に『半分以上』を削る」
「何だと!? 半分以上を捨てるというのか……! なんという贅沢、なんという狂気のこだわりだ……! 血が騒ぐぜ!」
ガルバは雄叫びをあげると、神速の腕を振るって酒米の稲穂を次々と刈り取っていった。
「ルミナさん、エアコンの準備はいいか? 0.1度単位の室温管理と、秒単位の時間ハックをやってもらう。明日から、天界を震撼させる大醸造を始めるぞ」
「……もう、ヤケクソよ! やってやろうじゃない! 駄神を泣かせて、一生私のパシリにさせてやるわ!」
ルミナもまた、ヤケクソの笑みを浮かべて魔力を練り上げる。 危機を最大の好機へと変える最弱マスター、熱き職人魂のドワーフ、そして胃袋を掴まれた大精霊。三位一体となった、神をハメ落とすための「究極 of 酒造り」が、ここに幕を開けた。




