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第29話:駄神降臨、お酒の献上無茶振り

「はふぅ……。やっぱり、この『じゅうにねん熟成』ってやつは、お水をちょっと垂らした瞬間の香りがたまらないわね。アキト、もう一杯! 大精霊の命令よ、早く注ぎなさい!」


 夜も更けた『極楽亭』の管理人室。 世界最高位の大精霊ルミナは、完全に出来上がっていた。白銀の髪をだらしなく畳に散らし、背中の光の羽をぴくぴくと小刻みに震わせながら、空になったクリスタルグラスをアキトに突き出している。


「ルミナさん、自分で『時間の結晶』とか言っておきながらガブ飲みするなよ。ガルバさんも、どぶろくをチェイサーにしてウイスキーを飲むのはやめてください。ドワーフの肝臓は一体どうなってるんだ」

「がははは! そんな固いことを言うな、アキト! こんな至高の酒を前にして、職人が素面でいられるか!」


 ガルバも真っ赤な鼻を鳴らし、豪快に笑う。 ギルド長を温泉と飯とウイスキーで完璧に買収し、人間界における最強の「後ろ盾」を確保したアキトたち。すべてが計画通り。これ以上ないほど平和で、極上の晩酌の時間が流れていた。


 ──その時だった。


 ビギィィィィィィィィィィンッ!!!!


「な、何ごとっ!?」


 ルミナが飛び起き、グラスを取り落としそうになる。 管理人室の中央に鎮座する、普段は静かに明滅しているはずのダンジョンコアが、過去最大級の、目に焼き付くほどの爆発的な黄金の光を放ち始めたのだ。


 空間そのものが激しく軋み、世界の理が一時的に書き換わるような、圧倒的で……しかし、どこか緊張感の足りない、やたらと軽い神聖な気配が部屋を満たしていく。


「ちょっと! なによこれ! システムログが天界の最上層から直接書き換えられて──」


 ルミナが青ざめて叫ぶ。 光り輝くコアの奥から、頭に直接響くような、荘厳な『声』が響いた。


『おーい、聞こえるー? マスターのアキトくーーん? それと、お仕事丸投げされ中のルミナちゃんも元気ー?』


「こ、この緊張感のないクソ軽いノリ……まさか……」


 アキトの頬が引きつる。


「──駄神あいつだわ」


 ルミナが一瞬で完全に酔いを覚まし、心底嫌そうな顔で吐き捨てた。 そう、声の主は、この異世界とダンジョンシステムを創造し、ルミナに一切の内政を丸投げして姿をくらました張本人──天界の「創造神」であった。


『ちょっとさぁ! 私、天界のオフィスで暇だったから、何気なくシステムログをチェックしてたわけ。そしたら何? 何なのあのログは! 【12年熟成・琥珀色の奇跡】とか【旨味の暴政・ショウユ】とか、私の知らないめちゃくちゃ美味しそうなワードが不穏なポイント効率で並んでるじゃない!』


 神の声は、スピーカーが割れんばかりの勢いでヒートアップしていく。完全にただの食い意地の張った居酒屋の酔っ払いのクレーマーである。


『ルミナちゃん、あなた大精霊のくせに、マスターと一緒になって毎晩毎晩そんな美味そうなものを隠れて飲み食いしてるわけ!? 許せない! ズルイ! 私が作った世界なのに! 私、ここ数百年、ずっと天界の薄いお水と果物だけで我慢してるのよ!?』


「だ、だから言ったじゃない! バレたら絶対にこうなるって!」


 ルミナが頭を抱えてアキトにすがりつく。 かつてアキトが懸念していた「駄神からの直接通信」が、最悪のタイミングで現実のものとなってしまったのだ。


『というわけで神託でーす! マスターのアキトくん! 今すぐ、そのログにある最高のお酒とやらを、システム変換経由で天界の私に献上しなさい! もし私を満足させられなかったら……そうね、ダンジョンシステムを強制アップデートして、明日から超ハードモードのデスゲーム仕様に変更しちゃうからね!』


「なっ……!?」


 アキトの目が点になる。あまりにも理不尽。あまりにもわがまま。


『期限は数日! 私の神の舌を完全に唸らせる、歴史上最高の『銘酒』を期待してるよー! じゃ、よろしくー! バイバーイ!』


 プツン、と通信が切れるように、コアの黄金の光が収まった。


 静寂が戻った管理人室。ルミナは床にへなへなと崩れ落ち、絶望に顔を青ざめさせていた。


「終わった……。終わったわアキト。あの神様、ノリは軽いけど本気でやる奴よ……。明日から私たちの引きこもりリゾートが、血みどろのデスゲーム会場に変えられちゃうんだわぁぁ!」


 涙目で叫ぶルミナ。 しかし、アキトはそんな相棒の横で、怯えるどころか──フッ、と低く不敵な笑みを漏らした。


 その瞳の奥には、危機を前にして完全に覚醒した、神のシステムの裏をかく最凶の「ダンジョンマスター」の、そして「食への狂執」を持つ男の、最高に邪悪な光が灯っていた。

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